会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2019年12月号掲載)
私が経営を行う上で指針となった3冊の本があります。
1冊目は沢庵宗彭の「不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)」、2冊目が宮本武蔵「五輪書(ごりんのしょ)」、3冊目が山岡鉄舟「剣禅話(けんぜんわ)」。いわゆる「剣の書」ですが、全てビジネスに通じています。
幕末の剣豪である山岡鉄舟の「剣禅話」に出てくる有名なエピソードがあります。鉄舟には浅利又七郎義明というライバルがいましたが、相手が山のように大きく見えてどうしても勝てない。そこで日夜修行を続ける中、ある豪商から話を聞くのです。
豪商が身一つから巨万の富を築けたのは「商いの気合」を知ったからでした。若い頃、まとまった金が手に入り、商品を仕入れたところ価格が急落。「早く売りたい」と思う気持ちにつけ込まれて安く買い叩かれそうになり、すっかりうろたえてしまいます。
「どうにでもなれ」と放っておくと値段が上がってきて、「原価の1割高で買う」と皆が言う。しかし、そこで欲を出して売らずにいるうち、再び価格は暴落して、結局は原価の2割減で売る羽目になりました。
彼はようやくそこで、「損得にとらわれているようでは大事業は出来るはずがない。ひたすら目の前の仕事に邁進する」と決意し、続けたことが成功に繋がったと言います。
鉄舟はこの話から大悟し、瞑想を続けると、立ちはだかっていた浅利の姿が消えました。そこで弟子と手合わせしたところ、鉄舟の木刀が動いただけで弟子はたちまち降参してしまいます。
そして、いよいよ宿敵の浅利との試合の日が来ます。ところが対峙するやいなや、浅利は突然木刀を捨て、面具を外して言うのです。「私と言えども敵うものではありません」。
沢庵宗彭の「不動智神妙録」では、千手観音の話が心に刺さりました。そこには「一本の手にとらわれず、千本の手が無意識に自在に動くようでなければならない」とあります。また「五輪書」からは鍛錬することの重要性を学びました。
雑貨事業で起業したばかりの30歳頃、全てのことが思い通りに進まず、ビジネスの難しさを感じていました。まだ会社は小さな規模でしたが、その頃お世話になっていた税理士の先生に決算や月次の分析依頼をすると、手紙に「君はダイヤモンドの原石だ」と書いて下さり、励まされたものです。座禅や滝行にも誘われて一緒に行くこともありましたし、今や私の宝である3冊の本を薦めてくださったのも先生です。
3冊とも素晴らしい本で、感銘を受けましたが、やはり読んだだけでは身に付きません。2006年に株式上場しましたが、業績が落ち、気持ちが大きくブレてしまっていました。
ところが09年9月17日、戦略を定めて商売人人生を賭して勝負すると、恐怖心が消え、ブレが無くなり、視界が大きく開けたのです。「剣の道」と「商いの道」は違えど、本質は一緒なのではないでしょうか。
多忙で最近は読み返せないでいますが、50代となり経営者としても人間としても様々な経験を経たことで、先人が体験・体得した知恵が、おぼろげながら自分自身でも感じられることを嬉しく思います。
社員の努力もあり、お陰様で業績は好調です。さらにこの数年、プライベートは全て、故郷である群馬県と前橋市の地域活性化に充てています。
まさに「道を学ぶ人よ、請う、怠るなかれ(剣禅話)」なのです。