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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第36回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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顔で損する人、得する人

顔で損する人、得する人

(企業家倶楽部2016年12月号掲載)

 某大手月刊誌から面白い依頼がありました。「日本の中年男性はなぜ仏頂面か」というタイトルなのです。本誌の読者諸氏は自ら会社を経営し、人の上に立っている人が多いので、よもや仏頂面ということはないでしょう。でも、「一般的な日本の中年男性」という括りで見ると、確かに仏頂面がとても多いのです。

 自己表現の研究をしているアメリカ人の友人と山手線に乗ったときです。彼女は「どうして日本の男性はあんなに仏頂面なの?何かに怒っているのかしら」と真顔で訊いてきました。「特に怒っていることがあるわけではないけれど、多分仕事で疲れているのでしょう」と答えたものの、真剣に「なぜ仏頂面が多いのか」と考えるきっかけになりました。

 おそらく多くのビジネスマンは「仕事は実力で勝負。自分の顔がどうであっても、それは成績に関係ない」と思っているのでしょう。さらに、朝鏡に向かうときも、鬚がきれいに剃れていればよしで、「笑筋」と呼ばれる口の周りと目の周りと頬の筋肉を動かして、にこやかな表情を作ってにっこりしてみるなどという習慣を持ち合わせていないのに違いありません。

 表情が第一印象形成の中で最も重要なものだと考えると、とても損です。「AS 2秒の表情実験」という私の実験データでは、大学院生の1分間自己紹介のうち音声を抜いた2秒間の画像を見せただけで、その学生が誠実なのか、頼りないのか、およそのイメージをほとんどの観察者が掴み取っていることがわかりました。しかもその2秒の印象は、5秒、10秒と見せる時間を延長しても変わらなかったのです。

1. 元々の素材をどう表情に使うか

 本人の性格に個性があるように、顔の部品の配置にも個性があります。目が大きい、鼻が大きい、口が大きい、眉が下がってる、二重あご、というようなことは、いわば「素材」の違いです。けれど実際には、その人の顔の部品の配置を見て、「あの人はいい人だ」とか「悪い人だ」とかいう判断を私たちはしません。部品の動き、つまりどんな表情かで相手を判断しています。

 2人の例を挙げます。まず素晴らしい表情で得をしているキャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使の顔を思い浮かべてみてください。多くの人が、彼女が穏やかに微笑んでいる顔を思い浮かべるでしょう。父親がジョン・F・ケネディであり、兄弟みんなエリートなのに、いつも素顔に近い顔でにこやかに微笑んでいます。顔を見ただけで親近感を感じます。オバマ大統領の沖縄訪問に一役買ったことでも知られています。内に大きな力を秘めた指導者ですが、顔はにこやかです。

 反対に、同じ1957年生まれでキャロラインさんと全く同じ59歳の野田佳彦民進党幹事長の顔を思い浮かべてみてください。彼は首相在任時代、自分のことをドジョウに例えて、「ドジョウは金魚になれないから、ドジョウらしく地味にやっていく」とよく言っていました。実際に彼の唇の形がまさにドジョウそっくりです。上唇に比べて下唇が極端に厚く、リップラインがへの字になっているのに口角だけが上がっているので、ちょうどドジョウが横になっているようです。

 つい先日、民進党幹事長として代表質問に立ったときもほとんど表情が動いていませんでした。「中立(ニュートラル)」と呼ばれて、インパクトがありません。

2.表情で勝ちを取る

 素材がどうであれ、その表情をどう動かすかが肝心です。3人の顔を思い浮かべてください。 まずはアメリカ大統領選を戦っているトランプ氏とヒラリー氏です。トランプ氏は日ごろ大きな口を開けて、聞きに来た人にしっかり1人ずつアイコンタクトを保ちながら、言葉の最後に「アイラブユー」を言うのを得意としていました。

 ところが今回いざ大統領選で対立候補のヒラリー氏から税金の申告漏れを指摘されると、しどろもどろになり、アイコンタクトはほぼ全滅。ジェスチャーも小さくなり、15回以上も水を飲んで焦りが見えてしまいました。見た人も「これは負けだな」と思ったことでしょう。

 一方のヒラリー氏は、「体力がない」「メールの使い方がおかしい」「今日の演説はずいぶん準備をしてきたからちゃんと言えているんだ」と言われても、にこやかに切り返しました。「あら、そうかしら」と言わんばかりの妖艶な微笑で、文字通り上から目線でちょっと鼻の穴を膨らませ、トランプ氏と会場の人に微笑みを送り、それから「私は演説の準備よりも、大統領になる準備をしてきたわ」とユーモアで切り返しました。これが「勝ち」のイメージです。

 では、日本の小池東京都知事はどうでしょうか。選挙期間中、パワフルに握り拳を突き上げ、ひとりひとりに大きな笑顔を作って「皆さんの一票一票が私を一歩一歩押し上げているのですよ」と言って、視線をしっかり様々な人にデリバリーしていました。

 ところが初の都議会では、マスコミも入り、かつ議員の中に反小池派も多いため、失言をしないようにたくさん気を遣いました。結果、つい原稿を見ることが多くなり、上を見てしっかりとアイコンタクトを取ることができなかったのです。特に豊洲問題は、選挙期間中よりも第一回都議会の方が小池氏のアイコンタクトは少なく、動作も小さく、顔の表情も静かな感じがしました。これを見て「都議会とはなんとなく平和ムードで進めて、真相は不明で終わるのか?」と不安になった人も多かったでしょう。

 やはり、勝つためには表情を大きく強く変化させ、常に相手を見つめて変化させていく必要があります。

3.無表情は練習次第

 これほど表情は重要だとお伝えしても、「だからといってどうすればいいのだ」と思う読者諸氏も多いことでしょう。ゴルフでより飛距離を伸ばすために腹筋や背筋のトレーニングをするように、顔の表情筋も筋肉です。筋肉は使わないでいればどんどん下がってたるみます。表情筋も同じです。表情は刻々変化する感情に合わせて、変化の度合いが微細で、短く変わっていくものです。そのため、「ミクロエクスプレッション(微表情)」と呼ばれます。このように繊細に素早く表情筋を動かすためには、臀筋や腹筋よりも、もっとトレーニングが必要です。

 男性は髭剃りの朝の鏡の前では、まずはにっこりしたり、怒ったり、励ましたりという表情を作ってみたらいかがでしょうか。「頑張ろう」とか「いい顔だね」と台詞を言いながら、勇気づけの顔と自分を褒めたたえる顔をするくらいはやってほしいところです。そうやって常日頃動かしていないと、だんだん無表情な仮面が顔に張り付いたような結果になってしまうでしょう。

Profile 

佐藤綾子

日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『日経メディカルOnline』、『日経ウーマン』はじめ連載6誌、著書178冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。21年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで

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