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【編集長インタビュー】エイチーム代表取締役社長  林 高生

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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当事者意識」が将来の社長を育てる

当事者意識」が将来の社長を育てる

(企業家倶楽部2014年6月号掲載)

「環境が人を創る」と語る林高生社長は、2013年から分社化を始め、次世代の社長候補生に子会社の経営を託した。「社員一人ひとりが当事者意識を持ち、自ら考えることが出来る組織が理想」と経営観について話す。社員の裏切りなど数々の逆境をバネに裸一貫で東証一部上場までエイチームを成長させた林社長の軌跡と戦略を聞いた。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

将来の社長を育てる

問 2013年から分社化を進めていますね。子会社をいくつも作る狙いはどこにあるのでしょうか。

林 一番大きな理由は、環境が人を創ると考えているからです。ナンバー2が社長の経験をせずに社長職に就くことは簡単ではありません。やはり、社長は経験者でないと分からないことがたくさんある。いつか社長を交代するときに、社長という立場で実績を出している人間が一番良いと思います。他社の社長を連れて来るよりも自社内から選ばれた方が良いと考えています。

 もう一つは分社化して社長が誕生するとその下に取締役、部長ができます。すると今度は彼らも経験値が上がり、「当事者意識」を持って自ら考えられるようになります。そういう人たちが集まった組織体は強いと思います。

問 「当事者意識」が重要だと思われたきっかけは何でしょうか。

林 私も社長と言う立場になったからこそ当事者意識が重要だと思うようになりました。創業当時のメンバーは私とは感覚が違いました。私は、「自分で会社を創っていかなくてはならない」と思っていたのですが、彼らはどちらかというと受身でした。例えていうなら、車の助手席に乗っているような感じです。「これから一緒に会社を作っていくのだよ」と話しても、「どうしたらいいですか」、「この会社はこれからどうなるんでしょうか」と何度も聞いて来ました。やはり当事者意識がないのだと思いました。

 過去には、恋人に「ベンチャーは辞めてほしい」と言われ辞める者や資金繰りで借入する際に「保証人になるのが嫌だから」と言い、退任した共同代表もいました。

問 全社員が集まる朝礼の際に、業績についての情報共有をされていましたが危機感の共有をするということですか。

林 そうですね。エイチームの考え方の一つに「皆で会社の経営について考えることが大切だ」といつも話しています。どうすれば達成できるかといったら、一人ひとりに情報を開示することだと思います。

社員の裏切り

問 創業から今までで一番苦労したのはいつでしたか。

林 創業した1997年から2003年頃までは苦労しました。前半の3年間は数人で運営をしていてもこなせる量の仕事を受注していました。後半の3年間は携帯電話のインターネットの仕事をするようになり、人手が足りなくなりアルバイトを雇いました。10時始業なのですが、16時に出社したり、ついには来なかったりすることもありました。その時がエイチームの歴史の中で最もどん底のときで、実績もなかったので、そういう人しか来ない会社だったのでしょう。

問 林社長が悩んだときや迷ったときにはどうするのですか。

林 とにかくたくさんの本を読みます。その時は、「仕事ごころにスイッチを」という小阪裕司さんが2002年に書かれた本を参考にしました。色々な職種の実例が書かれていて、普通の人たちが不可能に挑み、奇跡を起こす話でどれも素晴らしいものでした。スーパーマーケットの一つの集団がドリームチームになるというような例が多く書かれていました。当時はエイチームが一番ボロボロだった時だったので、ひょっとしたら何かのきっかけになるかもしれないと思って読みました。

問 本に書かれている通りに実践したことはありますか。

林 長所を認め合うことです。例えばボールを持っている人の良いところを皆で声を出して発表しました。ちょうど自社のサービスを始めた時期で業績も上がり始めた頃だったので皆、提案に乗ってくれました。

問 業績も上がってきた矢先、社員の裏切りがあったそうですね。

林 スタッフ二人が結託して当社のゲームシステムを盗み出して、しかも独立の準備をしていました。2005年頃です。一人が私の右腕的存在でキーマンの社員でしたので驚きました。よく一緒に夕食も行きましたし、私は彼をとても頼りにしていました。今思うとちょうどその時、休職していた優秀なプログラマーが戻ってきたのです。後から入社したエンジニアの方が仕事が出来たので、もしかすると、嫉妬心やよく思わない感情があったのかもしれません。

問 その問題が起こったときにはどのように対処しましたか。

林 偶然二人のやり取りのログを見付けてしまったのですが、問題が発覚したのが夜中でした。エース級のプログラマーでしたので、すぐに社員に電話をかけて「解雇しても影響は無いか」と確認しました。すると社員たちは、「大丈夫です」と言ってくれました。そこで、翌日全社員を集めて、当事者にログを見せて説明を求めました。彼らは過ちを認めたので、これ以上一緒に働くことは出来ないという理由で、皆の前で彼に解雇を伝えました。

