会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2018年12月号掲載)
1.パワハラ事件の続出は上司に何を教えているか
2017年10月に国技と呼ばれる大相撲の世界で貴ノ岩が日馬富士から暴行を受け、診断書まで提出する騒ぎになりました。これがきっかけで貴乃花親方が相撲協会に対して公式抗議を発表し、記者会見を開きました。
結局のところ、この騒ぎは横綱日馬富士の11月の引退になり、こじれにこじれ、ついに貴乃花親方が親方としての辞表を提出し、日馬富士はけじめと責任のために今年9月30日に髷を落とし断髪式をやって引退となりました。
始末に1年近くかかってしまった大問題でした。このところ体育関係中心に次々とパワハラ問題が明らかになっています。しかもハンコで押したように同じパターンなので、事件を新聞やテレビで見る方も次はどこかしらと驚きもせずに見るほど本質的にも、あらわれかたも、似た事件が次々と起きています。
その第一は2018年5月6日の日大アメフト部の宮川泰介選手の関西学院大学とのプレイでした。「潰すつもりでやってこい」と井上コーチに言われ、反則と知りながら実際に相手の選手がもう後ろを向いているのに足にタックルをかけた宮川選手でした。
2.若者の思考と行動パターンの大変化
宮川選手は、結局勇気を出して、一人で記者会見を開きました。
その結果わかったのが、「本気で潰さないと次の試合には出さない」という内田監督に気に入られるために、本当に本気でやるしかないと念を押したのは井上コーチという事実でした。しかし、内田監督は日本大学理事会で常務理事も務める田中理事長の右腕です。
縦一列に古い組織が固まっているときに人事権まで持つ内田監督、すなわち内田常務理事に逆らうのは井上コーチとしては恐らくできなかったでしょう。
そしてその井上コーチに言われた宮川選手はもっとそれができなかった。ただし今までの若者と違うのは宮川選手が弁護士とともにたった一人で記者会見をしたことです。そしてたくさんの記者からの質問に誠実に答え、監督をどう思っているかと聞かれた時には、「それほど頻繁に会っていないので分からない」といかにも若者らしい正直な答え方でした。
これが導火線になり日本中の心ある人々がこのアメフト問題の真相を知るべく様々な情報交換をし、未だにこれは最終決着に至っていません。 また、あの国民栄誉賞もとった伊調馨選手が栄和人強化本部長に対して「自分と田南部コーチは練習場を使わせてもらえないと言われた」と、パワハラ告発をこれまたたった一人の手紙で声をあげた事件もありました。
世間が栄監督のこれまでの行動、彼の友人や人脈などすべてを調べあげるに至って、伊調選手と田南部コーチの言っていることはもっともだと認められ、日本レスリング界に大きな貢献を残した栄強化本部長であっても辞任に追い込まれました。
3.IT社会の若者の自己表現
三つ目の事件が女子体操です。先の宮川泰介選手と同じように体操でたった19歳の宮川紗江選手が記者の前にきちんとしたスーツを着て姿を現しました。もともと派手なタイプの選手ではなく努力家でコツコツ努力してきた選手がリクルートスーツのような地味なスーツを着て一生懸命「速見佑斗コーチ(34歳)が自分に暴力をふるったのは確かだけれどそれに対する処罰が重すぎる。これはコーチと自分の間を裂こうとしている試みだ」と記者の前で訴えました。一生懸命しゃべっていることはテレビ画面でよく伝わってきました。
その結果、速見佑斗コーチは自分に明らかに体罰を行ったという非があるので、口調はつっかかりながらゆっくりゆっくり話す会見となりました。「顔を平手打ちしたりお尻を足で蹴ったりしたことがある。本当に暴力はいかなる場合でも悪いことでした。深くお詫びします」と頭を下げました。そのときに彼は、「しかし今のこの体操協会では上の権力に対して自分たちが何かを発言することはできない雰囲気がある」とぽつりと忘れたようなセリフを吐いたのです。
その弱々しさのせいでしょうか。宮川選手の会見直後は塚原光男日本体操協会副会長が、彼女は嘘を言っていると言い、なぜ彼女は嘘を言うのか理由がわからないと反発してこれはこれで記者会見をやりました。ところが、世間の風向きがやはりこのパワハラに対して厳しくなってくると、妻である塚原千恵子女子強化本部長も夫婦そろって最初は「そんなことは言っていない。二人に体操の練習場を使わせないとかオリンピックに出さないなどとは一切言っていない」と突っぱねていたのですが、だんだん調査が進み、結局二人ともテレビの前で並んでコーチと宮川選手に謝罪の言葉を吐く羽目になりました。ここに日本の体操やレスリングやアメフトなどの体育系の教育の大きな変化が見て取れます。
若者はたった一人でも声を上げることをためらわなくなった。ツイッターやフェイスブック、ブログなどで声を上げることを恐れなくなった。若者たちが自分たちの意見を記者会見という形あるいは公の手紙、抗議文を送り、それをマスコミにも連絡するという形で声を上げてきたのです。伊調選手の年齢はともかく、ほかの二人は19歳と20歳という若者です。時代が明らかに変わりました。発信型の若者に、一方的なパワハラで「他の人には言うなよ」と言ってもそれは通らないということでしょう。
4.リーダーシップ観の変化
事件をめぐる大きな特徴として、「世間」いわゆる「社会の目」が変わってきたということです。ちょうど1964年の東京オリンピックのときに、日本中に素敵なフィーバーを巻き起こしたのは日本バレーボールチームの優勝でした。「俺について来い」という有名なセリフを残して鬼監督は生理中の選手たちのお尻を蹴ったり、強いトスで床に転げ回らせて、いわゆる回転レシーブの技を磨きました。その結果、選手も監督も英雄になり、「俺について来い」は日本のバレーボール界のモットーとしてだけでなく、ビジネスマンの世界にも流行したわけです。
でもそれから40年、時代が明らかに変わり、パワハラは通らない時代になりました。会社の経営者で、まさか中間管理職や新入社員をぶったり蹴ったりということはもちろんないでしょう。けれど、このスポーツ界を他山の石としてパワハラや暴力が中で起きないように、あるいは電通がそうでしたが、実際に暴力で相手を叩かないまでも「24時間労働は当然だ」というような言い方をすると、若者たちはあの電通の事件からたった数年しか経っていないのに自殺というような消極的な抗議ではなく、マスコミオープンという積極的な手法を採るという変化も覚えておいた方がよいでしょう。そしてそれは正しい傾向だと思われます。
Profile
佐藤綾子(さとう・あやこ)
「日経トップリーダーonline」はじめ連載4本、著書186冊。「あさイチ」(NHK)、「ビートたけしのTV タックル」( テレビ朝日) 他、多数出演中。24年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、入学は随時受付中。