会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2019年1・2月合併号掲載)
太陽光発電が突出FITの約95%を占める
政府が推進する再生可能エネルギー戦略に混乱が生じている。再エネ普及の切り札として政府が2012年7月に導入した固定価格買取制度(FIT)に支えられ、再エネ発電容量は順調に増えている。たとえば03年度から09年度まで6年間の再エネの発電容量の増加率は年率5%、09年度からFIT導入の12年度までの3年間は同9%だった。これに対し、導入後の12年度から16年度までの4年間は同26%と急増している。
FITの対象になる再エネの種類は、太陽光、風力、中小水力、地熱、バイオマスの5種類だが、この中で太陽光発電が突出している。経産省の調査によると、FIT導入後、発電容量の累積は17年3月末現在、3539万kw(キロワット)だが、このうちの約95%が太陽光で占められている。
太陽光発電に人気が集まるのは?個人の屋根の上や耕作放棄地、荒廃地などに簡単に設置できる、?比較的小額の投資資金で賄える、?発電パネルなどの技術革新が進み、パネルの低コスト化が期待できるなどが受けているためだ。
様々な再エネが同じように普及するのではなく、太陽光に集中した結果、新たな問題が発生してきた。
具体的には、九州電力が昨年10月13日に実施した太陽光発電を一時的に止める「出力抑制」だ。九電の送電網につながる約2万4000件の太陽光発電事業者のうち、9759件を遠隔操作で送電線から切り離した。抑制時間は午前9時から午後16時までの7時間。
日照条件が良い九州は太陽光発電の設置が進み、九電管内の太陽光発電の出力は807万kw(18年8月末時点)に達している。これに対し需要量は825万kwなのでお天気次第で需要のほとんどを太陽光発電で賄える状態になっている。
一方、九電管内では9月下旬から原子力発電4基が営業運転しており、その出力は414万kw程度と見積もられている。
電力は需要と供給がバランスしないと周波数が乱れ、最悪の場合、大規模停電が起こる可能性がある。9月6日に発生した北海道地震で大型火力発電が停止し供給力が急減した。その影響でほぼ北海道全域で停電する「ブラックアウト」が発生したことはまだ記憶に新しいところだ。
皮肉なことに、九電の場合は供給力の増加が問題になっている。九電は余った電力の一部を火力発電の出力抑制などで対応してきた。しかし秋に入り涼しくなり、冷房需要が落ちてくるため、太陽光発電の出力を抑制しないとバランスを取るのが難しくなってきた。10月13日の供給推定量は1293万kw。これに対し需要推定量は828万kwだ。需要に合わせるためには465万kwを抑制しなければならない。その対策としてダムに水を汲み上げる揚水式発電、蓄電池による貯留、域外への送電で合わせて422kwを賄う予定だが、それでも43万kwが余ってしまう。
太陽光で43万KW抑制
出力抑制は緊急の場合の例外措置として国に認められている。欧州でも再エネの出力抑制は認められているが、ドイツやフランスでは原発で出力調整をしている。日本では原発稼働を優先するルールになっているため、太陽光の出力抑制に踏み切ったわけだ。
出力抑制は翌日の14日にも実施され、11月に入ってからも晴天だった3日、4日も連日実施され、抑制日は合わせて6日間に増えた。3日には初めて風力発電の出力抑制も行われた。4日の出力抑制は10月21日と並び最大の約93万kwを止めた。出力抑制日は、晴天で休日が目立つ。冷暖房が使われず、休日で工場の稼働が低いなどの条件が重なり供給過剰が懸念されるためだと九電側は説明している。
太陽光発電事業者、強く反発
この措置に対し、太陽光発電事業者は強く反発している。再エネの普及は今や優先度の高い国是であり、7月3日に閣議決定された第5次エネルギー基本計画でも、再エネについて「主力電源化」を目指すと明記されている。出力抑制はまず原発で実施すべきだと主張している。
すでに指摘したように、国の出力抑制順位として原発は最後の手段として位置づけられている。石炭火力などと違って、稼働時にCO2を排出しない原発はパリ協定でも公認されている電源だ。
しかし日本の場合は違う。福島原発事故で悲惨な放射線被害を引き起こし、多くの地域住民が先祖代々住み慣れた土地を追い出され、避難を余儀なくされた。農産品や海産物も汚染物質のレッテルを貼られ、一部の国は今でも輸入規制の対象にしている。
一度事故が起これば取り返しのつかない悲惨な状態が長期間続くことは福島原発事故から明らかである。
地震、火山大国の日本では原発は危険が大き過ぎる。近い将来、特に恐れられているのが南海トラフ大地震だ。静岡県・駿河湾沖から九州の沖合にかけての南海トラフが震源で、過去のケースを振り返ると、2050年頃までに大地震が起こる可能性が高まっている。内閣府の試算によると、万一南海トラフ大地震が発生すれば、最悪の場合32万3000人が死亡し、経済被害は215兆円に達する。
現代世代だけではなく将来世代の安全、安心のためにも原発は早急に縮小・全廃させることが必要だ。
ところが深刻な原発事故を経験したにもかかわらず、政府の原発信仰は事故後も変わらず、設立後40年を過ぎ、リスクが高くなった老朽原発の再稼働さえ推進している。この異常な原発信仰が「再エネ推進とその出力抑制」という矛盾を生み出してしまったのである。
再エネを主力電源にするためには、「国家百年の計」として長期的、大局的な展望に立ってしっかりと位置づけ必要な対策を実施する必要がある。足元の利害調整に重点を置いた杜撰かつ場当たり的、短期的視点では再エネを主力電源に高めることはできない。
再エネ最優先で頑丈な送配電網の構築に挑め
再エネを主力電源にするためには、余った電力を他の地域に送電するなどの送電網体制の整備が不可欠だ。さらに既存の送配電線網では、質の異なる様々な電源からの電気を大量に流すと変圧器などに支障が生じ、停電の恐れがある。再エネ電源から大量の電気を流してもびくともしない太くて頑丈な送配電網の構築・整備が大前提になる。この点については03年に策定された最初の「エネルギー基本計画」(第一次)では全く検討されなかった。「再エネを主力電源化する、そのために何をすべきか」という発想が当時の政府には全く欠落していた。それが今日まで続いている。
九電の「出力抑制」で再エネ戦略に大きな矛盾が発生したこの機会に、国家百年の計に立って、「原発最優先」の看板を降ろし、「再エネ最優先」の旗を高く掲げ、その普及・促進のための新たな体制、制度設計を官民一体で早急に創り上げ、実施することが必要だろう。
プロフィール
三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授。1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。