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【私の信条】1スクウェア・エニックス・ホールディングス 名誉会長福嶋康博 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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当たり前でないことを当たり前にやる

当たり前でないことを当たり前にやる

(企業家倶楽部2009年1・2月合併号掲載)

 私が事業を手掛ける際に一貫して心掛けているのは「当たり前のことをやらない」ということです。エニックス(現スクウェア・エニックス・ホールディングス)設立以前に、公団住宅情報誌や寿司の持ち帰り、オフィスコンピュータ用ビジネスアプリケーションなどの事業を立ち上げてきましたが、常にその考えを意識してきました。

 どれも未知の業界でしたが、毎週2~3回は「未来会議」と称して、社員と共に今後のニーズや成長が期待できる業種について話し合いました。どうやったらお客様が満足するのか、ビジネスが成功するのかを考え抜いて事業案を出し合うのです。皆と同じような事業をやっても成功はおぼつきません。それぞれの事業で、公団住宅の募集情報を冊子で届けたり、営業方法に新聞広告を取り入れたりと、その都度工夫を凝らし、業界唯一の独自性を持たせました。「当たり前のことをやらない」を実践し、最も成功したのがスクウェア・エニックス・ホールディングスを代表するゲームソフト「ドラゴンクエスト」シリーズの開発です。当時のゲームソフトは自社開発が当たり前でしたが、私たちはコンテストを開いて作品を募りました。また、こうしたコンテスト開催等を通じて縁を得た外部の人々に製作を依頼し、報酬に関しても売り上げと連動する業界初の印税方式を導入しました。さらに、開発スタッフとのコミュニケーションも重視し、「いい作品を作りたい」という思いで、納得いくまで話し合える環境を目指したのです。

 シリーズ累計4700万本以上を売り上げた「ドラゴンクエスト」が従来のゲームソフトと違ったのは、シナリオ・ゲームデザイナーの堀井雄二氏が盛り込んだゲームの物語性にあります。他にも「ドラゴンクエスト」の制作には、漫画家の鳥山明氏や、作曲家のすぎやまこういち氏などが参加しています。

 自社開発でないため「クリエーターが離れたらどうするのか」と心配されがちですが、クリエーターが離れていくのは会社に魅力がないからです。会社が魅力的であればスタッフは離れていきません。

 私の考える「当たり前のことをやらない」は単に部分を変えるのではなく、根本そのものを変えるのです。その際に、「他の業界のものを自分の業界に持ってきたらどうなるか」を考えることも一つです。自分の業界にあてはめることによって、その事業で最も必要としていたアイデアが浮かびます。

 例えば、靴の大きな要素は「履き心地」です。これを一つのキーワードにして、そこから改善策を考えます。デザインでも今までになかったことを考えることです。ヒットを生むためには、商品の中核部分を変えるくらいの革新性が必要です。事業についても同様です。成功している事業を見ると、他の業界で当たり前だったものを自分の業界に取り入れたものが多い。業界内になかった考え方や方法を取り入れ、その時の定説や常識を覆したものが新しいヒットを生みます。つまり、当たり前でないことを当たり前にやることが大切なのです。

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