会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2019年12月号掲載)
「無印良品」を世界中に展開する良品計画の社長としてその名を馳せた松井忠三氏。赤字会社をV字回復させた経営手腕はつとに有名だ。その敏腕社長にもう一つの顔がある。それは「美食家」としての顔だ。毎年夏休みには海外のレストランを巡るのがライフワークという。それが高じていまや都内に一つ星のイタリアンレストランを経営するほどだ。元々食べ歩き好きというが、その美食探求はフードジャーナリスト以上。その原点はどこにあるのか、松井社長に食への想いを伺った。
問 毎年海外のレストラン回りをされているそうですね。
松井 今年はスペインに行きました。食はラテンの国が一番です。フランス、スペイン、イタリアの人々は人生を楽しむことに命を懸けていますから。
問 何時からレストラン巡りを始めたのですか。
松井 良品計画の社長に就任して翌年ぐらいからです。「しまむら」の藤原さんから、「夏休みは社長が率先して取得するべし」と言われまして。翌年以降、1月に決算が終わったら、2月1日に夏休みを決めて、社内で調節します。今年はスペインですが、少し腰を痛めたので、例年のように激しく3つ星レストランを回る旅は止めて、星付きだけでなく、地元の食材を中心とした店を回りました。
問 店選びも大変ですね。
松井 8カ所回りましたが、一番よかったのは「エル・ペスカドール」というマドリードのお店です。
問 きちんとレポートしておられる。
松井 整理しないと忘れますからね。
伊豆の自然の味で育つ
問 まるでフードジャーナリストのようですね。もともと松井社長が「食」に興味を持ったのはいつ頃からですか。
松井 子供の頃ですね。伊豆の農家の生まれですから、地元の美味しいものを食べて育ちました。採れたての野菜に囲まれていた。魚もハラモという鰹がありますが、これがものすごく美味しい。鰹は日本では鰹節にするので、脂が多いお腹と頭を落とす。でも一番美味いのが、お腹なんです。これを伊豆では海水につけて干します。これを焼いて温かい白いご飯で食べるとものすごく美味い。
問 伺っているだけで美味しそうですね。
松井 私は農家の18代目です。土地もあって裏の畑でナスとかキュウリとかいっぱい採れる。朝ぴゅっと取ってぬかみそに漬ける。お昼には早漬けで食べて、夜にはしっかり漬かっていて。採れたての野菜に慣れているんです。
問 それは大変ぜいたくなことですね。
松井 「菜のり」というものがありまして、菜の花が咲くころに取れるから「菜のり」。浜に出て、岩についたのりを採って海水をつけたまま干すと適度な塩分が残る。これを焼いてぽろぽろともんで、お醤油をちょっとつけて食べる。磯の強烈な香りがするんです。これはとてつもなく美味しくて、今は値段も高く1帖2000円くらいします。これを求めて今も店を調べて買い歩きます。子供の頃に食べた記憶はすごいんです。
相模湾でとれる桜エビ、刺身で食べられますが桜エビは干した方が美味しい。香りが出てくる。干して玉ねぎやキャベツと一緒に炒め物に入れると最高の調味料になる。結局とれたての魚や野菜など地域の味が、私のグルメの原点ですね。
18歳で上京してとにかく閉口したのが水が不味いこと。スイカが不味い。キュウリが不味い。ナスが不味い。出荷されて店頭に並ぶのに2、3日かかる。特にスイカは不味かった。スイカは連作できないので7年か8年しないと作れない。商売をする人は不便なので、瓜の苗にスイカの苗を接ぎ木してスイカをつくる。だから本当のスイカではありません。東京に出てきて、なんでスイカが不味いんだろうって。
問 子供の頃日常に食べていた味の記憶が原点ということですね。それで18歳まで育ったら東京は辛いですね。
松井 学生時代はお金もないから魚は端切れの頭かしっぽのところ、豚肉もすじのところを買ってきて柔らかく煮込むと美味しいんです。若い頃はお金もないのでそういう生活をしていました。C級グルメばっかりですね。
