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【核心インタビュー】VALUE CREATE 代表取締役坂本 孝 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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銀座にドミナント戦略!常にリスクを、常に挑戦を

銀座にドミナント戦略!常にリスクを、常に挑戦を

(企業家倶楽部2012年12月号掲載)

「俺のイタリアン」が2011年新橋に登場したのは記憶に新しい。一流シェフが作る高級料理を格安で楽しめる立ち飲み店として世間の注目を集めた。2012 年には「俺のフレンチ」も展開。「俺の~」は9月27日銀座に開店した「俺のフレンチ Table Taku」で7 店舗を数える。各店は今も予約困難、連日行列ができる人気ぶりだ。かつて古本流通の革命を起こしたブックオフ創業者の坂本孝氏は、72 歳の今、飲食業界でどんな革命を起こすのか。その夢と今後の展望を聞いた。(聞き手は企業家ネットワーク社長徳永卓三)

競争優位性に忠実に動く

問 9月27日、銀座に「俺のフレンチ」4号店が開店しましたね。レセプションは大盛況でした。既存店も未だに予約が難しく、午後4時開店前には、長い行列ができる人気で、大変好調のようですね。

坂本 ありがとうございます。社長の私でも2時間半待ちます。つき合いの長い人からは席のひとつふたつ、融通できないかと言われますが、どうにもならないんです。午後4時開店と同時にほぼ満席、炎天下の中、2時から並んでいただくお客様もいらっしゃいます。

問 最初の「俺のイタリアン」が新橋に登場したのが2011年。高級イタリアンを格安に、立ち飲みで、というビジネスコンセプトに世間は度肝を抜かれました。

坂本 ミシュラン星付きの一流シェフが作る高級料理を、格安で提供する立ち飲み「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」が、飲食経営のセオリーから外れていると言う方もいらっしゃいます。金持ちの道楽か狂気の沙汰だと思われるようです。ですが私はマイケル・ポーター博士の提唱する競争優位性を基本に忠実に動いているつもりです。競争相手がどう出てくるのか、出店場所よりも行列の数を指標にしています。行列がなくなった時は飽きられた時。価格を変えるのか品質を変えるのか、ビジネスモデルの見直しが必要になります。今、行列に並んでいただいている方の多くは同業者と思っています。

問 新車を真っ先に買うのはライバル企業の社員だと聞きますね。このコンセプトを真似しようにもなかなか難しいと思いますが、他店との差別化はどこにあると思いますか。

坂本 既に模倣店が出てきていますが、とても同じとは言えません。「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」の強みは3つあります。まず、優秀な一流シェフを集めたこと。同じ素材を使い、同じ料理を作っても、一流と三流のシェフでは全く違うものが出来上がる。一流シェフの創った料理には、一流ならではの感動があります。

銀座にドミナント戦略

坂本 もう一つはソムリエの存在です。主要店にはソムリエがいて、彼らが非常に優秀です。ソムリエが、このワインがおいしくお安くできます、というと、テーブルの8割にはソムリエおすすめのワインが並びます。

 もう一つは、27日に銀座に開店した「俺のフレンチ Table Taku」。こちらは高級フレンチとジャズライブとのコラボです。高級フレンチを立ち飲みで格安で楽しみながら、ジャズの生演奏をテーブルチャージ300円で楽しめる。従来のライブに対する挑戦です。

問 銀座に出店が続いていますが、銀座に対する思い入れがあるのでしょうか。

坂本 とにかく銀座をテリトリーとし、自社間競争させています。普通のマーケッターには、少ない人口の銀座で自社間競争を作ってどうするんだと呆れられます。ですが、出店し続ければ、いずれはどこかで競合するものです。うちはベースとなるグランドメニューはありますが、各店の一流シェフがそれぞれ自分のオリジナルメニューを作っています。それが各店の特徴と雰囲気を創り出しているので、堂々と自社間競争ができるのです。

 今、銀座には「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」併せて5店舗あります。銀座の晴海通りを中心に15店舗出したいと考えています。店舗数を全国に増やすことよりも、銀座にドミナント戦略を実現し、晴海通りから5丁目、4丁目あたり15店舗集中して出店したい。自社間競争をして銀座で成功すれば、どの地域でドミナント戦略をしても成功できるノウハウができます。自社で同質競争をやることは、一番の競争優位性、差別化ではないでしょうか。きっとマーケティングのいい教材になるでしょう。

