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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第40回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

レジリエンス グローバルリーダーの強さ

(企業家倶楽部2017年8月号掲載)

1.一筋の階段とレジリエンス

 ここ数年、会社または経営者、組織のリーダーに関して、「レジリエンス」という言葉をよく聞きます。「レジリエンス(resilience)」という言葉を聞いて、どんなことを想像するでしょうか。日本語では「回復力」、「復元力」、「反発力」などと訳されていますが、私流には、「何か事があったときにそれに対する抵抗力」と考えています。

 パフォーマンス心理学の視点で言えば、何かあった時に「あぁ、もうダメだろう」と言うか、「なんのこれしき、負けるもんか」と言えるのかの違いでしょう。「負けるもんか」と呟けた人は、失敗というプレッシャーを「デストレス」(マイナスのストレス)のままにせず、自分への課題として言い換えて「ユーストレス」(善玉ストレス)に変えた人です。この人たちが持っている力が、まさにレジリエンスとその表現です。「強靭さ」と言い換えたらいいでしょうか。

 例えば、あのカルロス・ゴーン氏について、彼をよく知る人たちは、「ゴーンは難しいチャレンジに遭遇すると、むしろアドレナリンが出て、それをチャンスに変える強さを持っている」と言っています。日産のCEOになってすぐ、社内がまとまらない時も「経営合理化」を一歩も譲らず発信し続けました。

 もう一人日本人で有名な経営者の場合ならば、小僧や丁稚の状態から一つの会社を起こし、その会社をどんどん大きくしていった、サントリーホールディングス株式会社の鳥井信治郎氏の例を思い出してみてください。現在、日経新聞で連載されている伊集院静さんの長編小説「琥珀の夢」のモデルになっています。1879年(明治12年)に誕生し、13歳で薬種問屋小西儀助商店に丁稚奉公に入り、洋酒の勉強をして、99年に20歳で大阪に鳥井商店を創立しました。1906年、寿屋洋酒店に改名し、私たちがよく知っている「赤玉ポートワイン」や「サントリーウイスキー」を作って、62年、83歳のときに、寿屋の会長の仕事を最後に天寿を全うされました。2代目サントリー社長の佐治敬三氏は、信治郎氏の次男です。そして敬三氏の子どもが、先日までサントリーの社長であった佐治信忠氏です。

 そんな寿屋も、29年に発売した「サントリーウイスキー白札(現在のサントリーホワイト)」、「サントリーウイスキー赤札(現在のサントリーレッド)」の売れ行きが芳しくなく、経営不振を経験しています。しかし37年、「サントリーウイスキー12年(現在のサントリー角瓶)」の成功で巻き返しました。これがレジリエンスです。多額の借金も完済しました。一つの企業でのキャリアアップの例です。

2.階段の乗り換えとレジリエンス

 ところが最近見ていると、このように一番低いところから階段を自分で作って、同じ会社においてその階段を上りきるまで一段ずつキャリアアップを続けている創業者とは違い、面白い階段の乗り換えをする人たちが目立っています。

 そのスタイルの例で、今最も頻繁にマスコミ等で目に入るのは、新浪剛史氏でしょう。彼は59年に誕生し、慶應義塾大学卒業後、三菱商事に入社しました。そこで砂糖部海外チームに配属され、海外経験をし、91年にはハーバード大学経営大学院を修了(MBA取得)。その後株式会社ソデックスコーポレーション(現LEOC)の代表取締役になり、2002年には社長に就任。そして05年、ローソンの代表取締役社長兼CEOに就任されました。「新浪氏といえばローソン」というのが、多くの人のイメージだったでしょう。

 ところが14年、サントリーホールディングス株式会社の代表取締役社長に就任したのです。 彼の人脈をみると、ローソンの玉塚元一氏、サントリーの佐治信忠氏、そして漫画家の弘兼憲史さんや、脳科学者の茂木健一郎さんの姿が見えます。

 こうしてみると、三菱商事とローソンとサントリーというまるきり社風も業種も違う会社の顔・リーダーになっていくのですから、階段を一歩ずつ上がったというよりは、別の階段に飛び移って、そこをステージとして自分の新しい顔(ペルソナ)を見せていくという、新しいキャリアアップのスタイルです。海外および外国語に強く、打たれ強く、オシャレでルックスもいいという特徴もあります。

3.グローバルリーダーの時代とレジリエンス

 この特徴を共有し、話す時の声も、顔も、内容も強烈なインパクトがあるグローバルリーダーといえば、間違いなくカルロス・ゴーン氏でしょう。ゴーン氏が日経新聞の「私の履歴書」の連載をしたことで、にわかに日産や経営論とは関係のない多くの人も、ゴーン氏の考え方や言い方を知ることになりました。

 パブリックな場所での厳しい自己表現で、「コストキラー」あるいは「コストカッター」などというあだ名をもつ彼と、4人の子どもをもって、生まれ故郷のブラジルに小学校を寄付するなどたくさんの国の文化を育てている彼の顔が、いくつものマルチフェイスとなって興味を引きます。

 ゴーン氏をもう少し深く見てみましょう。1954年、レバノン人の両親のもと、ブラジルで誕生しました。フランスの名門パリ国立高等鉱業学校を卒業後、ミシュランに入社。そこでの18年間の業績を評価されて、ルノーに上席副社長としてスカウトされ、99年、財政危機の日産がルノーと資本提携。ルノーの上席副社長の職にあったゴーン氏は、ルノーのポジションのまま、日産の最高執行責任者(COO ChiefOperating Officer)に就任し、その後日産自動車の社長兼最高責任者(CEO)、ルノーの取締役会長兼CEO、ルノー・日産アライアンスの会長兼最高経営責任者(CEO)に就任しました。

 彼は完全なマルチリンガルです。アラビア語、フランス語、英語、スペイン語、ポルトガル語の5か国語を話せます。「外国語に強いこと」も新浪氏同様、グローバルリーダーの条件でしょう。

 そのゴーン氏を見ていると、分類上、まさに大リーダーと呼ばれるいくつもの組織のリーダーであり、「彼の最大の特徴こそ、レジリエンスだ」と感じるのです。話し言葉は明瞭で、どこまでもコミュニケーションが重要だと言って、反対者が多数いる中でも明解に戦略を語り続けます。「コストキラー」、「コストカッター」のほかに、日本の日野市の日産工場を閉鎖した時は、「人切りゴーン」という悪口も聞かれました。その時私は実践女子大学の教授でしたから、日産日野工場の閉鎖で父親が無収入になって、3人の学生が奨学金申請を出したことを鮮明に覚えています。

 しかし、何と言われようが、明確な戦略とビジネスモデル、価値観を何度でもまわりの人がわかるまで語り続けました。しかもあの顔です。眉は吊り上がり、目も口も大きく、手振りも大きく、まさに強靭な経営者のモデルのように、自分の理想を語り続けます。傍から見ていると、疲れを知らないのではないかと思うくらいです。そして、パフォーマンス心理学の名言を吐いています。「完璧なリーダーなどいない。但し、リーダーは失敗を感じさせず完璧に見えているだけだ」と言うのです。

 ロシア、北朝鮮など、手強いリーダーが無数いる国際社会で、グローバルリーダーとして勝ち抜いていくためには、読者の皆様もこのような「見せ方のレジリエンス」を持っていることも条件だと思われます。

Profile

佐藤綾子(さとう・あやこ)

「日経トップリーダーonline」はじめ連載4本、著書186冊。「あさイチ」(NHK)、「ビートたけしのTV タックル」( テレビ朝日) 他、多数出演中。24年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、入学は随時受付中。

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