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【ベンチャー三国志】Vol.25

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

世界一の携帯電話会社実現をめざして奮闘する孫正義

世界一の携帯電話会社実現をめざして奮闘する孫正義

(企業家倶楽部2014年6月号掲載)

 米国ワシントンDC で300人の政府関係者、ジャーナリストらを前に孫正義は携帯電話会社上位2社の寡占”が米国の消費者に不利益を招いている、と訴えた。ソフトバンクの挑戦の背後には中国アリババ集団の株式上場計画がある。孫正義の賭けは吉と出るか、凶と出るか。(文中敬称略)(執筆:徳永卓三、三浦貴保、徳永健一、相澤英祐、柄澤凌)

孫正義、ワシントンDCで吠える

 ソフトバンクの孫正義は2014年3月11日、米国ワシントンDCで「携帯電話4位のTモバイルUSを買収し、同3位のスプリントと合併することが米国の消費者にとって、サービス向上につながる」ことを英語で訴えた。

 というのは米当局が「第3位と4位の連合は1つ会社が少なくなり、競争状態が保てず消費者の不利益になる」としてスプリントとTモバイルの合併に難色を示していたからである。孫正義はそうした当局への反論を試み、世論を味方につけようとした。

 3月11日、米国ワシントンDCで孫正義が通信業者、通信関係の行政当局、議会関係者、マスコミ関係者ら約300人に英語で演説した。

 初めは紳士的な口調だった。「私はアメリカを愛しております。アメリカは非常に美しい国です。そして夢が詰まった国でもあります。公平でオープン、そして自由の精神に溢れた国であると思います。心からこの国を愛しております。この国には16歳の時にやってきましたが、私の第二の故郷に戻ったような気がします。本当に幸せな気持ちで、みなさんに大変感謝しています」

 社交辞令もあったと思うが、16歳の時、息の詰まりそうな日本から脱出、自由の国アメリカの西海岸にたどり着いた時、孫正義は本当の自分を取り戻した。アメリカを第二の故郷と思う事は偽らざる心境である。

 さらにアメリカ礼賛の言葉は続く。「20世紀のアメリカは世界でナンバー1となり、人類のためのインフラストラクチャーのリーダーシップを取って来ました。鉄道、電気、高速道路、インターネット。これら全てはアメリカを世界でも最強のそして裕福な国に導きました」

 「(中略)インターネットはアメリカ人によって発明されたものです。情熱とビジョンそして技術を持ったアメリカの若い起業家達によってアメリカの成長はもたらされ、さらには世界の成長ももたらしました。インターネットは経済成長のエンジンとなっているのです。(中略)この成長をけん引しているものは、PCインターネットによって始まりましたが、もはやモバイルインターネットが通信の主流となりつつあります。(中略)世界全体で言えば、今後30億台近くのスマートフォンとタブレットが出荷されて行きます」

米国のネットの遅れを指摘

 ここから一転、アメリカに厳しくなる。「しかしながら、アメリカは遅れつつあります。おっと、アメリカというより『私』が遅れていましたね。(中略)情報ハイウェイはモバイルインターネットこそがインターネットのインフラの中心となるものです。その中心となるのが次世代ハイウェイ、LTEです。このLTE調査でアメリカは(接続スピードが)16カ国中15位となりました。(中略)アメリカが次世代で最も重要とされる情報ハイウェイで第15位というようなことがあっていいのでしょうか」

 時にジョークを混じえ、孫ワールドに誘い込む話術は天下一品だ。アメリカの聴衆はすっかり孫正義のペースにはまっている。

 孫はさらに続ける。「料金ですが、アメリカのネットワークはその接続スピードにおいて世界で第15位な訳ですが、その料金は世界で第2位の高さとなっています。この統計の話をすると、決まってアメリカ人の方が使用頻度が高いからと言われます。しかし、実際は日本人の方が使用量は5%多いのですが、料金は安い。ギガバイト当たりで比較すると、1.7倍の料金を日本人より多く払っていることになります。これでいいのでしょうか」