 銀座には老舗がたくさんあります。ある店主に聞いたのですが、銀座のお客様は、一流と二流を瞬時に見分けることができる。二流には見向きもしない。1990年頃の銀座はバブルの出店ラッシュでした。2000年頃には、二流の店が抜け落ちて三流にくっつき、一流と三流の店しかなくなった。そして一流と呼ばれる店は本当に少なくなりました、と。それでも一流の老舗は残っています。

問 銀座の変化はめまぐるしいですからね。

坂本 高級クラブもどんどん潰れています。1人5万円といったら普通の人は無理でしょう。銀座は接待に対して努力していません。きれいなだけで新聞も読んでいない。日本経済新聞の題字だけでも目を通し、「今日の日本経済新聞のニュースを解説してくださらないかしら」と言えるように、教育すればまた違います。それでも一流どころは残っています。お年を召したママがいて、銀座のこともお客のことも、その人の会社のことも、興信所よりもよく知っています。やはり人の心をつかむのが非常にうまい。銀座の変化と言えば、私は銀座の大型店舗に並び、隣に並んだ人と会話しながら店内を一緒にめぐり、案内してもらうことがあります。銀座や流行に詳しく、いろいろと教えてくれて、とても勉強になりますよ。

ミシュランと立ち飲みを結合

問 高級料理を立ち飲みでやる。ありそうでなかったこのビジネスモデルを、どうやって思いついたのですか。

坂本 飲食業を始めたばかりの頃、焼き鳥屋を経営していましたが、価格競争につぐ価格競争で、このままでは他店の後塵を拝しているだけと気がつきました。一生懸命やっていても、大きな居酒屋チェーンが20年前にやっていたことと同じ。焼き鳥屋はおいしい、手ごろと人気はあったのですが、口コミで広がり行列ができる爆発力はありませんでした。そして飲食業は全体的に元気がありません。10人に9人が赤字だと言います。では元気な、人気で予約の取れない飲食店はどこかと探すと、ミシュランの星を獲得した店と立ち飲みです。それもただ椅子をとっただけの立ち飲みではなく、優秀な板長やシェフがいる。ならばミシュランを獲得できる立ち飲みをやればいいと考えたのです。

問 ミシュランの星を取るのは簡単ではないでしょう。

坂本 ミシュランの星を取ったことのある優秀なシェフがカギです。彼らは料理の東大と言われるような学校を出て、日本の料理店でしばらく働くと海外へ行きます。そしてミシュランの星付きのレストランを渡り歩く。一流シェフになるにはそういうコースが既にできています。彼らは日本に帰ってくれば引く手あまた。多くは一流店に就職しますが、お客様の反応を直接見られない、メニューの開発ができないなど、仕事が面白くなくなってしまう。かといって経営の経験も知識もないので、オーナーシェフになろうにも失敗する確率が高い。創造性あふれる一流シェフの彼らを採用したいと思っても、我々だけでは難しい。そこで仲介業者に頼み、正々堂々、マーケットから一流シェフを採用しました。仲介業者に支払った手数料は5千万円以上になりますが、我々は卑怯な方法はとりません。

大ボラ吹きから預言者に

問 かなりの額を採用に使われたんですね。一流シェフを採用するのは、想像以上に大変そうです。

坂本 一流シェフの採用は私が全員面接しています。奥さんも一緒に誘って一流店へ食事に行き、夢を語り合います。酒の席で語る話は未来に近いように思います。常にリスクを背負い、新しいものに挑戦する。より以上のものを目指して日本を変えていく。そこで働く仲間がみんな幸せになれるように。社長の僕も頑張るから、奥さん、夫であるシェフをしっかり支えてくださいねとお願いします。シェフ本人だけでなく、家族にも夢を共有してもらい、未来を一緒に作り上げていきたい。

問 先日、「俺のフレンチ」でヒレ肉とフォアグラのロッシーニをいただきました。有名店では15000円以上するとのことですが、「俺のフレンチ」では1280円で堪能できました。一流レストランのものと同じ料理が、10分の1以下の値段で、一人では食べきれないほどのボリュームで食べられるのに驚き、感動しました。

坂本 シェフたち自身も驚いています。一品一品の量が多いので数人でシェアすることをお勧めしています。一流シェフがなぜうちに来てくれるのか。稲盛和夫さん流にいえば、みんながひとつになって会社のために働く。会社の社長だけが儲けるのではなく、そこで働く人すべてが幸せになるために会社はある。仲間のために働くことによって社会に奉仕する。

 同じことをうちのナンバー2の、元野村證券の安田道男さんが言うと、「例えば、坂本社長はブックオフの時、ストックオプションで、最初の幹部は1憶円以上のキャピタルゲインを手にした」と具体的な話になっています。

