会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2020年6月号掲載)
石炭火力輸出の見直しを提案
小泉進次郎環境大臣は2月下旬、石炭火力発電の輸出条件の見直しを話し合うことで関係省庁が合意したと発表した。構成メンバーは環境、経済産業、外務、財務の各省と内閣官房である。
昨年12月、スペイン・マドリードで開かれたCOP25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)に出席した小泉大臣は、国内外で石炭火力発電の新増設を進める日本への批判が予想以上に激しかったことを肌身で感じた。
COP25のスピーチで、小泉大臣は「石炭火力輸出の公的支援の制限」を表明しようと意気込んでいた。大臣の意向を受けて同省幹部が密かに経済産業省などに根回ししたが賛同は得られなかった。結局スピーチでは肝心の日本の石炭火力対策については一切触れず、温暖化ガスの一つである代替フロン削減の国際枠組みの立ち上げを提唱するに止まった。期待されたスピーチだっただけに参加加盟国や会場に集まった内外の環境NGOに大きな失望を与えた。国連のグテレス事務総長は日本の石炭火力発電の増設を「石炭中毒」と批判した。
国内の石炭火力維持勢力の牙城を崩せず、一敗地に塗(まみ)れたかに見えた小泉大臣だが、今年に入り「日本の公的資金が使われる見込みの海外での石炭火力発電所建設計画について、環境省として調査を始める」と表明し、日本の「石炭政策を変えたい」との意欲を示した。
今回、合意した関係省庁間の話し合いは、小泉環境大臣の強いリーダーシップの下で実現したものであり、国際的に批判の強い日本の石炭火力重視政策転換の突破口になることを期待したい。
計画では6月までに合意内容をまとめ、政府のインフラシステム輸出戦略に反映させ、11月のCOP26(英国・グラスゴーで開催予定)で日本の石炭火力政策の方向について小泉大臣が発言する予定だ。
石炭火力発電輸出については政府融資が前提になる。政府の融資は税金が財源なので厳格な融資条件(要件)が必要だ。2018年に閣議決定されたエネルギー基本計画にはそのための4つの要件が盛り込まれている。
安易な公費導入の4要件
第一の要件は、エネルギーの安全保障及び経済性の観点から石炭を選択せざるを得ない場合、第二は日本の高効率石炭火力発電への要請があった場合、第三は相手国のエネルギー政策や気候変動政策と整合性があること、第四が原則、世界最新鋭であるUSC(超々臨界圧発電方式)以上の発電設備の使用、である。
この4要件をみれば誰にもわかるように、もっともらしい理屈をつけて、公的資金で石炭火力を輸出しようとする政府(経産省)の姿勢が透けて見える。
要件1および3はいかようにも理由付けができるもので、あってもなくてもよい要件だ。核心は要件2と4で、日本の高効率石炭火力発電の輸出である。
だが、高効率型でも石炭火力は天然ガスの2倍のCO2を排出する。日本が独占していたUSCでさえいまや中国製が低価格で日本製品を追い上げている。
石炭火力輸出の現場レベルでは、「日本が手がけなければ、中国やロシアなど他の国が手がけるだけだ」と反発する声もある。この考え方は政府部内でも根強く存在する。
戦後日本のエネルギー政策は原子力発電と石炭火力発電を2本柱として展開されてきた。
だが時代は変わった。石炭が安価に手に入るといっても、一方で大量に排出されるCO2が深刻な自然災害を引き起こしている。差し引きすれば、自然災害の被害額の方が圧倒的に大きい。発電コストについても、米国などでは風力発電や太陽光発電などの発電コストが石炭火力を下回っている。石炭の優位性は失われている。さらに石炭火力発電は一度造られれば、廃炉になるまで40年近く稼働するのでその間大量にCO2を排出し続けることになる。
環境の視点からエネルギー政策を練り上る
石炭火力の時代は終わったのである。石炭火力の輸出を巡って、「勝った、負けた」、「損した、得した」の次元から日本は早く卒業しなければならない。それに変わって様々な再エネ発電の技術開発を推進し、その成果を新たな輸出プラントに育てていけばいいではないか。
戦後、国連中心外交を掲げてスタートした日本にとって、国際社会に背を向けた石炭火力維持、推進政策は明らかに矛盾している。
小泉氏は自民党若手のホープであり、将来の首相最有力候補者の一人とされている。この際、温暖化対策を含め、時代に合わなくなった日本のエネルギー政策を環境の視点から抜本的に改革するために政治生命をかけてもらいたい。
日本の主要な政策はエネルギーに限らずがんじがらめに省庁別の縦割り行政に縛られて身動きが取れなくなっている。
今の環境省は政策実施官庁ではなく、規制官庁として位置づけられている。石炭火力発電について言えば、環境影響評価(アセスメント)が主要な仕事である。石炭火力発電所が排出する様々な有害物質の検査や排出量、周辺住民に与える騒音や振動、悪臭などが事前に定められている環境基準に合っているかどうかをチェックする。これらの基準をパスすれば、経産省の権限で石炭火力発電の新増設は認められる。
しかしCOP25のような国際会議に日本を代表して環境大臣が出席すれば、海外からは石炭火力発電の許認可権を持つ官庁して見なされるだろう。英国やドイツなど環境政策を最優先させる欧州主要国では、環境とエネルギー政策を一体として推進しているため、日本の立て割り行政は中々理解されない。
最近の世界的な異常気象の原因を考えれば、温暖化対策は最優先課題であるはずだ。CO2(二酸化炭素)排出量の大きい石炭火力の縮小、全廃はいまや大きな国際潮流になっている。欧米諸国と比較して電力発電に占める石炭火力の割合が高く、太陽光や風力などの自然エネルギーの比率が低い日本は温暖化対策に不熱心な国と見なされてしまう。
日本経済の活力を取り戻せ
小泉環境大臣は、この際、規制官庁としての環境省から抜け出し、環境行政の展開で政策が対立ないし重なる他省庁を一つに束ねるためリーダーシップを発揮すべきだ。石炭火力については、経産省と同等の許認可権を持つ官庁に脱皮できるように努力しなければならない。
父親の元首相、小泉純一郎氏は「古い自民党をぶっつぶす」と叫び、孤軍奮闘しながら郵政民営化の実現に政治生命をかけた。時代の先を読む確かな目を持っていれば、エネルギー・環境一体の総合的政策展開が日本経済に活力を取り戻し、世界に貢献する道につながることは明らかだ。この課題に取り組むことこそが、首相候補とされる小泉環境大臣に求められる時代責任といえるだろう。
プロフィール
三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授。1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。