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【核心インタビュー】キタムラ代表取締役会長兼CEO 北村正志

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

写真を作る、残す楽しさを時代を超えて伝えたい

(企業家倶楽部2015年8月号掲載)

フィルムカメラからデジタルカメラ。デジタルカメラからスマホへ―。写真撮影の環境はこの15 年で大きく変わった。カメラバッグにフィルムを何本も入れて行った旅行。今や、お宮参り、七五三、結婚式の思い出づくりは、手のひらに収まる小さなスマホ一台に取って代わられている。カメラ・写真を取り巻く時代、技術は大きく変わったが、その中で変わらないものとは―。多くの企業がテクノロジーの進化発展の奔流に押し流される中、カメラのキタムラはフィルムからデジタルへ、変化に対応して生き残り、写真の楽しさ素晴らしさを伝え続けてきた。新たな写真プリントの魅力を提案する「Photo+(フォトプラス)」を全店舗に設置。大型投資への経営判断、写真の今後の展望について聞いた。(聞き手は本誌編集長、徳永健一)

世界で唯一の写真企業

問 2015年7月末までにキタムラ全店を大規模に改装し、写真をつくる楽しみと居心地のいい空間をPhoto+(フォトプラス)として提供していくそうですね。直営1000店舗への新設備導入という大型投資への、意気込みを教えてください。

北村 カメラ、写真は2000年前後から大きな変化の中にありました。まず、フィルムカメラからデジタルカメラになりました。そして、今やいつでもスマホで撮影できる時代です。この流れの中でアメリカのコダック社が倒れたのは大きなニュースでした。超優良企業のコダックさえ生き残れなかった。それが今の写真業界なのです。ユーザーがシャッターを押す回数は、実は10年前の100倍になっていると言われていますが、そのほとんどはスマホのカメラ。デジタルの写真はプリントされない限り、退蔵され、消えていくデータです。クラウドの中にどれだけたくさんの写真データがあろうと、プリントされなければビジネスにはなりません。退蔵されているデジタル写真をどうビジネスに繋げていくか。3年ほど前からキタムラでも取り組んでいましたが、富士フィルムがデジタル写真を店頭で高画質にプリント注文できるワンダープリントステーション(WPS)を開発しました。WPSを利用したのが今回のフォトプラスです。スマホから写真を選び、フォトブックや一枚にたくさんの写真をレイアウトさせたものを、一人で、もしくは誰かと楽しみながら作り込むことができる居心地の良い空間。パソコンやスマホからも注文できます。10年ぶりの、写真に対して真っ向勝負の大型投資です。

写真を作って残す楽しさを

問フォトプラスと、従来の店頭のプリント機との大きな差は何でしょうか。

北村 従来のプリント機は銀行のATMに似て、背の高い椅子はあれど長居するには居心地が悪い。社長の浜田が現場の経験から背の高い椅子はダメだと指摘し、居心地の良さを提案していました。実際に現場を見に行くと、赤ちゃんを抱っこしたお母さんが座って楽しげに注文していました。キタムラでは写真を撮る楽しみだけではなく、作る楽しさを提案していきたい。写真は作る楽しさという付加価値のある加工商品でなければビジネスになりにくくなってしまいました。従来のLサイズプリントをする動機が激減しています。節目や記念日の思い出を残すために、フォトブックや、たくさんの写真をレイアウト加工したものを作る。スマホひとつに1000枚の写真が入っていると言われますが、機械に吸い上げ、一つひとつ写真を確認して選ぶ作業にはそれなりの時間がかかります。作る過程も楽しんでいただきたい。そのための空間をフォトプラスでは提供します。

問 Lサイズプリントをする人が減っているのはなぜでしょう。

北村 昔はプリントしなければ撮った写真は確認もできませんでした。今はデジカメやスマホで撮影した写真はすぐその場で見られますし、SNSに投稿したりメッセージやメールで人に送れたりと、リアルタイムで人と楽しむことが容易にできます。プリントする理由は人に贈る、飾るくらいしかありません。写真に限らず、あらゆる分野がデジタル化とインターネットによって産業構造を変えました。ですが、写真をプリントして残す価値がなくなってしまったわけではありません。プリクラのように写真を作り込んだり、思い出の写真を本のように加工したりする需要は伸びています。

