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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第33回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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こまで思いを可視化できるか

こまで思いを可視化できるか

(企業家倶楽部2016年6月号掲載)

言葉が平易であること

 選挙戦で共和党のトランプ氏と民主党のヒラリー氏が互角に渡り合っています。二人の演説を聞いていると大きな共通点が一つあることがわかります。

 トランプさんの英語が非常に平易なのです。登壇するなり、「I love you.」「I like you.」と始まり、帰り際も「I loveyou.」「I like you.」で去っていきます。英語を母国語とする人から見ても小学校レベルの英語だけで組み立てていることが分かります。

 一方のヒラリー氏はどうでしょうか。これまた中学生レベルの英語です。トランプ氏は69歳、ヒラリー氏は68歳であることを考え、また特にヒラリー氏は弁護士出身なので、どんな難しい言葉でも使えるでしょう。

 けれど二人とも単純な単語だけを並べていく。これはアメリカが人種の坩堝であり、必ずしも英語を母国語としていないヒスパニックやアジアンも多いことを考えれば、言葉が平易であることの必要性は歴然としています。

 日本のトップも新入社員に話をするときや、たくさんの人々と話をするときは平易であることが大事です。

ビジョンの可視化

 突然出てきたトランプ氏の人気の原因には、彼にはビジョンの可視化の能力があることが関係しています。「メキシコ人は出ていけ」とか、「日本は自分の国は自分で守るべきだ」などと、まくし立てます。これははっきり言えばナショナリズムの表れであり、イスラム原理主義を批判しているわりには、トランプさんの言葉はアメリカ原理主義者の言葉だともいえます。

 けれど聞いた人たちはそれに熱狂します。これは耳で聞いて、目の前にたくさんの外国からの移民のいないアメリカらしいアメリカというのが見えるような気がするからです。現在失業者が非常に多いアメリカですが、外国人が労働の機会を取ってしまっているという思いもあり、自分たちが職を取り戻した姿がこれまたビジョンとして浮かんでいるわけです。

個人の欲求不満を捉える

 トランプさんは庶民の欲求不満をよく知っています。アメリカは税金の国です。収入の中から様々な税金が羽を生やして出て行ってしまいます。日本も今、消費税を上げる時期を自民党が見送ろうとしています。働いても税金で持っていかれる、老後が安定しない、など庶民がたくさんの欲求不満を持っています。このことを演説の中に入れていくのです。

 経営者も全く同じでしょう。聞き手の欲求不満を探し出すのが、スピーチのコツです。

 聞き手はどこが不都合だと思っているのか。例えば、身近な例で自分のことですが、車を買い替えたらあまりにもたくさん機能が付いていて、その中で使うのはせいぜいアクセルとブレーキくらいかもしれないと思います。「もっとわかりやすい車を作ってよ」と思います。

 そういう不満に応えて、商品ができるとこれが売れていくわけです。そういった庶民の欲求不満に応えて、商品開発を行い、当たっている「ジャパネットたかた」を思い浮かべて下さい。テレビでも、オーディオセットでもあまりにボタンがたくさんあると高齢者にアピールできない。創業者の髙田明社長は実にそこをよく捉えていました。高齢者向けの商品では、「皆さん、いいですか。このオーディオは、扱うのはこの二つのボタンだけ。簡単でしょう。簡単ですね。すごいでしょう」とアピール法を変えています。トップや部下やクライアントの欲求不満を捉えて、その欲求が満たされるように新しい商機や製品をぶつけていくのがベストです。

パターナリズムでいくかフレンドシップでいくか

 話す時の「目線の高さ」も重要です。医師が患者に対する場合のように専門知識レベルが違う相手に向かうと、つい上から目線で一方的な高圧的発言をしがちです。

 ところがそれだと、聞き手の方からアイデアが出てこなくなります。創業者であったり、自分の実力がダントツに飛び抜けている人、例えば経営の神様と言われた後年の松下幸之助氏、一時「京セラ」を「狂セラ」と周囲が呼んだくらい自信と熱意のあった稲盛和夫さん、現在も強者の「セブンアンドアイホールディングス」の鈴木敏文会長(2016年5月下旬迄)、このような方たちが発信するなら一方的な命令文でもいいでしょう。

 けれど若い経営者を見てください。「ユーグレナ」の出雲充社長は創立が25歳、「リブセンス」の村上太一氏は19歳です。アメリカに目を転じて、「アップル」のスティーブ・ジョブズ氏も20代、「アマゾン」のジェフ・ベゾス氏も31歳で起業したから、パターナリズムの言葉でいうよりは、社員を仲間にしてフレンドリーな言い方をして、そこから発想を得た方が得です。直接会って何度か話をしたことがあるのは、「リブセンス」の村上太一氏と「ユーグレナ」の出雲充社長ですが、お二人とも非常にフレンドリーです。

「パフォーマンス学ってなんですか」といった具合にとんとんと、話が進むのが特徴です。パターナリズムでいくかフレンドシップでいくか、経営者は喋る前にそのスタイルを決めておいた方が相手の心に効果的に響くようです。

 そして、ざっとカウントしたところ、今回のアームムーブメントはおよそ8回です。

 アームムーブメントなどは、回数で数える「マクロエクスプレション」で、さらに微細な表情筋の動きを計測するのが「ミクロエクスプレション」です。その典型的なものが、アイコンタクトです。今回の所信表明演説のアイコンタクトは、オリンピック招致プレゼンよりは少ないですが、第二次安倍内閣発足時よりは微増しています。要するに、パワーが加わった演説になっているのです。

トップへの質疑応答は見せ場

 さて、所信表明演説でも会社社長の年頭挨拶でも株主総会の説明などでもそうですが、話が終わった後、質疑応答の場面がある時、実はここが見せ場です。

 今回の所信表明演説に対して、1月26日に行われた代表質問は、民主党の質問者が全く朗読に入ってしまったことと、質問する項目が全て想定内だったので、首相側としては楽勝でした。

 噛みつかれるとわかっている質問はあらかじめ想定して、こう来たらこう答える、というシナリオを作ってあったわけです。所信表明や株主総会などではどうしても自分の発表だけに気持ちが集中しがちですが、想定質問一覧表を作り、この質問に対しては、どんな内容をどんな動作とどんな声と、どんな目線の使い方で答えるかを用意しておきましょう。

 トップの所信表明、あるいは会社の経営方針演説、株主総会などは、リーダーにとって恰好の実力と発表力の見せ場です。

Profile 

佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『日経メディカルOnline』、『日経ウーマン』はじめ連載6誌、著書178冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。21年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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