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【地球再発見】vol.4 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ブラジルはそんなに危険なのか

(企業家倶楽部2016年8月号掲載)

 ブラジルは危険な国ーリオ五輪・パラリンピックを機に日本のテレビや新聞が治安の悪さをことさらに取り上げた。五輪報道なら競技を淡々と伝えればいいのに、余計な話が多すぎる。めったに取材することのない国だからびっくりしたのだろうが、余りに素人臭い。本当に危険な状況を報じたいのなら、記者たちは自分の「危機一髪!」の体験談をリポートすればよい。

 ジカ熱や治安悪化を理由にリオ五輪を辞退したゴルフのトッププロが何人かいる。松山英樹選手もそのひとりだ。しかし彼らがあげた理由は後付けの苦しい言い訳のようなもの。リオのパエス市長は「(治安については)大げさな報道もある。心配しないで」と五輪前の記者会見で諭すように言った。

 データでみると確かにリオは分が悪い。2015年の犯罪発生率をリオと日本で比較すると、殺人は日本の25倍、強盗は660倍である。しかし、世界で最も安全な国のひとつ、日本との比較だから、比較倍率が高いからといってまともに受け取らないほうがいい。

 知る限りでは日本人旅行者がふらりとリオに行ったとして、めったに凶悪事件に遭遇するものではない。「歩きスマホ」をやめるとか、ネックレスを外すとか、最小限の現金しか持たないとか、海外では当たり前の自衛手段を講じればいいだけの話である。

 あの時もそうだ。2014年のサッカーW杯ブラジル大会。治安が問題と言われながら、在ブラジル日本大使館の調べでは、被害届は“わずか”27件だった。内訳は強盗6件、窃盗21件で、負傷者はゼロ。置き引き、スリを含め、未報告の事件も多いとみられるが、日本大使館にとってはうれしい誤算だった。

 治安の不安というならブラジルではなく、むしろ爆弾テロ、乱射テロが多発する欧州各国にある。フランス、ベルギー、トルコ(イスタンブール)などではIS(イスラム国)が一般市民の集まるソフトターゲットを狙い、自爆テロで多くの人命を奪った。無差別テロの拡散に衝撃を受けたローマ法王は「第三次世界大戦のようだ」と表現したという。

 アメリカの銃犯罪も悪化の一途をたどっている。「1日平均90人が銃で命を落とす」といわれるアメリカ。学生・生徒を巻き込んだ乱射事件も頻発している。あまりに件数が多いので、カリフォルニア州では、ある高校の校長が「銃を携帯して自分を守れ」と生徒に呼びかけた。教育者の行動とは思えないが、アメリカはそこまで追い込まれている。

 人種差別による「報復の連鎖」も心配だ。7月初め、テキサス州ダラスで12人の警察官が撃たれ、5人が死亡した。直前に白人警官が黒人を射殺した事件があり、その報復で白人警官が狙われた。

 アメリカではイスラム過激派による乱射テロも続いている。6月初めフロリダで一匹狼のイスラム教徒がナイトクラブを襲撃し、50人を殺害した。銃が乱射されれば、巻き添えや誤射の被害も恐ろしい。

 イスラム過激派のテロはアジアにまで飛び火してきた。最近発生したバングラデシュの人質テロ事件では「外国人のみを射殺する」という明確な狙いがあり、JICA(国際協力機構)職員など日本人7人が惨殺された。

 リオ五輪・パラリンピックに話を戻そう。なぜブラジルは、あるいはリオは危ないと言うのか。日本のマスコミ、とりわけ影響力の強いテレビはブラジルの本当の姿を伝えないといけない。ブラジルは確かに犯罪は多いが、イスラム過激派によるテロはこれまではない。人種差別による社会騒乱もない。

 何より、190万人と言われる日系人が「危険な国」で普通に暮らし、五輪の日本代表チームを懸命に応援していたことを知るべきだろう。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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