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【地球再発見】vol.6 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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米国のマスコミは総懺悔を

(企業家倶楽部2017年1・2月合併号掲載)

 東京都政を揺さぶる小池劇場より、もっと規模の大きな「トランプ劇場」が幕をあけた。舞台はアメリカである。ペテン師とまで悪口を言われたドナルド・トランプ大統領が1月に誕生する。

 日本のメディアは一切報じていないが、ずっと不思議に思っていたことがある。アメリカの有力紙は大統領選の真っ最中に、なぜ特定の候補者に肩入れし、偏った報道をするのか。「いや、報道は中立だ」と言うだろうが、他人はそうは思わない。

 今回もそうだった。いつも民主党候補を後押しするニューヨークタイムズはともかく、共和党色が強いワシントンポストもUSAトゥデーも民主党のクリントン支持を打ち出した。なんと全米で80社前後のメディアがクリントン支持を表明、トランプ支持派は数社にとどまった。

 ワシントンポストは「共和党幹部はトランプ候補を止めるために全力を尽くせ」と常軌を逸した記事を堂々と載せ、トランプ排除を訴えた。一体何様のつもりか。有力テレビのCNNは「クリントン・ニュース・ネットワーク」と揶揄されるほどクリントン氏に傾斜した。トランプ氏は四面楚歌に思えた。

 民主主義の盟主を標榜するアメリカ社会で、この「不平等」は悪いクセだ。アメリカの選挙法では、公共的存在がどちらか一方を応援するのを禁じているはずである。どんな新聞、テレビも応援相手を決めるのはおかしい。「表現の自由」の代表として報道陣がいつの間にか思い上がってしまったのだろう。

 日本のメディアは絶対にそうした行動は取らない。もとより選挙は水もと言われるし、「中正・公平」を旨としているからだ。日本国民も当然”偏向報道”を嫌う。

 NYタイムズはクリントン勝利の確率を85%、AP通信は90%と報じた。クリントン優勢と伝えられたフロリダ、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ノースカロナイナ州はトランプ氏に軍配が上がり、メディアの予想が次々覆された。

 だからこそ、トランプ勝利は「大逆転」と言われたが、本当にそうだったのか。逆転ではなく元々そうだったとすれば、間違えたのはアメリカのメディアだ。当然ながら日本のメディアはアメリカを追随するから、皆同じように選挙情勢を読み違えた。トランプ勝利を予想したテレビコメンテーターは、筆者の知る限り元NHKの木村太郎氏だけだ。

 大間違いを犯した理由について、アメリカのメディアは「新興メディアのSNS(ソーシャルネットワーク)の影響力を軽視していた」「白人の低中所得層の動向がつかめなかった」「声なき民衆の声、”隠れトランプ”が予想以上に多かった」――などと淡々と分析した。

 しかしメディアが徒党を組んで袋叩きにしたはずのトランプ氏が勝利した理由をもっと深く分析しないといけない。「新聞やテレビもたいしたことはないな」と既存メディアへの疑問が生まれてもおかしくない。アメリカのメディアは総懺悔する必要があるのだが、自分たちの弱体化に気づいているのかどうか。そして大統領選挙に限らないが、日本のメディアも独自取材を増やし、アメリカ追随の報道をやめる必要がある。

 差別主義、女性蔑視、移民排斥などの問題発言が多いトランプ氏。当選後も反対派のデモにさらされている。でも、そんな”異端児”を選んだのもアメリカ国民。「もし会ったら殴ってやる」とトランプ批判を繰り返していた俳優のロバート・デニーロ氏も「もう大統領だから」とあっさり矛を収めた。

 トランプ氏はNYタイムズを「不公平に扱われた」と攻撃していたが、勝利確定後、自ら本社を訪問、仲直りをした。しかし最初にクリントン支持を表明し、惨敗したNYタイムズの方が自分たちの「敗因分析」をきちんとすべきだろう。

 さて、トランプ氏とパイプのある日本人は余りいないといわれる。通商、安保など日米関係がどうなるか誰もわからない。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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