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【先端人】鎌倉投信 代表取締役社長 鎌田恭幸

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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人と人を結び、社会を豊かにする「まごころある投資信託」をしたい

人と人を結び、社会を豊かにする「まごころある投資信託」をしたい

(企業家倶楽部2013年4月号掲載)
 

あえて東京を離れ、神奈川県鎌倉市で起業した投資信託会社がある。その名も「鎌倉投信」。創業したのは、金融の世界で20 年以上経験を積みながら、どこか虚しさを抱えていたという鎌田恭幸。今度こそ人と社会を真に豊かにすることを目指して運用する「まごころのある投資信託」とはいかなるものか。鎌田の熱く真摯な思いを聞いた。(文中敬称略)

ビジョンを実現するための場はここだ。いざ、鎌倉

 鎌倉、雪ノ下。山や林に囲まれて、それは静かな住宅地を歩く。山へ向けてさらに奥まった一角に、鎌倉投信はあった。いかにも鎌倉らしく落ち着いた風情の日本家屋は、看板がなければ、とても投資信託会社には見えない。だが、これこそ鎌田恭幸はじめ4人の創業メンバーが選んだ、唯一無二の場である。

「4人全員が、東京で金融を手がけることは考えられませんでした。『100年続く投信で、100年続く企業を応援しよう』という私達の思いを表現するためにふさわしい場所として選んだのが、伝統文化と自然がある鎌倉。古くからある価値を大切にしながら、新しいものを発信していきたいと考えたのです」

 そう語る鎌田らが見つけたのが、この日本家屋である。長く空き家となっていたため荒れていた家を修繕すると、家が生き生きと蘇ってくるのがわかったという。趣のある欄間や飾りガラスなどが残る和室、さまざまな樹木や花が植えられた庭には、心をなごませる一方、頭脳を清澄に、明晰に磨いてくれる力が備わっているようだ。今では自分達で畑も耕し、裏山の間伐も行なう。彼らはなぜそれほど、この場所を大切にするのだろうか。

「私達の事業は金融事業でありながら、3つの“わ”を育む“場”を創ることです。その“わ”とは、日本の普遍的な価値を感じることができる“和”。会話や言葉で夢や希望を分かち合う“話”。そして人や言葉、夢が集い、それが広がる“輪”。そして社会と調和の上に発展する会社に投資することで、個人投資家の資産形成と社会の持続的な発展の両立を目指したいと思っています。ここ鎌倉の、この家が、そのビジョンに最もふさわしいのです」

 2008年11月、社長として鎌倉投信を創業した鎌田はそれ以前も20年以上、金融の世界に身を置き、資産運用業務に取り組んできた。三井信託銀行を経て、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現ブラックロック・ジャパン)では副社長まで務めたが、常に辛いジレンマを抱えていたという。

「もちろん勉強になったし、手応えもありましたが、実はあまり楽しくなかった。金融の仕事が世のため人のためになっているという実感がなかったからです。特に2000年以降、短期的に利益を求める傾向が強まりました。本来5?10年かけて得るべき利益を1年で得ようとするようになったのです。それは実体のないものであり、実体経済と積み上がったお金が乖離していったわけです。もっと真に価値あるものを大切にし、信頼に根差したビジネスをするべきであるのに。そこで、あるプロジェクトを最後に会社を離れ、二度と金融の世界には戻るまいと思っていました」

 だが、鎌田は金融の世界に戻る決意をする。

 金融が健全でないと、本当の意味で社会は豊かにならない。だから小さくてもいいから、「まごころのある投資信託」をしよう。その思いの下、バークレイズ時代の同僚3人を誘い、鎌倉投信を創業することとなるのである。

「まごころのある投資信託? 頭がおかしくなったんじゃないか」。初めは同業者から冷ややかな視線を浴びた。だが、鎌田にはお金に対する強い思いがあった。その原点は幼少時代に遡る。鎌田は島根県の片田舎の生まれ。農業と雑貨店を営む生家は貧しかったという。

「生活は豊かではなかったけれど、精神的には貧しくありませんでした。それは豊かな自然と人に囲まれていたからです。そんな環境が、人はお金で満たされるのではないということを、私に教えてくれたんです」

 だが、その一方でまた、幼心にお金の大切さも刻みつけられていた。

「家が雑貨店を営んでいたこともあり、人からいただいたお金で生活をしているというありがたさも身にしみていました。それに夏祭りなどがあると、親からお小遣いをもらいますよね。わずか200?300円だから、夜店で何を買おうか真剣に迷う。もしも途中で大切なお金を落としたら大変だ‐‐。そんな気持ちを、今でも決して忘れていません」

投資信託、公募、直接販売。そして投資先は“いい会社”

 そんな鎌田が金融の世界で起業するのだ。せっかく立ち上げるからには、世にないことをしよう。そう思った。かくして創業メンバーと半年以上をかけて、「誰のために」「何のために」この事業をするのかを徹底的に議論。その結果、ある結論に達する。「①投資信託 ②公募 ③直接販売」である。

「ベンチャーキャピタルは7?10年の短期間で上場してイグジットしますが、満期がない『投資信託』なら投資先にメリットがあり、社会の持続的な発展にも貢献できます。次に、『公募』なら誰でも少額から参加できます。実際、私達が運用している投資信託『結い2101』は1万円から1円単位で投資できるんです。さらに相手の顔が見え、信頼やつながりを感じられる『直接販売』。投資家は自分のお金がどういうところへ投資されているか、五感でわかるべきだと思うからです」

