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【野坂英吾の経営道場】中 /トレジャー・ファクトリー社長野坂英吾

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

『1事例3活用』の人材マネジメント

(企業家倶楽部2018年1・2月合併号掲載)

前回の『野坂英吾の経営道場(上)』では、「継続して結果を出し続ける経営」と題して、「再現性と継続性」をテーマに語ってもらった。今回は、「成長企業の人材マネジメント」に焦点を当てる。「縁あって一緒に仕事をすることになった人には育って欲しい。育てたい」、その切実な想いからトレジャー・ファクトリーの人材マネジメントはスタートしている。鋭い洞察力と社員を信じ許容する寛容性が野坂社長の人間的魅力であろう。具体的な事例を通して、人材への想いを語ってもらった。

 最近の取り組みとして、ビフォア・アフターをきちんと示すことを徹底してもらっています。「こうしたい」というフターについては皆注目しますが、「コレをこうしたい」という「今」を意識する観点が抜け落ちていることがあります。現状を正しく把握しなければ、徐々に目標もズレていきます。新しいことを提案す人の頭の中を整理するためにも必要な手順です。

 各部門のリーダーにも意思決定を早めて欲しいのですが、前提条件や現状把握をしっかり出来ていない上での判断は危険な行為です。

例えば、上長に指示を仰ぐ際にも、相手の立場になって考えていないと意思決定するだけの十分な情報を提示できていないということが考えられます。そんな状態で正しい判断が出来るとは思いません。

 私はこの場面は、あくまで氷山の一角ではと想像し、この状態の最悪のケースはどんな場面か考えます。社長の私にこのような指示の仰ぎ方では、その他の場面ではもっと省略していることも考えられます。そのような仕事のやり方では、どれだけの経済的効果が失われているかと考えると、今回一つのことを注意し、正しても効果は限定的です。私の見えないと会社全体に対しての効果が現れないという発想を持っています。

目の前の問題だけではなく、それに付随する潜在的な問題もセットで考え、本質的に問題を解決することです。自分が作ってきた組織なのですから、それを招いたのは自分でもあります。私なら、伝え方に問題がなかったか検証する機会にします。

 具体的な解決法をお教えしましょう。上長に指示を仰ぐ際に情報が足りない人への対処法ですが、逆にこの人が部下から報告され、判断を下す立場だった場合の話をセットでしなくては、腹落ちしないでしょう。「この情報量で本当に判断が下せるのか?」と上長の立場で考えられるようになって初めて、上司への提案の質が変わってきます。さらに連動して、社外に対しての提案の場合も考えられます。本質的な解決とはそういうものです。

教育も1つのケースで2つ、3つの学びがあると考えます。『1事例3活用』が私の信条です。

大変革よりも微調整が重要

経営が軌道に乗り店舗数が増えると新しい問題が起こってきます。店舗スタッフも私に見られている感覚が薄まり、度を超えた好みが店舗の中に現れ始めました。顧客視点が抜け落ちた個性が顔を出します。具体的には、自分の好きなジャンルの店内音楽を流してしまうといったことも起こりました。買い取りも趣味嗜好が目立つようになります。自分の好みではない商品は軽んじ、自ら顧客層を絞るようなマイナス面が現れはじめました。

「これはマズイ!」と思い、極端でしたが一度しっかりとしたルールを作りました。しかし、これは自由度がなく、窮屈に思えたので、どの辺は任せても大丈夫か確認し、微調整を加えていきました。

 感覚値ですが、5店舗までは意思決定するためのサンプルが少なく、組織化も上手く出来ません。何もかも中途半端なサイズで、データがブレやすく不安定で最も経営上危ない時期と言えるかもしれません。

 リユース業の商売の肝である買い取りも一物一価に決めた時期がありました。この商品は1万円と決めたら、どの店舗でも同一金額で扱う。しかし、もうすこし買取価格に関しても幅を持たせた方が主体的に仕事に取り組めるだろうと考え、適正価格帯を提示した上で、店舗ごとのニーズに合わせた判断ができるように修正しました。

 組織の成熟具合によって情報管理も違ってきます。企業の成長に合わせ、他店舗の数字や成功例・失敗例も共有出来るように変えていきました。他店舗との比較から打てる手も変わってきます。弊社でも、株式上場を意識し、店舗展開のスピードを早めていった際に情報開示の方法を変えて、危機を乗り越えました。基本的には情報の開示を進めていき、特に注視すべき数値を店舗ごとに定め、自ら考え取り組む様に制度も微調整しながら環境を整えていきます。

第一世代から第二世代へ

 企業のステージが変わるポイントは、社長が直接教えることが出来た世代から、社長が育てた世代が次の世代を教えるタイミングです。仲間を増やし育てるという面で大きな局面の変化と言えるでしょう。第一世代から第二世代への人材育成の仕組みを構築できるかどうかが、企業の成長に大きな影響を及ぼすことになります。

 第一世代は自分が直接育てた社員ですから、教育の質の高さは担保されています。社員一人ひとりの性格を考慮し、時には失敗しやすいポイントなど具体例も示しながら、その人に合った教え方で伝えることが出来ます。問題は次のステップです。社長が直接伝えるのではなく、第一世代が第二世代を育てる際に、同じレベルまで引き上げられるかどうか、そのギャップを最小限に留めることが出来るかどうかが、経営者としての階段を上れるかどうかの分かれ目になります。

