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【緑の地平vol.36】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

米の温暖化対策、大幅後退懸念 ~新大統領の登場で~

(企業家倶楽部2017年6月号掲載)

トランプ大統領、「米国第一主義」を鮮明に 

「米国第一主義」を掲げる異色の米大統領、トランプ氏の登場によって、世界中が大混乱に陥っている。例えて言えば、クラス一の金持ちの息子で、腕力もクラス一だが、周りへの配慮もできる優等生だった生徒が、ある日、突然、自分のやり方を変え、自分第一主義のガキ大将になり、自分に歯向かう者には容赦なく鉄槌を食らわす暴れ者に変身したらクラスの雰囲気はどうなってしまうだろうか。クラスの仲間は、ガキ大将の顔色を伺い、口を閉ざし陰鬱なクラスになってしまうだろう。

 先日3月19日、ドイツのバーデンバーデンで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議がそんな空気を映し出していた。採択された共同声明には、これまであった「保護主義に対抗する」という文言が削られてしまった。トランプ大統領が消極的な地球温暖化対策についても前回あったパリ協定支援の記述が消えていた。いずれも米国の強引ともいえる主張が声明に反映されたもので、白けたムードが会議場を覆ったようだ。

 トランプ大統領は「強いアメリカの復活」を掲げて米国の既存の外交、国防、経済、貿易、社会保障、環境政策などを根底から転換させようとしている。このため、特に対応が急がれる米国の地球温暖化対策への取り組みが大きく後退するのではないかとの懸念が世界中に広がっている。

インフラに1兆ドル、環境予算2割削減を検討 

 同大統領は、2月28日夜(日本時間3月1日午前)議会上下両院合同会議で就任後初めてとなる施政方針演説を行った。この中で「インフラに1兆ドル(約113兆円)の投資をする」と強調した。財源調達先については触れなかったが、米紙ニューヨーク・タイムズによると、その有力候補の一つとして地球温暖化対策を担う米環境保護局(EPA)の現行予算約80億ドルを2割削減する方針が検討されているという。そうなれば、水質・大気汚染対策、州政府への環境補助金などが削減される可能性がある。

 振り返ってみると、「環境より経済を優先させる」という姿勢は米共和党の伝統的な考え方のようだ。民主党出身のクリントン大統領時代の1997年、京都議定書の採択に賛成しておきながら次の大統領選で共和党のブッシュ大統領が就任(01年1月)すると、その数ヶ月後京都議定書から離脱してしまった。

 2020年以降のグローバルベースの地球温暖化対策を定めたパリ協定(16年11月発効)の制定に当たって、民主党出身のオバマ米大統領は主導的な役割を果たした。他国に先駆け、2025年の温室効果ガス(GHG)の排出削減目標として05年比26~28%削減と言う野心的な数字を掲げた。その実現のため、化石燃料の中で最大のGHGを排出する石炭火力発電の新設を禁止し、既存施設の廃炉に積極的に取り組んだ。一方で再生可能エネルギーである風力発電などの推進を進め一定の効果をあげてきた。

 これに対しトランプ大統領は、オバマ前大統領の温暖化対策を否定する姿勢を強めている。たとえば、就任早々2本の基幹石油パイプライン(いずれも長さ2000km前後)の建設を認める大統領令に署名した。1本はオバマ前政権時代、「原油の輸送能力の増強によって石油製品の生産、消費が増え、地球温暖化を加速させる懸念がある」として建設申請を却下していたもの。もう一本は「先住民の居住区の環境汚染を引き起こす」として申請を認めなかった案件だ。トランプ大統領はこの規制を取り消し、建設にゴーサインを出した。これで、「2万8000人の雇用を生む」と得意げに語った。

米環境保護局長官に温暖化懐疑派を抜擢

 同大統領が次に打った手が、米国内の環境行政を統括するEPA長官に地球温暖化懐疑派として知られるスコット・プルイット氏を任命したことだ。同氏はオクラホマ州司法長官で15年にオバマ政権が火力発電所から出るCO2(二酸化炭素)の排出規制基準を設けたことに反発し、27州が参加する集団訴訟を起こした中心人物の一人だ。早くも石炭に厳しかったオバマ時代の環境基準を見直す方針を明らかにしている。

 オバマ時代の環境規制の見直しが進めば、米国の公約である25年のGHG排出削減目標の達成は難しくなる。中国に次ぐ排出国である米国が目標達成を放棄する事態になれば、パリ協定の形骸化が進む恐れがある。温暖化による海面水位の上昇で国家消滅が懸念される南太平洋やインド洋の島嶼国などを始め、気候変動による異常気象の被害を被る多くの国が米国の変節に危機感を募らせている。

 今後、さらに心配されているのが、パリ協定からの離脱だ。選挙期間中は離脱を示唆していたが、就任後は正式な態度は表明していない。先のG20でもパリ協定支援の文言は消えたが、離脱については言及していない。パリ協定の場合は、京都議定書の時と違ってすでに国連の条約事務局に批准国として登録済みだ。離脱する場合はパリ協定で定めた手続きを踏む必要がある。そのためには最低でも4年が必要で、そう簡単には進まない。大統領の再選を防げば離脱を防げると早くも次回大統領選に期待する声も出ているそうだ。

大統領の科学軽視の見方に懸念の声も

 それにアメリカは州政府の独立性が強く、カルフォルニア州のように環境対策に熱心な州は、簡単にトランプ大統領の規制緩和に従うはずがないとの見方もある。

 また、トランプ大統領が斜陽化した石炭火力を復活させようとしても、すでに価格競争力を失っており、復活は難しいとの指摘もある。10年前の米国では発電に占める石炭火力の割合は5割を超えていたが、現在では3割を下回っている。逆に天然ガスは2割弱だったのが今では35%までシェアを広げている。シェール革命による安い天然ガスの急増が石炭を斜陽化させた要因として大きい。風力発電を中心とする再生可能エネルギーの価格競争力が急速に高まっており、1kwh(キロワットアワー)当たりの電力生産コストが石炭を上回るところが増えている。

 大統領選前には、ツイッターで「地球温暖化は中国のでっち上げ」などと無責任な発言を繰り返していたが、大統領に就任した今、科学的に実証された温暖化による気候変動の影響を無視することは難しいだろう。米国の科学者が結束して温暖化対策の必要性を大統領に訴える運動も計画されている。トランプ大統領が露骨に科学が示す真実を無視するようなら国民からの反発が強まるだろう。温暖化対策推進派にとって憂鬱な時代の幕開けがだが、トランプ大統領の「アンチ温暖化対策」の政策効果はそれほど大きくなるまいとの冷めた見方があるのも事実である。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。
                

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