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【編集長インタビュー】 アリババ・グループCEO ジャック・マー(馬雲)

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ミッションを語り人を育てることがリーダーの醍醐味

(企業家倶楽部2008年10月号掲載)

世界最大のB2B(企業間取引)マーケットを創造したアリババ・グループの総帥ジャック・マーCEO。中国杭州の英語教師からインターネットに出会い、今、最も注目されるアジアの企業家へと躍りでた。小柄でひとなつっこい風貌のマー氏だが、「ミッションを語り人を育てることがリーダーの醍醐味」と、その口から語られる経営者としての高い志、深い洞察力はこれまでのネット企業家と一線を画す。なぜアリババがここまで成長できたのか。中国杭州に飛び、マー氏にその経営の真髄を聞いた。(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)


アリババが中国の中小企業の輸出業の道を拓いた

問 1995年頃、マーさんはアメリカで初めてインターネットに出会われたそうですね。その時どんなふうに感じましたか。

ジャック・マー(以下マー) 大変興味深く、これはやがて恐竜になると思いました。しかしこれほど大きな流れになるとは思いませんでした。

問 99年にアリババを設立され、B2B事業を手がけられましたが、日本ではアリバという会社が成功しなかった。なぜB2B事業を手がけようと思ったのですか。

マー アリバという会社名はよく存じています。その当時はアリバが生き残って、アリババは死に絶えると言われたものです。しかし私はその当時から、アジア圏ではアリバ的な事業は成功が難しいと思っていました。というのはインターネットビジネスというのは、実は技術でもコンセプトでもなく、逆にいかにお客様により良いサービスを提供して、お客様を成功させるかにあると考えているからです。

問 そうしますと、アリババの成功の1番の秘訣は、中小企業の顧客を大事にしたということなのでしょうか。

マー まだ弊社は成功したとは言い切れません。我々は急速に拡大していますが、成功とは言い切れないレベルにあります。ただアジア圏では中小企業が大半を占めるということから、そこに注力をした事業体を目指してきました。

問 アリババは中国の何百万という中小企業の輸出業の道を開きましたね。そこが非常に素晴らしいことだと私は思います。

マー アジア圏の中において、当社に登録している中小企業は、中国で2500万です。中国以外ですと、560万社が登録しています。200カ国以上にわたって、こういった私たちの価値をお届けすることができる。いうなれば中小企業に対して輸出入の1つの販路を開いたということがいえます。

ミッションのあるビジョンが大切

問 アリババ・グループの強さの秘密は、そのミッションとビジョンがしっかりしていることだと言われています。なぜミッションが大切と考えますか。

マー 一つの組織でも一人の人間でも目標を明確にすることが大切で、多くの人がナンバーワンになることを目標にしています。ではなぜミッションとビジョンが必要かというと、多くの人がナンバーワンになったらどうなるのか、なった後はどうするのかを考えておらず、目標のナンバーワンになった後に結局迷い、自分の将来が分からなくなっているからです。それは一番恐いこと。夢を持つことは大事ですが、同時に方向感が重要です。使命感のある目標、それを大切にすることが大事なのです。社会的責任も含めた使命感をビジョンに落とした会社が長く続いていけば、皆それを共有することができるし、成功する時の楽しさや面白さも全く変わってきます。

問 それではアリババのミッションとは何か、改めてご説明ください。

マー アリババのミッションは、「天下に難しい商売をなくす」です。その中身は、インターネット技術を利用して中小企業の成長、発展、そして生き残りに貢献するというものです。

問 これは創業した時からのミッションですか。あるいはこの十年くらいの間に少しずつ変わりながらできたものですか。

マー 会社設立当初は自分のミッションは何かと模索していましたが、2年目には自分のミッションを紙に書くことができました。そして3年かけて全社員にミッションを伝えていき、今では全てのグループ会社の一致したミッションになってきました。

