会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2018年8月号掲載)
設立5年半で売上げ70億円超
「オフィス外での仕事や出張など、現代人のアクティブな生活を支援したい」と語るのは、アンカー・ジャパン社長の井戸義経。同社はモバイル端末用のバッテリーやUSB急速充電器などスマートフォンの周辺機器を開発・製造・販売するモノづくりベンチャーである。
米国グーグル出身のエンジニアが2011年にシリコンバレーで創業、現在、本社は中国・深センにある。日本マーケットには2013年に進出し、僅か5年半で国内売上げは70億円を超え、世界市場では売上げ650億円とモバイル充電系のマーケットでは国内外ともにシェアナンバーワンを誇る。
スマートフォンやタブレット端末、ノートパソコンなどが普及し、家やオフィスの外に出て仕事をする人が多くなった。スマホも最近では電話よりもSNSやゲーム、スケジュール管理にネットでショッピングや調べ物と利用時間が増加している。さらに端末自体が高性能になり消費電力が増え、バッテリーが一日分持たないケースが出てきた。
手軽に移動中や食事の間に充電が出来ればいいが、電源が確保できないことも多い。そこで重宝されるのが、どこでも必要なときに充電が出来るモバイルバッテリーというわけだ。売れ筋はiPhoneで4回ほど充電が出来るモバイルバッテリーで価格は2000円ほど。サイズも小型化され、カバンに入れておき、いつバッテリーがなくなっても心配しなくて済む。
Eコマースで流通構造を変える
「ハードウェアを通じて人々の生活を豊かにしたい」と井戸は同社のミッションについて語る。
一般的な流通は、ユーザーに商品が届くまでに量販店などの小売業者とメーカーの間に中間卸業者が存在し、重層的な構造になっている。商品に対してお客が何か不満があり意思表示をしたいと思っても、アウトソース先のコールセンターに回され、メーカーの開発部門に生の声や情報が届くことは少ないのが現実だ。
同社はそうした従来の流通構造に異を唱え、理想のメーカーの在り方から逆算して、組織構造を作ろうと考えた。
Eコマースはネットを通してユーザーに近いという特性を最大限に活かしている。中間業者を介さずに同社が直接ユーザーの声を吸い上げ、開発部門にフィードバックし、日々製品を改善する仕組みを作り上げた。そこが一番の特徴であり、他社との差別化要因となっている。
実際に日本市場だけでも一日に百件以上の電話、数百件に及ぶメールがユーザーから寄せられる。そこから得られる情報は全て「宝の山」であり、訓練されたカスタマーサポート部門の人間が情報を分析し、結果が開発部門に伝達され新製品に反映される。日本市場特有の機種に対応したソフトウェアの改善やボタンの形状など、改善は多岐に渡る。
モバイルバッテリー以外でも、ユーザーからの声を反映して作られた商品がある。イヤホンは、スポーツやジムでのフィットネスなど汗をかくシーンで使用頻度が高くなっている。故障の原因を分析した結果、潜水艦が浸水しない技術を応用した防水の仕組みやコーティング技術を加えて汗による腐食を防いだ新商品を開発し販売している。
このようにユーザーが本当に欲している商品の情報を直接収集し、速やかに新製品を開発し製造出来るのが同社の強みであり、ユーザーから支持を得ている理由である。
創業者のビジョンに共感
「ユニクロは商品の陳列がユニークで商品の売り方に情熱を持ってイノベーションを起こしています。お客に新しいショッピングの体験をさせている点は、参考にしている」と井戸は言う。
大学ではトヨタ生産方式の第一人者である教授に学んだ。級友と同様にメーカーに就職することも考えたが、広く知識をつけるために金融業界に10年間身をおいた。改めて製造業に関わる仕事を探している中でアンカーという急成長しているブランドを見付けた。商品を取り寄せ、会社についてもリサーチし創業者にレターを送ると早速「会いましょう」と返事が来た。
ウェブサイトはリリースしてから微調整や小さな改善を繰り返してよりよいサービスに仕上げていく利点がある。同社も「ウェブサービスと同じようにスピード感を持って改善を続けながらハードウェアを開発・製造・販売するビジネスモデルに挑戦している」と創業者から話を聞いたとき、志の高さに共感すると同時に製造業に対する強い気持ちを思い出した。
そして、「まだそのモデルを確立できた人はいない。もしそれを実現できたら、新しい時代のモノづくりの盟主になれる。10年後のサムスンやソニーを作ろうじゃないか」と誘われ、日本法人の社長を引き受けた。
アマゾンに最適化し成長
現代の人々のライフスタイルやビジネスシーンにマッチした商品コンセプトが受け、順調に売上げを伸ばしてきたが、メーカーとしてのモノづくりのユニークさ以外に販売方法にも工夫がされている。
アマゾンという巨大な販売チャネルを最大限に活用し、最適化することに注力し、販売量を増やしてきた。
「アマゾンの顧客層が実用的な商品を購入する人が多く、さらにアマゾンはマーケットプレイスだけではなく、配送サービスも充実している」と井戸は言う。
アンカー・ジャパンも中国で製造した商品を日本のアマゾンの物流センター網に納品している。したがってお客から注文が入れば24時間365日、迅速に発送される。スマートフォンの周辺機器という商品特性と購入したらすぐ届くという販売チャネルの特性が合致しており、ユーザーからも支持を受け、アマゾンでのモバイルバッテリー部門でナンバーワンの販売実績を誇る。
主力製品はモバイルバッテリーだが、その他にもオーディオやAIスピーカー、モバイルプロジェクターやロボット掃除機など家電分野も手掛けている。
成長意欲のある組織
今や世界中で製品を販売している。成長市場であるため、採用も積極的だ。現在、日本チームは40名で平均年齢は31歳と若い。既存の製造業以外からの転職も多く、業界の常識にとらわれないチャレンジングな企業文化を大切にしている。
日本市場はアメリカに次いで大きく、グローバルの中でも期待されているので、自分たちが挑戦したいことを試せる環境がある。
「成長意欲のある人材を求めている」と井戸は採用基準について語る。ベンチャーでは、一緒に働いている人たちが優秀かどうか、人材の質が成長の鍵を握る。優秀な人ほど優秀な人と働きたいという要望が強い。広い知識と刺激を求め、自己成長の場と考えているからであろう。同社の採用もユニークである。電話面接、対面で二次面接の後、社員とのディナーが組まれる。そこで仕事の話に触れ、ベンチャーのスピード感に共感できた人を採用とする。
「言語化は難しいが、いい人を採用しています。他人を助けたい、チームの為になりたいという利他の精神がないと長期的な成長は望めません。それがお客様に誠実であるということに繋がります」と井戸は付け加えた。