写真屋が生まれ変わる

問 2015年はキタムラにとって大きな転機の年と言えそうですね。

北村 7月までには全店を改装します。フォトプラスの導入も目玉ですが、照明もLEDにする予定で、明るい店舗となるでしょう。決算はなんとか黒字で配当ができていますし、株価も自分の力で上げていくしかありません。その中での導入となる今回のフォトプラスには自信を持っています。事業ですから絶対ということはありませんが、成功するという信念がなければ挑戦はできません。

問 広々とした赤いスタイリッシュな机も印象的ですね。

北村 使ってもらえれば良さがわかります。いいなと感じていただいて、また来ようと思っていただく。これが成果に繋がるまでに1年くらいかかるとみています。写真屋にとって、フィルムからデジタル以来の大きな変化の年になるでしょう。どういう形であれ、写真が消えることはありません。

問 プリントせずとも写真は思い出であり、記憶を残しておく大切なもの。また、雷や竜巻などの災害や事件など、付近に居合わせた一般の人がスマホで撮影してシェアしていますね。北村24時間カメラを持って歩き回っているようなものですからね。逆に、かつてのような千載一遇のシャッターチャンスというものがなくなってしまった。奇跡の一瞬を狙って写真を撮る時代ではなくなりました。面白いのは、これまで写真に興味を持たなかったような層が、スマホのカメラから、本格的なカメラへ入る現象が起きています。カメラ女子に代表されるように、既に一つのジャンルとなっています。写真を特に楽しんでいるのは、赤ちゃんが生まれたてのファミリー層と60歳以上のシニア層。今後のシルバー層は普通に仕事でパソコンやスマホを使っていた世代になりますから、フォトプラスに大きな可能性を感じています。

オムニチャネルの強み

問カメラも安くなりましたね。カメラの売上はどうですか。

北村 安くなったものもあれば、高くなったものもあります。50万円のカメラに予約が入る時代です。出なくなったのは安いコンパクトカメラ。これはスマホに取って代わられました。画質の良いコンパクトカメラは売れています。キタムラはリアル店舗が基本。今、ネット店舗からリアル店舗に誘導していくのが流行っていますが、オムニチャネルという言葉が登場する前から我々はこれに着目していて、取材の依頼が来るくらいです。インターネットとリアルの店舗が統合する利点は、店舗の間口の大きさが関係無いところです。キタムラは全国に店舗がありますが、小さい店なので、プロ用機材をすべての店舗に置くことはできません。オンラインショップ以降、巨大な新製品が出た時にキタムラに大量に注文が入るようになりました。メーカーや比較サイトなどで研究したユーザーが、注文はキタムラでしてくれる。日本における予約の5割超が弊社に来ます。
問 デジタル化の波に生き残ったカメラ販売事業ですね。

北村 もうフィルムカメラを使ったことのないお母さんもいらっしゃいます。そういう方は、子供の写真をどう残していくのか。デジタルデータの中で退蔵したままであれば、うちの子の写真が無いということにもなりかねません。我々が先導してビジネスモデルを作り、研究してお客様に提案していかなければならないと考えています。インフラの変化が激しすぎて、お客様も付いていけていません。我々のビジネスモデルがお客様に気に入られれば、生き残ることができる。スマホはカメラでもありますが、インターネットの入り口でもあります。スマホから写真が注文できるというプラス面もあり、もっともっと多くの人に写真を使ってもらえるようにしていきます。

問 時代の変化やスマホに対して肯定的に考えているのですね。

北村 そのように考えなければ仕方ありません。8000人の雇用を守るため大きな変化の波を生き延びてきました。キタムラは一小売業ですから、時代の変化に対応して必死に変化しながらも、業態を大きく変えることはできません。自動車もそうですが、カメラを売るだけでは食べていけないでしょう。付加価値であるサービスで稼いでいるのです。カメラを売った日から、キタムラとお客様との繋がりが始まります。売って終わりではないのが、カメラのキタムラなのです。

p r o f i l e

北村正志(きたむら・まさし)1941年生まれ。
64年、早稲田大学第一政治経済学部を中退し、翌年浅沼商会入社。67年、キタムラへ入社。取締役、営業本部長などを経て、85年、社長に就任。先代の北村政喜氏が1934 年高知市に開業したキタムラ写真機店を引き継ぎ、売上高1500 億円を超える上場企業に成長させた。2002 年、第4 回企業家賞「快適映像ライフ提案賞」を受賞。2003年、代表取締役会長。低めで幅広のテーブルと長時間座っても疲れないイスを設置

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