会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2020年4月号掲載)
人前で挨拶をする前に読み返すと不思議と心が落ち着く魔法の言葉があります。10年ほど前に購入したものですが、尊敬する経営者の言葉を書き留めたこの手帳は、私にとって大切な宝物となっています。
私は末っ子長男で幼いころから内気な性格のため人前で話すことが苦手でした。人見知りも激しく、とても父の様な社長にはなれないと漠然と考えていました。私が28歳になったころ父が病に倒れます。病室で動揺する母の姿を見て、自分から家業を手伝うことを決めました。今、振り返るとこの決断が、私の人生の「転機」になりました。
2004年10月に当時の藤波タオルサービス(現FSX)に入社。創業34年になる父が創業したおしぼりのレンタル会社です。組織の先頭に立ちグイグイ引っ張っていくタイプの社長ではないことは自覚していました。たまたま近江商人の経営を勉強する機会に恵まれ、「正直・勤勉・倹約・謙虚」という言葉に出会いました。誠実さを持って経営に当たることなら、私にもできるのではないかと思いました。
数年が経ち、新しいことに挑戦するベンチャーのような気概が必要ではないかと危機感にも似た感覚が芽生えてきました。そこで、ファーストリテイリングの柳井正会長やソフトバンク孫正義社長ら著名な企業家の本を読み漁り、直接生の声を聴きに会いに行ったり講演会にも参加しました。
あるセミナーでGMOインターネット熊谷正寿氏の「夢が叶う手帳」の話を聞き、感動してその日の夜は眠れませんでした。早速、手帳を購入し、会社経営に必要だと感じた言葉を書き留めていきました。使い方は異なりますが、出会った企業家の名刺や手紙も一緒にファイリングしています。
社員の前や会合でスピーチをする際には必ずこの手帳を開いては、企業家の言葉を読み返していました。そうすると人前で話すときも以前のように緊張することはなくなりました。
「疾風(しっぷう)に勁草(けいそう)を知る」という頻繁に読み返すメモがあります。強風が吹いて初めて丈夫な草が見分けられる。同様に困難にあって初めて、その人の節操の堅さが分かる。
11年に東日本大震災が起こりました。その頃、新製品の販売促進のため知人の音楽家に作曲してもらいCDを作りました。非常事態となり、結果的に製作費を割り引いてもらうなど迷惑をかけてしまいました。必死に慣れないプロモーションに取り組んでいるつもりでしたが、自分のしていることがどこか浮ついているように感じました。
震災を経験し、本当に人の役に立つ仕事だけが生き残ると気付きました。それ以降、仕事の本質を追求しないといけないと常に心掛けるようになりました。逆境の時にブレない仕事が生き残るのです。おしぼりの本質を考えた結果、「衛生」の研究を継続することを決め、大学の専門家と共同で開発を続けています。
今回のコロナウイルス感染拡大の問題が発生した際も抗ウイルス商品の共同開発の提案をいくつも頂いています。諦めずに衛生面の技術開発への投資を続けてきてよかったと思います。
もうひとつ好きな言葉をご紹介します。正岡子規の歌「真砂(まさご)なす数なき星の其の中に吾に向ひて光る星あり」です。つらいことがあった日の帰り道、ふと夜空を見上げると星が瞬いています。この星は自分に「頑張れ!」と言ってくれているのかなと勇気をもらいました。