会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2020年4月号掲載)
断崖絶壁まで2時間に迫る
私たちの住む地球は、今、断崖絶壁に向けてひた走る暴走列車のように見える。宇宙から見る地球は「ブループラネット」(青い惑星)として燦然と美しく輝いているそうだ。その地球も、内側から見ると縦横に亀裂が走りぼろぼろの状態だ。異常気象は日常化し世界各地で深刻な自然災害を引き起こしている。ブラジルやオーストラリアでは大規模な森林火災が発生している。地球規模で天然資源は枯渇し、生態系の多様性が失われ、海はマイクロプラスチックで溢れ、水不足、食糧不足も深刻だ。 公益財団法人「旭硝子財団」が昨年9月に発表した環境危機時計(人類存続の危機に関する認識)によると、世界全体の危機時刻は9時46分だった。同財団は気候変動、生態系、大気汚染、水、食糧事情、人口増加など9項目について世界の環境問題の専門家約2千人にアンケート方式で危機の度合を聞き、その結果を12時間表示の危機時計として発表している。92年の第1回調査では「かなり不安」の7時49分だった。それから27年後の今、危機時計は約2時間進み「極めて不安」の領域に入っている。破局までに残された時間はわずか2時間14分に過ぎない。赤信号が激しく点滅している。
なぜこのような危機を招いてしまったのだろうか。最大の理由は旺盛な人間活動にある。豊かさを求める経済成長が世界人口を爆発させ地球の限界に突き当たってしまったのである。特に人口増加は深刻だ。世界人口は現在約77億人だが、国連の推計によると、2050年頃には90億人を越え、2100年には112億人に達する可能性があると予想している。増加の大部分はインド、アフリカ地域だ。一方、世界経済は年率3%台の成長を続けている。地球は無限の存在ではない。多くの人口を抱え様々な技術を動員し経済成長を続けたことで、資源は枯渇し、森林が伐採され、大気や陸地、海洋が汚染され、地球温暖化を加速させている。
コップに水を注げば、いつか一杯になり水は溢れてしまう。地球も同じで、資源を使い続け、有害物質を排出し続ければ資源は枯渇し地球環境は悪化してしまう。
サピエンスの歴史的考察が必要
暴走する地球号を破局から救うためには、増え続ける人口を抑制し、「経済成長を善」とする発想から抜け出す知恵が必要だ。果たしてそれは可能だろうか。
この問題を解くカギは私たち現代人の本質を歴史的視点に立って考察する必要がある。現在地球を支配している私たち現代人は人類学の分類ではホモサピエンス(賢い人間、以下サピエンスで表示)と名付けられている。
イスラエルの人類史学者、Y. Nハラリ著「サピエンス全史」によると、人類が初めて姿を現したのはおよそ250万年前のアフリカだ。地球の誕生が約45億年前なので地球の歴史からみれば人類の誕生はごく最近のことである。それ以後、様々な人類が登場しては消えていった。約50万年前にはヨーロッパと中東でネアンデルタール人が出現する。それから30万年後の約20 万年前、私たちの先祖となるサピエンスが東アフリカで誕生する。7万年前にはアフリカ大陸を出て世界各地に広がる。 約3万年前には腕力や体力で勝るネアンデルタール人を滅亡させサピエンスが唯一の人類となった。サピエンスを勝利に導いたのが優れた認知能力(学習、記憶、意思疎通の能力)であり、それを伝える言語の創造だった。
この認知能力によって、1万2千年前に農業革命が起こり、500年前に科学革命、200年前に産業革命が起こり今日に至っている。この過程で様々な技術が生まれ、高い経済成長が実現したが、同時に人口爆発、資源枯渇、環境破壊などの負の遺産が蓄積され、地球の限界に突き当たってしまった。
「イケイケドンドン」型の経済発展に適応
サピエンスの持つ認知能力は、「イケイケドンドン」型の経済発展に適していた。地球に余裕があった20世紀初め頃まではまだ増え続ける人口、経済発展に伴う資源枯渇や環境汚染などを心配することはなかった。しかし「イケイケドンドン」型の経済発展が20世紀中頃以降、急速に加速しついに地球の限界に突き当たってしまった。
暴走列車、地球号を破局から救うためには「イケイケドンドン」型に代る新しい発想が求められる。一つの地球と折り合うための様々な知恵、例えば、適正な世界人口の維持、マイナス成長の下での豊かな生活、資源循環、脱炭素社会の構築、生態系の維持と自然との共存などである。サピエンスの認知能力はこの分野では未経験であり苦手でもある。サピエンスの認知能力がこの分野で発揮できるかどうかが問われているのである。
発揮できなければ映画「デイ・アフター・トゥモロー」のように想像を超えた自然災害による破滅、水や食糧争奪戦が国家間の戦争に拡大し核戦争で終末を迎えることも起こりうるだろう。そうなれば、過去に誕生しては消えていった多くの人類同様、サピエンスもまた約20万年の短命で地球上から姿を消す運命をたどることになるだろう。
デジタル革命に活路を求める
その点でこれから近未来にむけての日本の行動はサピエンスの将来を占う貴重な実験になるだろう。日本の人口は今後急速に減少し50年頃には1億人を割り込む見通しだ。その影響で、経済成長も早ければ25年頃からゼロ成長、35年以降にはマイナス成長に落ち込むだろう。一方で脱炭素、巨大地震対策としての脱原発も進めなくてはならない。これまでの常識から見れば、悲観一色に見える近未来の日本の姿である。それらの制約を逆にプラス要因として受け止め、乗り越えることができれば、暴走列車、地球号を止め、一つの地球と折り合える持続可能な地球を取り戻すことができるだろう。
そのカギを握るのがデジタル革命である。ICT(情報通信技術)、AI(人工知能)、IoT(インターネットとモノの結合)などが互いに結びつき、相互依存を強め、これまで不可能と思われていた様々な問題を解決し、新しいライフスタイルを定着させることができるかどうかである。
デジタル技術を総動員して地下資源の活用を抑制し、徹底したサーキュラーエコノミー(資源循環型経済)を実現させる、地域分散型、地産地消型の自然エネルギーの供給システムの構築、人口減少下でも活力ある経済活動の維持と質の高い生活の構築、多様な生態系と共存できる農業などの人間活動が可能になれば、暴走列車、地球号を安定走行に切り替えることも可能だろう。
この際、腹をくくって、デジタル革命を推進し、既存の政治経済体制と決別し、一つの地球と折り合うための新しい知恵の発動、ルールづくりを目指して、サピエンスの代表として日本を実験場として挑戦してみる価値はあるだろう。
プロフィール
三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授。1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。