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【地球再発見】vol.9 日本経済新聞社客員 和田昌親

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ポピュリズムは日本に拡散するか

(企業家倶楽部2017年8月号掲載)

 トランプ米大統領が話題にならない日がない。暴言に近い言葉づかいのせいもあるが、低所得白人層のトランプ人気の裏にある「ポピュリズム」が注目されている。「民主主義」には違いないが、ダジャレ風に言えばこれは〝民衆主義?だ。この政治運動が世界的な広がりを見せ、日本も対岸の火事とは言えなくなってきた。

 もともと20世紀初頭にラテンアメリカで盛んになった政治スタイルである。マスコミは昔から「大衆迎合主義」(指導者が大衆に直接訴える政治)という訳語を使っているが「迎合」がマイナスイメージを植え付けてきた感は否めない。

 ポピュリズムの当初の定義はこうだ。金持ち、エリートによる政治支配に反発した農民、労働者階級が要求を強め、それを代弁する中産階級出身のリーダーが弱者救済に乗り出すというものだ。

 1930年代、アルゼンチンのペロン政権でポピュリズムの花が開く。寡頭支配層による政治の改革運動が大衆の心をつかんだ。ペロン大統領(ミュージカルの主人公エビータの夫)だけでなく、同じ30年代にブラジルのヴァルガス大統領、メキシコのカルデナス大統領などがポピュリストとして登場した。

 共通しているのは労働者保護、公共向け補助、ナショナリズム、女性の選挙権など。つまり「大衆の味方」の政治スタイルで、それを独自のカリスマ性で強引に押し通した。

 最近では21世紀にブラジルで政権を握ったルラ、ルセフ両大統領の「ボルサ・ファミリア」(貧困層向け家族手当)もその流れといえる。しかし当然ながら財政負担が重い「大きな政府」の懸案は解決できずに終わった。

 これに対し、現代の欧米に広がるポピュリズムはラテンアメリカとは異質である。トランプ現象も英国のEU(欧州連合)離脱も「まさか」の事態だが、民主主義の中身が知らず知らずの間に変質してきたことを物語る。

 前近代的な支配・従属関係を変えようというラテンアメリカ的な主張はないが、デモクラシーが根付いた先進地域で今になってなぜポピュリズムが広がっているのか。

 欧米では、トランプ勝利の要因ともいえる「エリートと大衆の断絶」が広がり、既成政治への批判が表面化した。無党派層の不満は拡大する一方だ。政治改革をめざすポピュリズム政党は「置き去りにされた人たち」の立場から既成政治を批判する。

 移民排斥、保護主義、自国優先ー欧州にはグローバル化とEU統合が格差を拡大したとの批判も根強い。反イスラムのような「排外主義」は民主主義ではない、との批判もあるが、政教分離ができていない方が非民主的という指摘もある。

「極右」と言われるポピュリズム政党もあるが、最近は「ネオナチ」などの暴力的イメージを消し、デモクラシーを前面に打ち出している。さらにはインターネットの普及もあってポピュリズムの主張が一気に広がった。直接国民投票にゆだねる政治手法もポピュリストがよく使う手だ。

『ポピュリズムとは何かー民主主義の敵か、改革の希望か』(中公新書)を書いた水島治郎千葉大教授は「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」という政治学者マーガレット・カノヴァン氏の言葉を紹介する。どうやらトランプ現象は単なる自国優先、反移民、反イスラムではなく、もっと奥が深いようである。

 欧州のポピュリズム政党は英国、フランス、オランダ、オーストリア、ドイツ、デンマークなどで軒並み支持者を増やしている。水島教授は「現代デモクラシーの行き詰まりか」と問題提起をする。

 そして日本には「日本維新の会」の橋下徹氏がいる。15年の住民投票では「大阪都構想」が否決されたが、票差はわずかだった。浪速のポピュリストは復活の機会をうかがっているかもしれない。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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