ミッションは自ら伝え続ける

問 現在御社の社員数は全部で一万人と伺っていますが、そのミッションが皆さんの血となり肉となるようにするために、どのような工夫をされていますか。

マー ミッションを浸透させることは非常に難しいのですが、それにチャレンジすることは楽しいものです。まずは私が自ら率先することが重要です。2番目はビジョンを制度上で保証していくこと、3番目は言い続け、やり続けることです。この3つのことは徹底的にやらねばならない。ただし全員に伝えていくことは不可能に近い。だから我々は1万人の内の3000人がきちんと夢やビジョンを共有できればいいと考えています。

問 それでは全社員の3割が夢を共有できればその会社は成功するということになりますか。

マー 本当に理想的な数字は5割です。昔クリントン大統領とお会いした時、米国で3割の国民の支持を集めれば大統領としては成功だとおっしゃっていました。企業よりも国の方がずっと大変ですから、企業としてはできれば5割でいきたいと考えています。

問 ミッションが大切だと痛切に感じられたのはいつ頃でしょうか。

マー 6年間英語の教師を経験したことも関係あると思います。特にミッションの思いが膨らんだのはアリババ創業最初の2年間です。会社経営をしながら最も成功した偉大な企業の事例を色々と勉強をする中で、重要なことは使命感や目標を明確にすること、そして同時に企業の価値観が社会に認識されることだと分かりました。

変化を楽しんで変化を創造する

問 アリババ・グループの強さの秘密は、ミッションに加え、変化対応能力にあると言われていますね。

マー デジタル社会に入り、変化が非常に早い。変化に対応する能力、変化を好きになるという楽観的な心構えを持った上で、変化を正確に捉えることが非常に大事です。それが成功に結びつく重要な精神だと思います。

問 変化を厭わない、あるいは変化を好きになるということが大切になってくるということですね。

マー 変化にチャレンジすることよりもっと重要なことは変化を創造することです。世の中のほとんどの人には変化に対する抵抗感がある。逆に、楽観的な精神を持って喜んで変化を受け入れ、対応していくような人であれば、他とかなりの差をつけられる。つまり競争に強いということです。

問 これから5年間、アリババ・グループはどういう変化を創造していかれるのでしょうか。

マー イメージできるのは、アリババ・グループが中国の電子商取引の分野で、経済に重大な機能を果たすということです。特に中国の就業問題に対する影響力を高めていく。そうすれば中小企業の生態系をアリババ・グループが作っていけるでしょう。そして中国だけでなく世界の中小企業と結びついていく。こういった巨大な影響力を発揮するようになると思います。

問 中国は現在人口13億人ほどですが、インターネットという新たな技術が入ってきたことによって、中国の社会や企業、そして中国人の生活はこれからどのように変わっていくのでしょうか。

マー 中国は巨大なマーケットでもありますから、インターネットが与える影響は非常に大きい。中国が発展途上国から先進国に移行する重要なきっかけになるのがインターネットではないかと思います。インターネットにより中国は世界最大のマーケットに、そして世界最大の経済大国になるでしょう。

アリババ・ジャパン本格始動

問 アリババ・ジャパンがいよいよ本格的にスタートしましたが、マーさんのアリババ・ジャパンに対する期待や、こういう会社になって欲しいという願いを教えてください。

マー ポイントは4つあります。第一に日本という国が中国と同じく非常に中小企業が多い国であるということ。第2に、これからは日本の中小企業もインターネットという新しいツールを利用して変化しなくてはいけない。変化を創造する時代が来ているということ。第3に、アリババ・ジャパンは一つの日本支社を作るという目的ではなく、本当に日本のアリババとして根付いてもらいたい。第4に、株とか株式上場とかいうことではなくて、3年5年10年とかけて続ける努力により、日本の中小企業に本当に役立ち、日本の中小企業の成長、そして生き残りに貢献できるように頑張って欲しいと思っております。