 最後に孫正義は日本でADSL事業に乗り出し、ブロードバンドでNTTとの戦いを挑んだ例を出して、改革の旗手であることを強調した。

 「(2001年、ソフトバンクの)時価総額が底値の20億ドルのタイミングでNTTに戦いを挑んだのです。そこから毎年10億ドルの損失を4年間出し続けました」

 「そのあと、200億ドルでボーダフォン日本法人を買収しました。(その結果)日本は最も高額で最も遅い国から、最速で最安値の国に生まれ変わったのです」

 時に吠え、独演会は60分に達した。米国に乗り込んで、原稿なしで英語で講演出来る日本人企業家は孫正義以外には見当たらない。「孫正義は大した男」(セコム取締役最高顧問 飯田亮)なのである。

 2013年末、日本経済新聞記者のインタビューに応じ、「カネは天から降って来る」とうそぶいた。確かに借り入れ金は10兆円を超え、もしソフトバンクの経営がおかしくなれば、金融機関も共倒れになる危険性がある。

 ある一定額の借金を超えれば、借りた者の方が有利になる。アメリカは中国と日本に国債(国の借金)を大量に買ってもらっているが、あまり弱腰になっていない。デフォルト(債務不履行)を宣言すれば、困るのは貸し手の中国や日本で、債権がゼロになり、大混乱に陥るだろう。

 ただ、金融機関は返済しない企業には1円たりとも貸さない。ソフトバンクが十分返済能力があると考えているから、これまで貸し込んできた。そして気が付いたら10 兆円を超えていたというのが真相だ。ここまで来ると、引き返せない。ソフトバンクと運命を共にしなければならない。孫正義がそのことを知っていて、「カネは天から降って来る」とうそぶいているのだ。

背後にアリババ

 では、金融機関が貸し込むきっかけになったのは何か。アリババ集団である。同社は2014年3月、米国市場で株式上場を準備していることを発表した。

 アリババ集団が株式上場となれば、時価総額は10兆円を下らないと言われている。ソフトバンクはアリババ集団の株式を36・7%保有しており、単純計算すれば、約3兆7000億円の含み益があることになる。

 孫正義が「携帯電話会社で世界一になる」と社内外に宣言して、2013年7月に米第3位のスプリント社を2兆円強で買収した裏には、アリババ集団の3兆円を上回る含み益があるからだ。

 しかも、アリババ集団の創業者ジャック・マーはソフトバンクの社外取締役でもある。普通30%以上の株式を保有していれば、経営権を握ることも出来る。ソフトバンクはベンチャー企業の自主性を尊重するため、アリババ集団の経営には口を出さない。すべてジャック・マーらアリババ集団の経営陣に任せている。

 ソフトバンクはいつ、アリババ集団の株式を保有することになったのか。

孫とマーとの運命的な出会い

 孫正義とジャック・マーは運命的に出会う。1999年暮れのことだ。日本の偉大なベンチャー企業家が北京を訪れた。マーは友人に誘われて偉大な企業家に関する説明会に出席した。マーはあまり気が進まなかったが、偉大な企業家にちょっと会ってみるかという軽い気持ちで出かけた。

 マーの説明の番が来た。マーがアリババのビジネスプランを語り始めると、偉大な企業家の目が輝き始めた。話し出して4、5分経ったろうか。偉大な企業家がマーの話を遮ってこう切り出した。「君の会社に投資しよう」。

 それまで38回もベンチャーキャピタル(VC)の投資申し入れを断ってきたマーがこの時は即座に応じた。なぜか。「同じ動物の匂いを感じた」とマーは言う。

 同じ志を持った者同士しか分かり合えない何かを孫正義とマーは瞬時に感じ取ったのだ。年が明けて2000年1月18日、アリババはソフトバンクから2000万ドルの出資を受けた。日本と中国でITバブルが弾ける数ヶ月前のことである。

