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【著者に聞く】 神田外語大学 教授 興梠一郎氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

人と人を結び、社会を豊かにする「まごころある投資信託」をしたい

人と人を結び、社会を豊かにする「まごころある投資信託」をしたい

『中国 目覚めた民衆』興梠一郎 著 NHK出版(780円+税)

(企業家倶楽部2013年4月号掲載)
 

習近平の中国共産党はどこへむかうのか。反日デモやネット世論に見え隠れする陰謀・権力闘争と国民に広がる格差。インターネット時代、民衆の覚醒と中国共産党がかかえる巨大な危機を、外務省の分析員を務めた著者が緻密に描き出す。

隣国 中国とつきあうために

問 興梠教授は長年研究されていて中国のどんなところに一番魅力を感じますか。

興梠 中国の思想や哲学、文化、個人としての中国人がとても好きです。一般に中国といえば、中国共産党のイメージをもたれがちです。ですが悠久の歴史をもつ中華文明からみれば、中国共産党の時代など一粒の水滴にしかすぎません。それをあたかも中国のすべてと見誤ってしまって失敗するのです。

問 中国の思想といえば孔子、孫子など、経営者も好む人が多いですね。

興梠 中国の思想は昔から日本人は好んで勉強していますが、ベースとなる考え方が日本人と中国人とでは異なります。

 中国人は、巨大な相手に小さな自分がどうやって勝つか、といった力学的な考えを常にしています。幼い頃から「愚公山を移す」のような寓話で哲学を叩き込まれるのです。

 もうひとつ特徴は、常に物事の裏表を考えています。陰陽太極図のように、一つの中に対立する概念を併せ持つのです。このような考え方は古来から現在まで中国人はみな一貫して持っていて、政治から民俗にいたるまで端々に見られるます。

問 日本はこれまでも、そしてこれからも隣国であり続けるわけですから、中国を刹那的でなく、俯瞰して知ることが大切ですね。

興梠 中国共産党とつきあうのではなく、中国という国とつきあうのです。領土問題など反発もありますが、長い間、中国は日本の文明の先生でした。日清戦争から逆転してしまいましたが、今中国は力をつけてきています。ただ、まだ近代化しきれてはいません。

反日デモに見える権力闘争

問 2012年は領土問題に反日デモなど日中関係が非常に冷え込みました。この時期に「中国 目覚めた民衆」を書かれた経緯を教えてください。

興梠 12年の5月に、重慶の薄熙来の失脚を取り扱ったNHKの番組で解説を務めました。番組を見たNHK出版の方から本を書いてほしいと依頼を受けたのです。

問 本のきっかけとなった薄熙来の事件について教えてください。

興梠 反日デモに権力闘争が入りこんでいて、「尖閣諸島は中国のもの、薄熙来は人民のもの」というプラカードを掲げていた。反日デモ以前に薄熙来は既に失脚しているのに、なぜ薄熙来の名前が登場したのか。

 薄熙来の父は、江沢民とつながりを持っていた薄一波。江沢民の恩恵を受けて薄熙来は出世し、重慶市党委員会書記となりました。貧困層に公共住宅を作り外資を入れて、重慶は大きく発展しました。成長率も高く民衆に大変人気がありましたが、攻撃的な性格で権力欲が強く、海外メディアも使い陰謀を企む人物。早い時期から内部で公表された罪状の一つに、指導者の批判を海外メディアに流した、と明言されています。軍にも秘密警察にも人脈があり、バックの江沢民もまだ影響力を持っています。 
 12年に王立軍がアメリカ合衆国総領事館に逃げ込み、11年に薄熙来の妻である谷開来がイギリス人を殺害した事件が露呈しました。この事件が薄熙来失脚の発端ですが、実は谷開来は殺人を犯しておらず、薄熙来を陥れるための陰謀だったとする説が中国国内にあります。事件は闇に葬られてしまいましたが、実は権力闘争の精密な仕掛けがあったのではないかと見ています。

目覚めた民衆と中国共産党

問 12年末に習近平が総書記になりました。今後どうなると見ていますか。

興梠 胡錦濤の時より中国経済が悪くなっています。ヨーロッパの債務危機で外資も減り、中国の賃金も上がっています。これまでは農村の若者を安い賃金で工場で働かせ外資を稼ぐ発展モデルで、中国は世界の工場となりました。80年代以降生まれの農村の若者たちはみな携帯電話を持っており、インターネットから独自に情報を入手できます。労働者はかつてほど大人しくはない。民衆が目覚め、政治に参加する意欲が高まり、大きなデモや暴動が頻繁に行われています。経済が良ければある程度覆い隠せるものですが、今中国経済は失速し、格差も広がる一方。この状態が持続すれば労働運動が大きな一つの流れとなり、ポーランドのワレサのような人物や連帯のような組織が登場しないとも限らない。労働者や農民の不満が高まれば左傾化します。

 今回の反日デモでも毛沢東の写真がたくさん使われていました。ここに薄熙来がつながっているのです。彼の荒々しいやり方は毛沢東を彷彿とさせます。中国共産党指導部は薄熙来のような人物の登場を非常に恐れています。反政府的なビラをまかれるのを阻止すべく、タクシーの後部座席の窓を開けられないよう、政府は通達を出したほどです。中国共産党の抱える危機感を日本政府が了解していれば、対応も間違えないでしょう。

問 米中関係も心配があります。

興梠 日中外交は米中の土台ありきですから。米国は中国と領土・領海問題を抱える東南アジアの国々と関係を強化しています。強くなった中国が自信をつけて、先進国にも強気な態度をとるようになりました。経済大国、政治大国で国連安保理の常任理事国、おまけに軍事費も伸びていて、内政では政治的弾圧を行い、言論の自由はない。激しい反日デモや暴動が捜査されることもなく、官制と噂されている。無法地帯とも見える中国を脅威を感じている周辺国はアメリカの誘いにのりますよ。

問 日中関係のためにどういう手を打てばよいとお考えですか。

興梠 民間交流と経済交流。経済は日中お互いにメリットがありますからどんどん拡大していくべきでしょう。日本にとっても中国はナンバーワンの貿易相手国です。中国が今懸念すべきは内部の問題。内部がなぜ荒れているのかというと、経済政策が勝ち組に有利になっていて、格差社会に歯止めがきかない。高速鉄道や通信など、共産党の特権集団が経済を牛耳り、蓄財をしているのです。国全体が共産党の利権に支配されています。

問 中国共産党は今後どうなると思われますか。

興梠 少子高齢化で外資工場の労働力であった農村部の若者も減りはじめ、賃金も上がっています。中国は世界の工場から世界の市場へと、経済構造を転換しなければならなりません。そのためには消費層である中間層が成長していないといけないのにできておらず、格差は広がる一方。若い世代がインターネットを行使して、民主化へソフトランディングし血が流れずにすむように願っています。大前提として、中国共産党が独占している権力を大政奉還すること。ただ、共産党カンパニーともいうべき巨大な利権組織ができあがっているので、弾圧と抑制を強め現状維持にしがみつくことになるのではないでしょうか。

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