成長に伴う痛みを経験できるのがリーダーの醍醐味

問 ベンチャー企業にとっては、経営危機は避けて通れないといいますが、アリババにも経営危機があったと思います。それはいつごろだったのか、それをどうやって切り抜けられたのでしょうか。

マー 経営危機という言い方をするのか、もしくは成長に伴う痛みということなのか、捉え方は様々かと思います。当社は18名でスタートしました。そして今は1万を超える人員数となっています。18名から20人に人員が増えた時は、いわゆるハネムーンの時期で、大変嬉しい時期だった、40人から60人に人員が増えてくると、若干問題が垣間見えてくる。そして80人から120人になってくると、さらにその問題が大きくなっていく。しかし200人に達した時点でひと段落する。そして0人もそれほど大変ではない。次に00人から1000人の域に達すと、これは問題が浮上してくると。 
  こういったようなそれぞれの流れを考えますと、企業を成長させていくということは、子どもを育てるのと重なりまして、始めの6カ月間というのは、母親に全面的に与えられていますので、なんの問題もなくすくすくと育つ。しかし6カ月を過ぎて離乳食になり、動き回ったりとなると、いろいろ問題が出てきます。

 会社を育てるということは、人間を育てるのと同じだと思っています。ですから、あまり心配しても全く心配しないのもいけない。この成長に伴う痛みを経験することができるというのは、ビジネスリーダーたる所以の醍醐味ではないか思います。成長するにしたがって、企業の方も変えていかなくてはいけない。人を採用して、教育して、時として解雇もしなくてはいけない。それを全部付き合っていって、リーダーとして見据えることができる。これが人生の中で最も醍醐味を感じることができる経験なのではないかと思います。

一番の危機は未来にある

問 マーさんも色々な失敗をしてこられ、最後自分が天国に行く時には自分の失敗のケースを書き残してから行きたいと言っていますが、危機に直面した時の経営者の心得はどういう風に持っておけばいいとお考えでしょうか。

マー 成功に繋がる過程の一部として失敗があるのだと思います。何もなく成功する経営者はほとんどいない。多くの人は結果論で、成功に結びつくまでの本当の失敗や苦労、つまり暗い部分を誰も見ていないし、誰も言いたがらない。それは非常に良くない。だから将来アリババが経験した様々な暗い部分を、人とシェアできれば、もっと役立つと思います。結果はもちろんですが、失敗に正しい心得を持って直面していくことが重要だと考えています。人生の経験を人とシェアすることで、失敗なんぞに負けないという風に思ってもらいたいです。

問 今までの中で一番の危機は何だったのでしょうか。

マー もう忘れました(笑)。すでに過去のことは一番大きいとは言えない。一番の危機は未来にある。これからさらに大きなチャレンジ、大きな失敗を経験することでしょう。ですから過去のことは忘れて、未来に向かっていかないといけない。経営者の重要な能力は未来を予測していくことです。

問 Yahoo中国を買収されて、その代わりにYahooがアリババの株を40%持つという相互の提携になっていますが、アメリカではマイクロソフトがYahooを買収に動きました。ジャックさんとしてはマイクロソフトがYahooを買収することには反対ですか。

マー いろいろなものに二面性がありますので、どちらの方を見るかということでも全然違ってくると思います。どこの国でも結婚があって、離婚があるのと同じように、企業がくっついたり、離れたりすることはあり得ることなのではないでしょうか。それのひとつひとつに一喜一憂して私が笑っていても、また泣いていても仕方のないことだと思っています。Yahooが私たちの株主であることは確かですが、それが私たちの企業の成功を左右するとは思っていません。株主がどうであろうとも、私たちの企業の成功を左右するのは最終的には企業であり、顧客であると思っています。ですから最終的にはこのディールがどういう形で落ち着こうとも、私は笑ってハッピーだと言えます。

