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【編集長インタビュー】幼児活動研究会 代表取締役社長 山下孝一氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

親孝行が教育の基本

(企業家倶楽部2016年12月号掲載)

子どもたちの話になると途端に目尻が下がり、優しい表情になる山下孝一社長。「会社の成長が一日遅れたら、日本の成長が一日遅れると本気で思っています」と教育事業に使命感を燃やす。信念の教育者に経営理念について聞いた。聞き手は本誌編集長 徳永健一)

社長の仕事は決断すること

問 山下社長にとって企業経営とは何でしょうか。

山下 経営とはお客様の要望に応えることと、競争相手以上のサービスをすること、この2つしかありません。つまり、この2つが出来たら勝てます。逆を言えば、これがなければ、他の何をやってもだめでしょう。

 競争相手以上にお客様にサービスをするといいましたが、誰がするのでしょうか。それは社員です。社員を幸せにする経営を目指せば、社員はそれに応えてくれます。そう思うようになりました。

 幼児活動研究会の経営理念は「お客様を喜ばし、社員を喜ばす。」と定めています。この二者が喜んでくれたら、後のことは多少どうであれ会社は絶対にうまく行きます。

問 山下社長の話はご自身の体験に裏打ちされており、明快で分かりやすいですね。

山下 例えば、書類や資料は体裁が整っていなくても、手書きでも構わないのです。

 以前、社員に対して「お客様が来社された際には、仕事を一度止めて、席を立って挨拶をしよう。電話応対時のみは例外で、それ以外は中断する」と提案すると、社員が「起立して、作業を中断して挨拶をしろと仰いますが、仕事の能率が下がります」と反論した。社員は悪気があって言っているわけではないのは分かります。

 しかし、私は思わず「ばかやろう。何も知らないだろう。能率が下がったってお客様に嫌われなければ会社は発展するんだ。能率が良くてもお客様に嫌われたら会社は終わりなんだ。能率が下がったっていいから実践するんだ」と言いました。

 結果はどうかというと、全然売上げは下がりませんでした。能率は関係ありません。お客様は能率のことを言っているのではありません。自分の求めているサービスをしてくれるか、してくれないかです。お客様は約1000箇所ありますが、我が社の社員の給料が上がったらいいと思っている人はいません。社員の残業が減ったらいいなと思うお客様もいないのが当たり前です。さらに言えば、社長が誰だって関係ありません。

 つまり、自動車会社の社長が誰であっても関心がない。良い車を作ってくれさえすればいいのです。社員はそれが分からない。社員と社長の意識は当然違います。会社にとってどちらが正しいかと言ったら社長が正しいのです。

問 40年以上に渡り社長業をして、苦労してきたから分かる境地かもしれませんね。山下そう思います。経営本も読みましたが、自分が体験して初めて本に書いてあることが理解できます。経験しないうちは分かった気がするだけです。何の力にもならない。

問 幹部社員や若いスタッフには、自分が経験してきたことを追体験させるといい機会になりますね。

山下 とにかく直ぐに経験させる。初めてのことは9割は失敗します。それを覚悟でやらせなくてはいけません。

 新しい支部を出す場合は、事務所を借りるための家賃もありますが、何千万円も掛かりません。だから良いなと思ったら出します。すごく身軽です。駄目だと思ったらやめる。物事はやってみなければ分からない。

「社長はいつも勝手に決めてしまう」と以前はよく言われました。「なんで私たちの意見を聞いてくれないのですか」と不平を言う。しかし、「貴方の言うことを聞くから、一緒に責任を取るのだよ」と言ったらどうしますか。それは無理でしょう。社員はそんな責任を取れません。

 社員が連帯責任を負うとなったら躊躇するでしょう。自分の財産を担保に入れなくてはいけません。誰がやりますか。最終責任を取るといっても、辞表を出したくらいでは責任を果たしたことにならない場合があります。

 社員に意見を聞くのはいいけど、結論を聞くのは間違いです。そんなことを聞くこと自体が社長の怠慢です。だから大事なことになればなるほど、社員には聞きません。それを社員が勘違いして「大事なことは社長一人で決める」と不満を言う。