 私の感覚値ですが、重要なことはかなり細かく噛み砕いて伝えなければ、第二世代への伝達力は3割程度にまで劣化してしまう場合もあります。ズレが出た時にどう微調整するのか、ノウハウを体系化できるかどうかが成長の分岐点ではないでしょうか。

 私の場合は、始めは第二世代にも自ら教えてみて、第一世代からどんな教わり方をしているのか状況を観ながら、教えきれていない部分がないように修正を加えていきました。そうして徐々に自分が直接教えることから離れていくようにします。

 会社の未来に影響を与える採用条件ひとつにしても、定期的に確認することをお勧めします。常に採用基準は能動的に動いているものですから、一度決めたことも不変ではありません。見直しが重要です。必ず結果と照らし合わせ、採用条件に織り込み続けることです。

 育成についても、会社としてこれだけのことをしたから充分だと決めつけてはいけません。入社してくる人も年々変化しているので、現場に出してからズレが生じた際には、フィードバックして、育成基準にその結果を戻して、織り込む様にしています。

 老舗の鰻屋のタレは、何年も継ぎ足し継ぎ足しながら熟成され、美味しくなります。企業も同様で、経験を通してフィードバックし、ブラッシュアップを続けることで、企業文化は成熟すると考えます。

 大きな変更に関しては、どの経営者も意識しています。しかし、ちょっとした微調整や小さな変化を5個、10個と積み上げることの方が、実は大きな変更よりも何倍も効果があるのです。

 小さな変化を積み重ねていくと抜本的な変革のきっかけが見えて来るようになります。単純に小さなことを続けるのではなく、常に大変革のことを頭の片隅に置きながら、積み上げていくと、抜本的な変革が出来るタイミングが出てくるので、そのときは満を持して大変革を実行します。そして、また小さな変化を生み出せるベースを築いていくのです。

厳しい道の方が近道である

 私の趣味はランニングで、年間に数回フルマラソンや100kmを走るウルトラマラソンの大会にエントリーし、完走しています。長い距離を走ることで、途中での食事や休憩の重要さを改めて知ることが出来ます。フルマラソンのときには必死で気付かなかったことに、ウルトラマラソンを走ってみると見えてくることがありました。

 視点を変えてみることで、フルマラソンを走る際に改めて取り入れられることがあると気付きました。これは経営にも言えることです。

 創業して間もない頃は、自分が育てられるタイプの人材に偏りがあり、少し尖っている人は敬遠していました。いくら教えても覚えられないだろうという決め付けでした。しかし、それは食わず嫌いであって、間違った考えであることに気付きました。

 きっかけは成長スピードが上がり店舗数が増えていったので、自分が苦手だと勝手に思っていたタイプの人も採用せざるを得ない状況になったことです。嫌だと言っていても何も始まりません。

「少なくとも3つの事例を見るまでは決め付けないようにしよう」と、自分に言い聞かせました。

「厳しい道の方が近道なんだ」と信じ切り、最短の道を選ぶための辛抱だと思えば耐えられます。自分が実現したい目標があるのに、自らその道を閉ざすことはありません。最初は強引でも上手くいったパターンにはめ込んでみます。必死になることで知恵も湧きますし、やると決めたら多面的に人を観られるようになりました。このように声を掛ければ人は育つといった様に、引き出しも増えていきました。育てられる人が増えると、内容も充実してきて、そのうちどんなタイプの人が来ても無理なく育てられる様に自信が付きました。

 何でも技を会得するときには、3回位は壁を乗り越えなければなりません。そんな時は、「そうすることが近道なんだ」と自己暗示をかけることです。

 私は大学を卒業し、社会人経験をすることなく起業しました。それが原因かは分かりませんが、何事も自分が改善できるとしたら何が出来るかなというフィルターに自動的にかける習慣があります。すると、1回目は失敗しても、次はこうしてみようかなと考えられるようになりました。会社では日々どこかで問題が生じています。どこの組織でも同じことでしょう。そんなとき、面倒だなと思うのではなく、その問題を自分事化し、自分だったらどうプラスに変えられるだろうかと考えてみて下さい。一人では小さな力でも全員がそう考えるようになったら大きな影響力を持ちます。

 リーダーは自責で考える人が多いと思います。しかし、自分が悪いというのは潔いとは思いますが、本質的には問題解決になっていないケースが考えられます。何とか状況を変えることが出来ないかと考える方が前向きです。是非、自分事フィルターを実践してみて下さい。

P r o f i l e

野坂英吾(のさか・えいご)

1972年神奈川県生まれ。中学2 年生の時に起業を志し95 年トレジャー・ファクトリーを創業。現在、総合リユースショップ「トレジャーファクトリー」、洋服・服飾雑貨を扱うUSEDセレクトショップ「トレファクスタイル」、古着のアウトレット「ユーズレット」、スポーツ・アウトドア用品のリユースショップ「トレファクスポーツ」を展開。07 年12月東証マザーズに上場。14年12 月東証一部に指定替え。15 年第17 回企業家賞受賞。

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