問 多くの経営者が通る道でしょうが、仲間の裏切りや幹部の引き抜きなど、必ずと言っていいほど問題が起こり、経営の危機が訪れますね。

林 よくある話ですね。しかし、このときは危機と言うよりは、心理的にショックでしたね。みんなで幸せになろうと話していた矢先に一部の心ない行為で台無しになってしまいます。不正を発見して二人の解雇を社員に確認した、その日の夜のうちにエイチームの経営理念は「みんなで幸せになれる会社にする」とメモ帳に記して、翌日社員を全員集めて経営理念を発表しました。

新たなエイチームを目指して

問 「ピンチはチャンス」とはこのことでしょう。逆境の際にどれだけ学び、次に活かせるかがベンチャー企業の成長にかかってきます。問題を克服しながら組織は成長していくのでしょう。その後は順調に行ったのでしょうか。

林 社員の裏切りや引き抜きはありませんでしたが、混乱期はありました。時系列にお話しすると先ほどのように創業期の6年ほど苦労しました。そして自社のゲームを発表し成長期がありました。そして、その後、経営陣が一体になっていなかったこともあり、2007年から2010年に混乱期がありました。

問 何か対策はされましたか。

林 結果的には役員を降格させ、新しい役員に就任してもらいました。降格させた役員は結局辞めてしまいました。思いがばらばらだった事もありますが、会社の成長についてこられなかった役員もいます。

 たまたま、テレビで実験映像を観る機会があり、それを参考にしました。その内容は交差点である方向に指を指した際、周りがどのように反応するか検証するといったものでした。結果は、1人や2人が指を指しても誰も気にも留めませんでしたが、3人が同じ方向を指すと周りの人が立ち止まってその方向を見るようになるというものでした。

 この映像を見たときに、「会社も同じだ」と確信して、役員のメンバーを同じ方向を指し示す人に代えていきました。現在の役員の中内、加藤はそのタイミングで役員に就任してもらいました。二人は転職組ですが、公私共にする時間が長く、価値観が共有できていました。仕事の結果も出していましたので、取締役に登用しました。

問 その映像はどこの番組だったのですか。

林 以前、韓国の地下鉄で火災があり、多くの死傷者がでた事故がありました。なぜ多くの人が逃げ出さなかったのかという理由を検証する番組でした。誰かが率先して逃げ出せばあれほど多くの犠牲者を出さずに済みました。

 一見、経営とは関係ない映像だとは思いますが、私は自分の問題に当てはめて考えることが多いですね。新規事業を考える際にも違う事業のモデルを参考にして、自分たちの市場へ工夫して持ち込むといったことをしています。

ビジネスの本質を考える

問 現在、エンターテインメント事業に加え、ライフスタイルサポート事業を収益の柱に育てています。このように新しい市場に進出する際のポイントは何でしょうか。

林 ビジネスの本質を考えるようにしています。わが社で言うと、ゲームの利用者の推移です。一つのゲームの寿命と立ち上がる高さを見ています。エンタメ事業とクックパッドのようなビジネスの違いを分析しました。

 例えば、あるゲームは爆発的に売れ、早く世の中の人に受け入れられて、そして飽きられていく。一方、クックパッドのようなビジネスは認知されるまでに長く時間を要しますが、ある程度認知されると多くの人が継続的に使ってくれる。この2つのビジネスモデルをバランスよく組み合わせる必要があると考えました。我が社が携帯の公式サイトビジネス一本の時に、第二の柱を作らなくてはならないと強く感じていました。その時に、宿泊ビジネスの「一休」が注目されはじめ、直前になると空室の宿泊費が割引になるというビジネスモデルを知りました。だとすれば、引越しのトラックやレンタカー、釣り船なども同様に安くなるのではないかと考えました。そこでまず始めに引越し情報ビジネスを始めました。事業者にとっても赤字にしかならない空車が埋まってメリットがあります。

問 新しいビジネスに参入するときに既存の抵抗に遭いますが、引越し事業はどうでしたか。

林 過去に他社が参入していたこともあり、引越し業界に対する認知は苦労しませんでした。最初はゲームの利益を新規事業に回して先行投資しましたが大赤字でした。スタートしたときは、提携業者は20社と少なかったので、関東では最大で5社くらいしか見込み客の情報を提供できませんでした。けれども良かったこともありました。競合他社が少なかったので、引越し業者さんが客を獲得しやすかったのです。その噂が広まって順調に事業が拡大していきました。

 さらに、引越し侍というキャラクターをゲームに登場させたり、テレビコマーシャルを流したりして差別化を図っていったことも功を奏しました。

問 ゲームの利用者と引越しをされる方に相関関係がありましたか。

林 例えば、麻雀ゲームは毎回起動して遊びます。ゲームの利用者と引越しの見込み客は一見関係ないように見えても多くの方にキャラクターである「引越し侍」のことを知ってもらうことが重要です。知らない会社よりも見たことのあるキャラクターの方が安心できるでしょう。ブランドを作る意味ではテレビコマーシャルも含め、長い目で見ています。