 大事なことは社長が自分で決めなくてはいけません。最終責任はたった一人、社長のみ。責任がある人間に決定権があるのです。これは明確です。

 社長の仕事は決定することで、実行するのは社員。逆になると困る。社長がワンマンなのは当然です。会社経営に民主主義の多数決はありません。多数決は誰も責任を追わないということ。

 だから社長はよく勉強します。自分の欲だけで判断したら間違ってしまいます。

平凡×継続=非凡となす

問 オフィスを訪ねると全社員が起立し、元気よく挨拶してくれます。トイレも新品の様にピカピカに磨いてあり、驚きました。何か特別なことをしているのでしょうか。

山下 特別なことは何もありません。当たり前のことをちゃんとやるだけです。

 しかし、以前は新しいことをやるたびに社員の抵抗がありました。付いてこられない人が会社を去っていきました。私も引き止めませんでした。トイレ掃除を自分たちでしよう。会社の周りも掃除しよう。タバコは吸うな。最初は別室を設け、ある時間帯だけ喫煙を認めましたが、一切禁煙にしました。やはり、退職する人はいました。

 「社長はトイレ掃除が好きなのですか」とよく聞かれます。好きではないけど、綺麗なトイレは好きなので、掃除をします。ビルの管理会社が業者を雇って掃除をしてくれますが、それとは別に社員も掃除します。自分たちで汚すのだから、自分たちで掃除するのが当たり前です。私は当たり前のことが通用する会社でありたい。一流と言われる企業は、この当たり前のことが徹底されています。

 「平凡」なことを「継続」すると、やがて「非凡」になります。

問 掃除をしたり、禁煙にしたり、何か変わるきっかけがあったのでしょうか。

山下 社長である私の意識が変わったから社員が変わったと思います。創業当時は社員の出来ないところばかりが目に付きました。成功は全て自分の手柄とは考えませんでしたが、失敗はこいつが悪いのだと思っていました。

 しかし、どんな社員も失敗したくて失敗しているわけではありません。それぞれ理由がありました。失敗したら申し訳ないと悔し涙を流すような社員を育てたら会社は良くなると思いました。社長である私が真っ先に失敗しているのだから、失敗するなと言っても通じません。

 失敗よりも出来たことを褒める。失敗に負けない、同じ失敗を繰り返さない社員を育てることです。

 私は創業から44年間振り返って、取り返しの付かなかった失敗は1つもありませんでした。ただ条件があります。それは、逃げないことです。それから、社員と社長の心が1つになると全部乗り越えられます。

ダメな子はいないダメな大人はいる

問 幼児活動研究会が求める社員像についてはどうですか。

山下 どの会社でもオフィスに入れば雰囲気は分かるものです。弊社では、返事は「ハイ」か「イエス」しかありません。結果的に出来る出来ないはあるでしょう。しかし、返事は「ハイ」と「イエス」のみです。

 国家の根幹は教育です。教育が人を作り、国民を作り、国家を作るのです。教育ほど大事なことはありません。特に幼児教育は重要です。

 会社の目標は、「未来を背負う子どもたちの為、日本社会、人類社会に貢献する」、「社会人として指導者として恥ずかしくない立派な人格、人間形成をめざす」、「我々の生活を豊かにし、幼児体育日本一を目指す」です。これは社員全員が暗唱できます。自分の名前は忘れても会社の目標を忘れてはいけません。

 人間として正しいか正しくないかを経営判断としています。出来れば、これを皆さんの生き方の基本にして欲しいと思います。

問 園児は元気よく逆立ちで歩き、自分の背丈よりも高い8段の跳び箱を超えていきます。何か指導方法に秘訣があるのでしょうか。

山下 子どもたちは全員できます。子どもには無理とは言わせない。出来ない子は出来ないのではない。少し時間がかかるだけで、出来るまで待ってあげればいいのです。前途洋洋の子供たちに大人が「ダメだ」と言っているだけです。