 尊敬される安田さんにこう言われると、シェフたちが家で奥さんに今日の出来事を話す時には「例えば」が抜け落ちて「どうやら1憶円のストックオプションがもらえるらしい」になっている。安田さんはホラ吹きだと私は言っていますけど、社内では安田さんをホラ吹きではなく預言者にしてしまおうという声も出ています。安田さんは店の名前を募集した時、「俺のイタリアン」と提案した人。即、採用しました。料理よりも店の名前をほめる人もいるくらいで、見た目はおっとりしていますが、すごい発想をする人なんですよ。野村時代、派遣されてケンブリッジを卒業した人ですから、とても優秀なんです。

問 確かに一度聞けば覚えてしまう名前ですね。既存店の人気ぶりと、安田さんの優秀な頭脳、坂本社長の実績を考えると、十分預言に聞こえますね。

坂本 ちょっと高い夢があるけど、どう、この夢に乗らないか。そりゃ苦しいよ。苦しいけど、オンリーワン、ナンバーワンの会社になるんだ。そう言って安田さんが騙して連れてきてくれなければ、地下に造幣局でも持っていない限り、一流シェフたちはうちに来てはくれませんよ。身内には一流レストランの料理長の肩書の方が通りがいいですから。

問 預言の実現が楽しみです。株式上場はいつのご予定ですか。坂本 具体的なお話はまだできませんが、視野には入っています。

3.5回転と原価率60%

問 上場を目指す一流シェフは一朝一夕にはできませんね。一流シェフたちに経営マインドを植え付け、育てるためにしていることはありますか。

坂本 各店舗に店の回転率と原価率の相関関係図が張ってあり、各店にどの分岐点を選ぶのか考えさせています。2回転しかできないなら原価率は50%。3.5回転できるなら原価率は70%までいける。「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」の原価率は今のところ60%です。原価はじゃぶじゃぶ使えと言ってあります。一流のシェフが一流の仕事をするためには良い材料が何より不可欠です。以前、ミシュランの星付きの料理を作って食べさせてくれとお願いしたら、思わずうなるうまさでした。当然、料金もうなってしまうようなものです。

問 原価率60%とは驚きました。普通の飲食店ではまず無理でしょう。

坂本 シェフは徒弟制度のようなもので、見て技術を盗むことには長けています。普通の飲食店の原価率は限界が33 %と言われています。多くの飲食店では1回転すれば収支が合うようにビジネスモデルが作られています。私どもの店では立ち飲みですから3.5回転できます。3.5 回転できれば、銀座でも家賃比率が2?3%にまで下がります。シェフたちはどのくらいの品質の料理を作ればお客様が喜ぶのか知っています。これまでの飲食店ではそのノウハウが経営に活かせなかっただけです。

リスクを恐れず挑戦し続けることに感動がある

問 今後の課題を教えてください。

坂本 不安の要素はかなり持っています。競争優位性に忠実に動いていますが、真似する店が既に出ていること。マラソンで言えば、トップを独走していますが、自分が気づいていないだけで、いつ追いつかれるのか。後続がいないと思っていても自分が気づいていないだけで、横にライバルがいたなんてこともあり得る。いいシェフを集めていなければ絶対にダメです。大企業がやっていることを全部否定し、裏を行く。うちでセントラルキッチンらしい店をひとつでも作ったら、優秀なシェフは一人も残らないでしょう。そして条件がそろえば株式上場しますし、海外出店も考えています。

問 海外は既に具体的に決まっているのですか。

坂本 まだ具体的に決まってはいませんが、シェフたちと海外出店の話をすると、やれます、勝てます!と意気が上がります。皆本気です。

問 坂本社長はブックオフを創業し、東証一部上場、800店舗の大企業に育て上げました。そして100人の社長を育てると人材育成にも力を注がれていました。かつての古巣に創業者として何かアドバイスはありますか。

坂本 株も全部売ってしまいましたから、もうブックオフと関係はないのですが、坂本イズムを継いでくれている若い人がいるのは嬉しいことです。時代のせいか、リスクを取る人が少なくなってしまったように思います。リスクを取らなくなるということは保身に走るということです。それでは面白くないし、サプライズも感動もない。リスクを恐れて欲しくはないですね。


P R O F I L E

坂本 孝(さかもと・たかし)

1940 年山梨県甲府市生まれ。オーディオ販売や中古ピアノ販売、化粧品販売などいくつかの自営業を経て、1990 年にブックオフコーポレーションを創業。中古本チェーンとして16年で900店舗まで拡大し、古本業界の流通に変革をもたらした。現在は飲食事業の展開に取り組んでいる。1999 年度第1回企業家賞人材育成賞を受賞。

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