A級グルメ開拓へ
問 それがいつしか美食探求へと。
松井 社長になると会食の誘いがあって、行くのはA級グルメ。そこでA級グルメを開拓しなきゃいけない。ということで探し始めました。昔はミシュランも無かった。
問 どうやって美味しいお店を探したのですか。
松井 ミシュランが始まったのは2003年か04年ですね。それまでは料理本を2冊ずつ買って自宅と会社に置き、参考にしながら開拓する。当時は外れることの方が圧倒的に多い。今はミシュランと食べログと口コミの3つで一定の点数があるところは大丈夫。あとは「東京最高のレストラン」の編集長とかフードジャーナリストとか、そういう人たちはプロだから、色々知っている。最初は失敗だらけですが、だんだん良い店を探すレベルが上がってきました。
問 夏休みに星付きレストランを巡るとか。
松井 社長になって2年目の夏休みに、フランスの食事が付いていないツアーに行きました。ニース辺りから北上する。フランスのMUJIの社長にそれぞれのエリアで美味しそうな店を探してもらって。パリで初めて3つ星の「ラ・ブロワジー」に行きました。3つ星の料理を初めて食べて衝撃を受けた。豚の脳みそとか巨大なヒラメとかが出ましたが、すごく美味いんです。それ以降、ずっと3つ星を食べる旅をやって、今に至ります。
問 もう何年になりますか。
松井 16年ぐらいですね。フランス、イタリア、スペインなどヨーロッパがほとんどです。フランスに3つ星が27軒ぐらいありますが、行っていないのは3、4店ぐらい。何度も行っている店もあります。スペインも行っていない3つ星は数軒です。
美味しい店3軒
問 それだけ回られて1番美味しい、ここは良かったというお店を3軒教えて下さい。
松井 まずはフランスの「トロワグロ」。ここは鰯料理が完璧でした。鰯は繊細な模様が表面にありますが、あれを全く崩さないまま薄く酢で締めてあって、鰯の甘味と柔らかさがちゃんと残っている。きれいな鰯でした。トロワグロはMUJIのファンということで、ぶ厚い料理本をプレゼントしてくれました。
それからスペインの「アスールメンディ」。これはビルバオにありますが、ここのランチは6時間かかりました。12時にスタートして終わったのが夕方6時。ずっと料理が出てくるんです。
問 6時間とはスゴイ。どんな料理が出てくるんですか。
松井 鰯のアンチョビ。世界最高の完璧なアンチョビでしたね。塩っ辛さが全くなく、鰯の甘味が残っている。群を抜いて美味しかったですね。また卵の黄身にトリュフを注射針で入れたもの。卵の黄身を上手に使う3つ星は大体美味しいです。その他いろいろ出ましたが、素晴らしかった。
問 6時間となればお店の方も大変ですね。
松井 真剣勝負ですね。ミシュランの人が来た時にはそれで勝負が決まりますから。
問 それにしても本当によく記録しておられる。
松井 6時に終わって、ホテルに戻って一眠りして、朝の4時ぐらいに起きて、前日のメモと写真を見ながら記録します。これを残しておかないとね。あとはスペインのサン・セバスチャンにある「アルサック」です。
問 毎年ご一緒される奥様も大変ですね。
松井 ライフワークですから仕方がないですね。現地の元MUJIの永田さんが場所をいろいろ調べてサポートしてくれます。今年行ったのはバルセロナの「リアス デ ガリシア」以下8軒です。ここは海鮮料理のお店ですね。ガリシア地方から届く魚介をショーウィンドウに飾ってあって、ここから食べたいものを選びます。
問 どんなものを選びましたか。
松井 僕は大体全部食べます。海藻サラダやイベリコ豚の生ハム、パン・コン・トマテ、カナイアスという貝も出ました。牡蠣は日本のものと違って食べやすい。エクスピーニャスというアサリの仲間もありました。オリーブと塩で味付けて蒸してある。亀の手は日本のより大きくて美味しいです。デニアというカタルーニャ地方の赤エビは本当に美味い。味が濃くて大きくて1番美味い。