 鎌田がそう語るとおり、鎌倉投信はそのホームページで、投資先をすべて開示している。

 現在、ファンドの規模は27億円、40社に投資している。投資先として選ぶのは“いい会社”。そう、鎌倉投信の合言葉は「いい会社を増やしましょう!」なのである。いい会社と投資家との間に顔の見える関係性が生まれ、信頼に根差したお金の循環ができれば、いい会社はさらに成長を遂げられる。同時に投資家は株価に一喜一憂しない資産形成ができ、より豊かな社会が育まれると考えるからだ。鎌田によれば、会社の選定テーマは「人・共生・匠」。「人」とは人財を活かせる会社、「共生」は循環型社会を創る会社、「匠」は日本の匠な技術や優れた企業文化を持ち、また感動的なサービスを提供する会社のことである。

 そんな“いい会社”の顔ぶれを見てみよう。

 たとえば「人」のテーマで選ばれたのは、食品トレーのメーカーであり、障がい者雇用率は全国トップクラスのエフピコ(広島)、電設・設備資材メーカーであり、休日の多さと基本残業禁止で知られる未来工業(岐阜)。また「共生」では、地域を巻き込んで林業再生を行なうアミタホールディングス(東京)、電気機器に使われる抵抗器のメーカーであり、全社的な改善と共生で成長を61・企業家倶楽部 2013年4月号創り出しているKOA(長野)。さらに「匠」では高品質・短納期で高リピート率を誇るエーワン精密(東京)、トイレの総合コンサルティングというオンリーワン事業のアメニティ(神奈川)など。なお3つのテーマすべてを兼ね備えているのが、医療用漢方製剤国内シェア8割を誇るツムラ(東京)である。

「本業の中に社会的課題を解決できるような価値の要素があり、利益性と社会性が一致した会社が多いのが特長です。会社の大小は関係ないし、地方の会社も多いでしょう?それは日本を元気にしたいからです。非上場が3社ありますが、若い企業、伸びている企業、安定した企業でバランスよく構成されたハイブリッドなので、投資家へも安定してリターンができるんです」

 さらに売り抜くことを前提としておらず、例外的な1社を除いてはずっと売却せずに持ち続けている会社ばかりだ。そもそも「結い2101」の名には「次なる22世紀(2101年)につながる価値を、みんなで力を合わせて創ろう」との意味が込められている。

いい投資とは、気づきや学びによって人格を磨くもの

 こうした鎌倉投信のビジョンや理念が美しいあまりに、肝心の運用やパフォーマンスを懸念する声も時に漏れ聞く。それを問うと、鎌田はゆとりある笑みを浮かべて、こう話す。

「運用を開始した2010年3月に1万円だった『結い2101』は3年で18%増えています。一方、TOPIXの1万円は今9500円ですから、5%沈んでいますね。『結い』はリスクを抑えめにしながら、ゆるやかだが、じわじわと上がっており、東日本大震災の時にも10%ダウンで止まって、すぐに戻しました。投資先は大手でなく、オンリーワンやナンバーワンの企業を選んでいるから、景気や世相にあまり影響を受けずにすむのも強みですね。受益者には常に4?5%のリターンを目指しています」

 そのリターンを受け取る受益者と鎌倉投信の関係も稀有なほど良好だ。鎌倉の寺などで開催される受益者総会には、投資先の社長達も招かれて講演を行なう。それを聞く受益者達の年齢は比較的若く、その表情はまるで寺での合宿のように楽しそうで、なごやかだ。中には“子供投資家”もいる。お年玉を「結い2101」に入れている子供や、親が我が子のために積み立てをしている子供達だ。そんな子供達も受益者総会に参加し、真剣に話を聞く。そんな子供達の目の輝きこそが10年後、20年後の社会を表すもの。そう鎌田は考える。だから、その子供達に夢を与えなければならないし、そうした人達が信頼を元にお金を託していることを投資先の経営者にも感じてほしい、とも語る。

「社長さん達の講演では、株価や業績の話でなく、それぞれの思いを伝えていただきたいとお願いしています。そうした堅実で誠実な経営者に会って話を聞くと、投資家は襟を正し、株価ではなく事業そのものの価値で投資する大切さと誇りを感じてくれます。それは企業にとっても同じですよね。信頼は信頼で返そうと、お互いに思えるようになるのです」

 そんな投資家と投資先の絆は東日本大震災の際にも発揮された。鎌田によれば、お客が「こういう時だからこそ、いい会社を応援しなければ」と積極的に投資をしてくれたという。また激励のメールや手紙も数多く届き、それを受け取った投資先の感謝の声が、また客へ届くという温かな輪が生まれたのである。

 さて現在の鎌倉投信は社長であり営業担当である鎌田のほか、それぞれ運用責任者、内部管理、日常のオペレーションの役割を分担する創業メンバーに加えて仲間が増え、10名の体制となった。鎌田は今後の夢をこう語る。

「私の人生の目的は鎌倉投信をよりよくし、『結い2101』をしっかり大きく育てること。まず100億円で100社への投資を通過点に、300?500億円を完成形として目指します。『結い』は上場している会社が基本ですが、上場していないベンチャー企業向けのファンドも手がけたいですね。さらに東南アジアなど海外にも目を向けていきます」

 さらに鎌田はこんな言葉で、話を結んだ。

「投資の果実とは、資産形成×社会形成×こころの形成。いい投資とは学びや気づきによって価値観や働き方が変わり、人格を磨くものです。今、投資家や投資先など人がつながり、人が喜んでくれる金融ができていることが、私の喜びでもあるのです」(細谷あつ子)

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