「駄目な子はいない。しかし、駄目な先生はいっぱいいます」

「駄目な子はいない。しかし、駄目な親はいます」。子供のせいにしてはいけません。その話をすると頭に浮かぶことがあるでしょう。

「駄目な社員はいない。しかし、駄目な社長はいる」。良い会社、悪い会社というのはありません。あるのは良い社長か悪い社長だけです。つまり、経営者は、良い社長になるしかないのです。

親孝行が教育の基本

問 7月の企業家賞授賞式のスピーチで「親孝行が教育の基本」と話されていましたね。

山下 子どもたちや社員と接してきて、仕事をする上で何が最も力になっているのかと考えると、親への感謝の気持ちだと分かりました。片親の人もいるかもしれませんが、両親のお陰でこれまで育ててもらったわけです。お父さん、お母さんが大好きという気持ち、迷惑を掛けるようなこと、恥じるようなことはしないという気持ちがあれば、人生、曲がった道には進みません。また、親も努力するようになります。

 どう考えてみても、自分という存在は両親から生まれてきたのです。だから、親孝行は重要なのです。

 私の父が3月19日に亡くなりました。前日まで元気でした。誰でも親はいつまでも生きていると思っていますが、亡くなって初めて親の立派さ、有難さが分かります。父は私がこの仕事をしていることを喜んでくれていましたが、もっと早くから親孝行という気持ちを持つべきでした。亡くなった後の方が父を身近に感じます。

問 小学校や中学校で親孝行が大切という指導を受けた記憶がありません。道徳の時間になるのでしょうが、学校で教えていないとなると家庭や社会で学ぶ必要がありますね。

山下 親は子に対して、親孝行しなさいとは言えません。だから学校や社会が教えないといけません。幼児活動研究会の社員は入社の条件があります。最初の給料でご両親に何かプレゼントすると決めています。

 生まれて初めて親に何を贈ろうかと選ぶ人もいるでしょう。予行練習もします。両親の前で正座し、「会社に入って、先輩にもお世話になっております。こうして社会人になれたのも、お父さん、お母さんのお陰です。今日は感謝の気持ちですが、プレゼントを持ってきました」と両手をついて頭を下げる。

 すると予行練習では起きなかったことが起きます。顔を上げるとお母さんは皆涙を流しています。お父さんも照れくさがっているか、目頭が熱くなっています。その姿を見て、社員は「これからも親孝行をしたいと初めて思った」と感想を言います。学校ではそういうことは教わらないそうです。

 私は会社の強さ、国の強さは、社員や国民がどれだけ親孝行を大切にしているかの度合いで決まると思います。そして、親は子供に恥ずかしくない生き方をしようと思うことでしょう。

 園児には「学校の先生とお父さんとお母さんの言うことが違ったら、どっちの言うことを聞くのか。お父さん、お母さんの言うことを聞きなさい」とはっきり言っています。

「誰よりも君たちのことを考えているのがお父さんお母さんだから、先生よりも想っているから両親の話を聞きなさい」というと、子どもたちは素直に「はい」と言いますよ。

正しいか正しくないかは別です。想いが一番強いのです。

 会社の5年10年後、将来のことを一番考えているから社長の言うことを聞きなさい。間違っているか間違っていないかはやってみなければわからない。でも間違いなく社長である私が一番社員を幸せにしたいと思っています。

 私たちは学校に頼りません。仕事を通して日本の教育を私たちが作るのだという信念でいます。会社の成長が1日遅れたら、日本の成長が1日遅れると本気で思っています。

P r o f i l e

山下孝一(やました・こういち)

1946年福井県生まれ。1970年法政大学文学部日本文学科卒業。1972年幼児活動研究会設立。1997年日本経営教育研究所設立。全国の幼稚園・保育園に関わった経験から、幼稚園、保育園専門の経営コンサルタント業にも着手。2005 年大和学園理事長就任。2007年大阪証券取引所ヘラクレス、2013年東証JASDAQに株式上場。2016年第18 回企業家賞受賞。

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