 マーは米国の偉大な企業家ジェリー・ヤン(ヤフーCEO)とも手を結ぶことになった。中国系米国人のヤンと英語が堪能なマーは波長が合った。ヤンは中国を訪れると、決まってマーと会った。数年前に設立したヤフー中国は業績が伸び悩んでいた。意を決したヤンは2005年、ヤフー中国をアリババに託すことを決心した。同時にヤフー中国がアリババの株式40%(議決数は35 %)を保有することになった。

 ここにヤフー、ソフトバンク、アリババの強力な“三国同盟”が実現した。

 マーはITの専門家ではない。1965年杭州市に生まれた。88年、杭州師範学院外語校を卒業、英語教師になった。マーの英語は流暢である。2008年7月、本誌主催の企業家賞で大賞を受賞、記念講演をした時は流暢な英語で話した。余談になるが、ソフトバンクはこの日、アップルのアイフォンを発売、ソフトバンク躍進のスタートを切った。

 95年、通訳として米シアトルを訪問、マーは初めてインターネットと出会う。帰国後すぐにネット版電話帳、「イエローページ」を設立、ネット業に乗り出した。97年、イエローページを離れ、アリババを設立した。

 アリババは中小企業の煩雑な貿易業務を代行、海外事業を手助けする。98年末、18人の仲間とアリババを設立した。当時、中国は“世界の工場”として全世界に貿易を拡大していた。99年3月に業務を開始し、同年末には1日のアクセス数は8万件に達した。

 孫正義はこの頃から「インターネットを制するものが世界を制す。中国を制する者が世界を制す」と喧伝したものである。

中国ネット人口は5億人強

 事実、中国でのインターネットは急速に普及して行った。2012年初頭段階での中国のネット人口は5.3億人でアメリカを抜いて世界一になった。

 その中で、中国版ツイッターである「微博」(ウェイボォー)の使用者は2.5億に達しているという。外部から見ると、中国政府がインターネットをコントロールしているように見えるが、そうでもないらしい。

 中国政治を動かす中国共産党政治局員常務委員9人の実像を描いた「チャイナ・ナイン?中国を動かす9人の男たち?」(遠藤誉著)によると、中国政府もネット言論に神経をとがらせているという。

 インターネットで共産党幹部の腐敗や汚職が問題になり、ネットのオピニオン・リーダーが若い「網民」を一気に燃え上がらせる、という。政府はネットでの不満が現実の不満となり、第二の天安門にならないか、と冷や冷やしている。

 当然、ネット企業も勃興している。新浪、バイドゥ、テンセント、チャイナモバイルなどきら星のごとくある。その頂点に立つのがアリババ集団である。アリババ集団は企業間電子商取引(B2B)の「アリババ・ドットコム」のほか、オークション(C2C)サイトの「タオバオ」、オンライン決済システムの「アリペイ」、検索サイトの「ヤフー中国」などの事業部門を持っている。

アリババ、NYで上場計画を発表

 タオバオは日本のヤフーと楽天を合わせたようなもので、2008年段階で7000万人のユーザーを持っていた。そのシェア(市場占有率)は80%に達する。

 そのアリババ集団がようやく株式上場する。当初は香港市場への上場を目指したようだが、制約が厳しく、ニューヨーク市場に落ち着いたようだ。

 アメリカは大歓迎の様子だ。中国のインターネット企業の大物がアメリカに来るということで、IT業界が大騒ぎしている。先にソフトバンクが米第3位の携帯電話会社スプリント社を買収、米国上陸を果たしたのに続く、アジア企業の米国挑戦だ。

 さっそく、ウォールストリートジャーナルが3月25日付けのアジア版で「アリババ米上場は『大躍進』ではなく『長征』中国企業がNYに殺到しない理由」という見出しで報道した。

 アリババ集団の新規上場による調達額は150億ドル(約1兆5300億円)、時価総額は1000億ドル(約10兆2000億円)と見られている。アリババ集団の米国市場上場を契機に新浪など中国大手インターネットベンチャーの上場が相次ぐのではないかと現地では期待している。

 日米中の3カ国を舞台に孫正義やジャック・マーたちが大暴れする。正に現代版三国志だ。

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