問 エンタメ事業は、当たり外れの波が大きいそうですが、ライフスタイルサポート事業は堅実に伸びているそうですね。2つの主力事業がありますが、今後はどんなバランスになっていくと思いますか。

林 現在の売上げの比率は、エンタメ事業とライフスタイルサポート事業が6:4の割合です。将来を予想するのは難しいですが、ゲーム事業にヒット作が多ければ7:3、あるいは8:2になるかもしれません。ヒット作に恵まれなければライフスタイル事業の割合が半分まで到達するかもしれません。そんなイメージでいます。

問 5年後、10年後といった中長期の事業計画はどんなイメージでしょうか。

林 エンタメ事業では月商10億円のアプリを複数持つのが目標です。年商100億円のアプリが5本あれば500億円になります。ライフスタイルサポート事業では、引越し侍、すぐ婚navi 、ナビクルなど合わせて約300億円。近い将来に売上げは、1000億円までは上げていきたいと考えています。

問 1000億円を達成する頃には、まだまだ子会社が増えそうですか。

林 基本的には事業部として育てて、ある程度の売上げになってきたら法人化する予定です。自転車のネット販売事業「cyma」(サイマ)も新規事業で始めていますが、その他、現在の新規事業が法人化しても良いレベル成長してくれたらと思います。

問 新規事業専門の部署があるのですか。

林 最近、新規事業推進室というものを創りました。元々エイチームには「A+」(エイプラス)という社員なら誰でも3カ月に1回新規事業を提案できる場があり、実際に事業化しているものがいくつもあります。

 最近になり、立案する人と推進していく人が必ずしも同じ人ではないことに気が付きました。立案が得意な人もいれば、推進が得意な人もいる。そこで取締役の加藤が新規事業推進室長となって動いてくれています。

 新しく始めた自転車のEC事業もこの新規事業推進室で運営しています。室長の加藤が各部署を回り、くすぶっている人やチャレンジ精神旺盛な人を見付けてきて、新事業を担当してもらっています。環境が変わったことがきっかけとなり輝きだす人もいます。

逆境を乗り越えて

問 小さい頃に父様を亡くし苦労されたようですが、その経験が今、経営者として役立っていますか。

林 役立っていると思います。特に、諦めようがないという気持ちが大きいですね。頑張って結局上手くいかなかったら大学に行けば良いとかそういう考えは一切ありませんでした。そもそも私は借金を背負ってしまったので、返済するしかなかった。しかも、サラリーマンの給料で払える金額ではなかった。何が何でもやらなくてはいけない。逃げることが出来ない環境でした。社長も逃げ場所はないので同じですね。

問 ある意味では小さい頃から覚悟があったのですね。

林 そうですね。でも、家庭は明るかった。基本的には楽観的な性格もあります。昔からの知人たちも、背水の陣でありながら、「どこか林はケロッとしている。その自信はどこから来るのか」とよく言われます。

問 今月末に資金がショートするといったようなピンチはなかったのですか。

林 創業時には何度かありました。その度に知人に借りました。独立する際のコンピューター代金の20万円もその方が出してくれました。その初号機は記念に会社の受付に飾ってあります。もちろん全て返金しましたが、資金が尽きる度に200万円などと貸してくれてまた返す。これを繰り返していました。その方のお名前を取って、私は「○○銀行」と呼んでいた程です。役員を務め、数年前に退社して現在は悠々自適に暮らしています。

大切なのは協調性

問 企業は人なりといいます。エイチームの採用基準で重要視している点は何ですか。

林 わが社は人でとても苦労したので、採用は厳しくしています。今、技術者が足らないと現場が言っても、人格的に良い技術者が現れるまで絶対に採用しません。

 面接ではまずは協調的かどうか、自己中心的ではないかを見ています。思い起こすと自己中心的な人に一番多く振り回されてきました。私達の仕事は、皆で協力する仕事です。チームの調整で無駄なエネルギーを使ってしまうようでは、企業として本末転倒でしょう。

問 協調性の有無はどのように確認するのですか。

林 エイチームに関する10個以上の質問を書いてきてもらっています。転職する方は職場に対して何らかの不満がある訳ですが、皆さん本音を話してくれません。しかし、10個以上の質問を考えてくるのは、大変です。するとその中で本音が見えてきます。前職での不満や不安が質問に上がってきます。その質問の意図を掘り下げていくと、人格や考え方が理解出来ます。協調的な性格かどうか見えてきます。

 もう1つ大事なことがあって、面接時に役員を同席させて考えを共有しています。仕事をしながら同時にビジョンを共有できるのでいい方法だと思っています。

p r o f i l e

林 高生 (はやし・たかお)

1971年岐阜県生まれ。中学卒業後、学習塾の経営やプログラミングのアルバイトを経て、1997年に個人事業としてソフトウェアの受託開発を開始。2000年有限会社「エイチーム」を設立後、2004年に株式会社に組織変更。2012 年4 月に東証マザーズ上場後、史上最短の233日で東証一部への市場変更を成し遂げる。

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