会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2012年10月号掲載)
〈文中敬称略〉
圧倒的な品揃えと流行適応力が強み
ソーシャルショッピングサイトとして注目を集めるBUYMA(Buying Marketの略。以下バイマ)。インターネットを利用し、世界70カ国に散らばる3万人のバイヤーから自分好みのブランド商品を買うことができるC2Cのサービスである。運営するのはエニグモ。須田と田中が博報堂を飛び出して立ち上げた。社名は「謎」という意味の英単語「en igma(エニグマ)」に由来する。
バイマの強みは品揃えだ。組織的に仕入れを行う従来型のモデルでは、売れ残り怖さに人気商品ばかりが店頭に並び、流行を捉えるスピードも遅い。しかし、バイマでは商品の選定から売買まで全てバイヤーに委ねているので、事実上世界中の在庫から買うことが可能だ。さらに、世界中のバイヤーの目を通して、まさに今海外で流行っている商品がサイト上に並ぶ。流行の波とのタイムラグはほぼ皆無と言っていい。
もちろんリクエストも出せる。その自由度は高く、「シャネルのこの型番でこの色」といった明確な決め打ちから、「母の日のプレゼント用に約3万円のバッグが欲しい」という抽象的な要望まで、世界中のバイヤーが答えてくれる。
近年、EC(電子商取引)の拡大に伴って市場に商品が氾濫し、自分に合った品を探し出すのが困難になっている。しかしバイマでは、様々な感性を持った世界中のバイヤーから商品を購入することが可能なので、お気に入りのバイヤーができれば、ユーザーは数え切れない商品の中から自身の感覚に合った品を容易に選択できる。
バイマのシステムは、バイヤーの視点を重視して作られた。従来、ショッピングというと商品が重要で、著名人でも無い限り「誰が」薦めているかは関係無かった。しかし、バイマのユーザーは必然的にバイヤーを通して商品に出会う。
「同じ感性を持った、センスの良い友人と買い物に行って、その友人の選んだ商品を買った経験はありませんか。そうした現象は昔からリアルの店舗で起こっていました。それをEC上で再現したのです」と須田は説明する。
また、「このバイヤーが薦めているからこそ買いたい、という人間を軸とした趣向が、今押し寄せているソーシャルの潮流に合っている」と田中が分析するように、いまや商業的な謳い文句より、多くの友人の声が影響力を持つ時代だ。従来の「センスの良い友人」をバイマのバイヤーが担っていると言えよう。
無力感を乗り越え地道な努力で信頼を得る
「今でこそ軌道に乗っているため、バイマはすぐに再現されると言われることがありますが、そう簡単には行きませんよ」と須田は自信ありげに語る。
バイマの立ち上げ当初、須田と田中はあらゆる方策を練ったが、バイヤーもユーザーも全く集まらなかった。商品が揃わなければ当然売れないが、何でもありのサイトにすると人々は何を売買していいのか分からず、客足が途絶えてしまう。博報堂時代に醸成された「俺たちの手にかかれば何でも流行らせられる」という絶対的な自信は揺らぎ、無力感に苛まれた。田中も「味方を増やすのに必死で、謙虚になりました。事業を成立させ、社員の給料を出すことの大変さが本当に身に染みましたね」と回想する。
商品数を増やすため、当初はあらゆる手段を用いた。出資を受けていた企業の海外拠点にいる駐在員に連絡を取ったり、海外でホームページを持っている人に直接メールを送ったりもした。「私は慶應卒なので、世界中に展開する三田会(慶應の同窓組織)の人に、地元の商工会で紹介してもらえるよう頼み込みました」と須田。地道にコツコツと、知人・友人から輪を広げていくしかなかった。
そうして苦戦する中でも比較的売れていたのが、アメリカのファッションブランド「アバクロンビー&フィッチ」であった。ブランドを絞れば売れるかもしれないと思い、レディースファッションに割り切るよう舵を切った。サイトは盛況なマーケットをイメージし、赤を基調とする女性向けの雰囲気に方向転換した。
やがて、安価な品が徐々に売れるようになると、バイヤーの信頼度が上がり、シャネルやエルメスといった高級品を購入するユーザーも増えてきた。最近ではそうした趣向に合わせて、活気溢れるイメージから落ち着いたサイトに変え、所得の高い層にもアプローチしている。
世界中の人々に世界中の商品を
2012年7月24日、エニグモは東証マザーズに上場した。上場の目的は専ら信用の強化だ。C2Cサービスを展開する以上、運営会社が上場していることはユーザーを増やしていく上で重要である。また、今後海外進出を目指す場合、上場企業は現地での交渉が進みやすく、大きなメリットとなる。
実は、国内市場にも伸びしろは残っている。ユーザーの9割が女性なので、男性向け市場は開拓できるし、商材もファッションにとどめる必要は無い。「しかし、海外に出なければ長期的な会社の成長は見込めないでしょう」と田中は語り、「海外で覇権を握るようなIT企業は、日本からまだ出ていません。バイマをグローバルに展開することで、私たちがその第一号になる」と須田も本気だ。
良い商品を作っても、商社が仕入れなければ店頭に出ない。利幅の高い商品ばかりが前列に並ぶ。こうした現状に対する違和感から、バイマは生まれた。
須田と田中は「例えば、田舎のおばあちゃんが営む瀬戸物屋があり、そこには一日数人しかお客が入ってこない。しかし、そのお客の中の一人がバイマに商品を掲載すれば、全世界の人がサイトを見てお客さんになりうる。私たちが目指すのは、そうした世界観です」と異口同音に語る。売り手側の都合によって陽の目を見ることの無かった商品が、消費者側の視点から世の中に発信されることで、今まで出会えなかった商品と遭遇する可能性が高まる。
今はまだ、国内市場に向けたファッション分野への展開が主だが、規模を拡大していく上で、世界中の商品を世界中の人が購入できるようにしていく。須田も田中も、最初に描いた壮大なビジョンは忘れていない。上場により、準備は整った。あとは羽ばたくだけだ。
■会社概要
社 名:株式会社エニグモ
設 立:2004年2月10日
所在地:東京都港区南青山1-26-1寿光ビル4階
電 話:03-5775- 4760
資本金:1億8400万円
従業員数:41名
(2012年2月現在)