問 お話を伺っているだけで美味しさが伝わってきます。
松井 朝網に上がったら、すぐ海水を沸騰させて30秒ゆでる。その後海水に氷を入れた中に入れて直ぐに冷やす。そのまま出てきたのがこのエビです。赤エビの中で1番美味いのはこのデニアですね。日本のエビでこれに匹敵するのはないんじゃないかな。北海シマエビが近いですね。
問 この店は海鮮尽くしなんですね。
松井 そうですね。2軒目は「アバック」という新しく出来た3つ星です。ここはいま一つでした。3軒目は「ゴリアレストラン」というステーキのお店。赤身の肉がすごい。ミシュランの星はありませんが美味しかったです。
次は「エノテカ パコペレス」という2つ星の店ですが、味はまあまあでした。その次が「ドス パリーヨス」。これもバルセロナですね。「タパス24」という店にも行きました。ここは名前の通りタパス、小皿料理の店です。
問 スペインはタパスが多いと聞きます。ここはいかがでしたか。
松井 美味しかったですよ。鰯の酢漬けが完璧でした。牛すね肉とトマトの煮込みも美味しかった。タパスは炒めたり揚げたりしてすぐ出てくる料理と、作って置いてあるものもあります。
自然の味に敵うものなし
問 店ごとに得意メニューがあると聞きます。
松井 そうですね。7日目はマドリードに移動し「エル ペスカドール」に行きました。これが今回行ったレストランの中ではナンバーワンでした。8日目に「カサ ルシオ」というマドリードの超有名店に行きましたがダメでした。老舗で昔から有名でも、世代が変わってしまって残念ながらダメ。パン・コン・トマテに× 印がついているのはこの店だけです。それより「エル ペスカドール」は初めて行きましたが、「リアス デ ガリシア」をはるかに超える店があると驚きました。2ランクぐらい上です。
問 2ランク上ということは相当美味しいということですね。
松井 ここも素材がショーケースに並んでいて、それを見ながら注文します。1番最初に波の子という貝が出て来る。海水だけの塩味です。これもガリシア地方からくるんですけど、◎印をつけているので相当美味い。生ガキはフランスとスペインのガリシア地方のを同時に並べて食べると、ガリシアの方が美味い。亀の手は「リアス デ ガリシア」より少し小さいけれどとてもいい味で、お代わりしました。アサリはフライパンでポワレして、塩を振っているだけです。それにレモンをかけて食べる。自然の味です。だから3つ星より美味しくなる。
問 自然の味には敵わないということですね。
松井 ウニはパカンと開けると中に塩分が入っているので、その塩分だけで食べる。このウニは日本のものとは全く別物で美味しかった。天然の醤油味みたいな味でした。ちょっとたれに漬け込んであるような感じだったので、何のたれに漬けているのかと聞いたら、ウニそのものだと。
問 自然そのままの味ということですね。
松井 デニアの赤エビが出ましたが、完璧な美味さですね。そのあと生ハムが出てきましたが、これも完璧でした。サラダもシンプルで美味しかった。タコに赤パプリカ。その次がザル貝。ザルのようにぼこぼこしてる。正式名称はベルベレッチョ。これも単なる塩ゆでです。小さなイカのソテーは炒めると墨が出て黒くなりますが、これは深い味でした。
問 どれもシンプルですね。
松井 シンプルだから美味しい。自然のものを超えるのは相当難しい。デニアの赤エビも「キケ・ダコスタ」という3つ星レストランがあって、そこで同じ赤エビが出るんですけど、全く勝負にならない。漁港で上がったものを海水で30秒ゆでてくれた方がはるかに美味しい。材料をよく知っている漁師や農家の人が、昔からの食べ方で食べる方法が1番です。それに敵うものはありませんね。
問 ずっといろいろなものを食べてこられた松井社長が、「これを食べたら幸せ!」という食べ物は何ですか。
松井 やっぱり「菜のり」ですね。
問 原点が伊豆の自然の味ですから、それに敵うものはないということですね。