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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第54回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

小泉進次郎のスピーチ

(企業家倶楽部2020年1・2月合併号掲載)

1.進次郎節

ニューヨークの国連2019年9月22日のパブリックスピーチの中で環境大臣の仕事を「セクシー」と言ったために、予想外な方向で関心を呼んだ進次郎議員ですが、スピーチはどこからどう見ても天才肌です。しかも相当に努力した結果です。

私は「小泉進次郎の話す力」(2010年 幻冬舎)の著者でもあるので、何かとお付き合いがあります。そこで今年に入ってから最近2度、進次郎氏のスピーチを聞く機会がありました。その時に気付いたのが、間の取り方と言葉のリズム、身体表現という元々彼の優れた特徴だったものが時間を経てさらに磨き抜かれていることです。1つずつ見てみましょう。

2.間合いとリズム 
 ポーズ(間・間合い)。

 大勢の人が集まった時に聞き手がざわめいていれば、ポーズを十分にとって話し出すテクニックが世界で最もうまかった政治家はドイツのヒトラーです。せっかく集まっているのにちっとも喋りださないで、群衆の期待がピークに達した時にやっと話し出すのが彼のやり方です。

 進次郎氏も「こんにちは、皆さん」と言った後、一瞬の間をおいて最初はゆっくりした話し方で話し始め、次第にピッチを上げていきます。例えば私が測定した街頭演説の場合の話し方は1分間が210文字(漢字とひらがなが程よく混じる平均値)でした。これは私が日本人の2者間の対話中平均ワード数を取った1分間266文字よりもかなりゆっくりしています。ところが、話が始まるとどんどんピッチが上がり1分間300文字をはるかに超えていきます。この間合いの変幻自在さによって、皆聞き耳を立ててしまうのです。

 さらにリズムについては、1つずつのセンテンスが短くて最初の文章の頭(頭韻)あるいは文章の終わり(脚韻)を揃えることでリズムを作っていきます。これについては議員会館で進次郎氏と話した時に面白いことを聞きました。

「街頭で歩いている人、急いでいる人に聴いてもらうにはとにかくワンフレーズで最初の1分間が勝負ですね。記者会見だって同じでしょう。皆忙しい中で聴いていますから、それで聴いた人皆をファンにするつもりでよく聞こえるようにやっています」

 ワンセンテンスが短く、頭を使って決め言葉を選んでから話す。そのリズムが聞き手に心地よいのです。リズムがダラダラとしている人の話は誰も聞かないです。質問をされて答えを言えばいいのに中間をダラダラというのもダメです。提案や売込みで結論を言わずに時候の挨拶など雑談をしている人もダメです。短くリズミカルに話せるかどうか、それがスピーチを聞かせる人の条件です。

 例えば子ども手当に関する次の発言(10年7月5日)です。

「もらっている人は、もらうと嬉しいでしょう?けれど、それは将来、子供1人に1万3000円の負担を押し付けることになるんですよ。皆さん、どっちがいいですか?」 ちなみに、これまで私が測定した中で、一文が最も長い政治家は橋本龍太郎首相(96年~98年)でした。


3.身体表現

 人間の体が様々なことを表現することについては、私のパフォーマンス心理学で最もたくさんのデータがあるところです。人間の身体表現の内、止まっている状態を姿勢(ポーズ)、動いている状態を動作(ジェスチャー)と呼びます。進次郎氏の場合この動きのあるジェスチャーが非常に上手い。動作を研究する『キネシクス(動作学)』の視点で分析してみると、例えば町で演説をした時の10分間中の視線のデリバリーを見てください。10分間中、右に振ったのが35回、左に振ったのが33回。これは青森県でのデータでした。

 最近の私が聴いた彼の2回のパブリックスピーキングでも、「人生100年」について話したのですが、産休を取るか取らないか世間で今騒がれている彼自身が関係のある問題については、「産休の問題ですがね」と言ってグルっと室内を見回しました。右も左も同じ視線のデリバリーです。

 そして間を取って「産休の取り方については・・・」と話し始めました。この視線のデリバリーと体の向きが左右均等でした。さらにマイクを右手で持って左手を動かすか、スタンドマイクの場合は両手をフルに動かします。父親譲りの髪型ですが、激しく動くため、髪の毛も動く。それが非常に目立ちます。

 表を見てください。あのスピーチの名手ジャパネットたかた創業者の髙田明氏が「言葉で喋る、手が喋る、体が喋る」と常に私に話してくれますが、まさにその通り進次郎節は身体全体で表現しています。

 さらに、ここ数カ月ネクタイの色が変わっているのが注目されています。これはパフォーマンス学から「オブジェクティクス(物による自己表現)」と呼ばれている分野です。ネクタイも会場に合わせて、その都度色を変えるのが特徴です。深く考えて自分を見せているスピーカーなのです。間の取り方、リズム、身体動作、全てが出来てやっとリーダーのスピーチとして聴いてもらえます。新入社員の営業マンも学校の教員も同じことです。これくらいできないと、とてもスピーチで人の心は惹きつけられないでしょう。

Profile

佐藤綾子(さとう・あやこ)

博士(パフォーマンス心理学)。日大芸術学部教授を経て、ハリウッド大学院大学教授。自己表現研究第一人者。累計4万人のビジネスマン、首相経験者など国会議員のスピーチ指導で定評。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。『部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)など単行本194冊、累計323万部。

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