失敗とは諦めること

問 ところで先ほど「まだアリババは成功していない」と言われましたが、では成功した姿というのは、どんなものだと捉えていますか。

マー 成功がどういう姿かということは、私にはまだ実は捉えられていないのですが、失敗がどういうことを意味するのかは捉えられています。それは諦めることです。ではアリババ社が何をもって成功とするのかは、この企業が102年耐えることができたときには、これは成功と言えるのではないかと思っています。しかし102年の前に諦めることになった場合は、それは失敗なのでしょう。

問 日本には京セラの稲盛和夫さんという、すばらしい創業経営者がおりますが、彼も同じようなこと言っていますね。諦めなければ失敗ではないと。

マー 諦めたということはそれから先がないということですね。それは成功できないということだと思います。マイクタイソンから挑戦状を付きつきけられても、私は諦めるつもりはありませんよ。

問 今、地球上で環境や食料問題、資源の枯渇問題など、様々な問題が起こっています。こういう問題の中に大きなビジネスチャンスがあると思うのですが、アリババ・グループはこういった分野に使命感や責任感を感じ、参入するということはありますか。

マー 食料・環境・資源の問題は、ちょうど8月3日に終わったAPEC工商諮問委員会の「中小企業グローバルビジネスサミット」で最も話題になった問題です。私はこの委員会の中小企業部会の会長でもありますが、皆さんが一番関心を持つのが、エネルギーや食料、環境についてです。もちろんこれは一つのチャンスかもしれない。ただしチャンスは目的ではありません。チャンスだからやっていくということであれば企業は長く続かないし、逆に失敗に繋がる。我々は企業にチャンスを与えること、つまりビジネスを良くすることに一番大きな使命感を持っていますので、世界のあらゆる変化を我々が正しく見ていく必要があります。こういう問題については解決することが一番大事です。そこにビジネスチャンスがあれば、それはおまけのようなもので、自分から求めるものではありません。

問 アリババ・グループのロゴで印象的だったのが、オレンジ色のカラーと笑顔のマークです。マーさんはその二つにどういう意味を込められたのですか。

マー オレンジ色は情熱という意味です。我々にとって情熱は非常に大事ですから色をオレンジにしました。笑顔は、将来大きな問題や失敗に直面する時に持っていなければならないもの。喜んで笑顔で問題に対応していくことで、お客様も社員も株主も永遠の笑顔に変えて、それを皆で共有できるような会社をつくっていきたいですね。

問 マーさんは武侠小説というのですか、いわゆる三国志のようなものが好きだと聞いたのですが。実際に何か武道をやっているんですか。

マー 武道というのは道なのです。ですから技術だけではない。腕力が強いというだけではなく、どちらがより知恵を働かせて相手と挑むことが出来るのか、またどちらが相手の心を読むことができるのか。武道は文字通り道であると感じております。私にとって学ぶところも多いです。ちなみに私は太極拳をやっています。

問 私はソフトバンクの孫正義社長に惚れ込んで、20年間ずっと孫社長を見てきました。今彼も51歳になりますけれど、私は今、マーさんにお会いして孫社長の後継者を見たような気がします。

マー 私も孫社長を尊敬しています。日本のインターネットという世界だけではなくて、ビジネスのやり方を大きく変えられたということで、とても偉大な方だと思います。これからはアリババ・グループとソフトバンクの合弁会社「アリババ・ジャパン」を通じて日本の中小企業を活性化し、日本社会にも貢献していきたいと思っています。

馬 雲(Jack Ma=ジャック・マー)
1964年、中国浙江省杭州市生まれ。88年、杭州師範学院外語系を卒業。英語教師となる。95年、サイト「中国黄頁(イエローページ)」を立ち上げる。97年、中国外経貿部のサイト構築の一端を担い、99年、故郷の杭州で50万元を元手にアリババのサイトを構築した。2000年10月の「世界経済フォーラム」で01年度世界100人の「未来のリーダー」に選ばれた。

2008年度第10回企業家大賞受賞。

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