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メディアドゥ 社長 藤田恭嗣

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

デジタルコンテンツは「消費」から「資産」へ

デジタルコンテンツは「消費」から「資産」へ

(企業家倶楽部2021年7月号掲載)

「紙離れ」が言われて久しい。数字で見ると一目瞭然である。紙の書籍と雑誌の国内出版市場は、1996年の2兆6500億円をピークに下がり続けて、2020年には1兆2200億円へと半減している。一方の電子コミックを中心に「電子書籍」市場は前年比20%増の勢いで伸びており4000億円規模に成長。電子書籍の拡大に伴い、出版業界全体の市場規模は回復傾向にある。その中心にいるのが出版業界のDXをけん引するメディアドゥだ。4年前の2017年に電子取次最大手の出版デジタル機構を子会社化し、圧倒的なトップ企業となった。「やっと自分たちが描いてきた事業を手掛けられる」と社長の藤田恭嗣は新たな挑戦に目を輝かせる。(文中敬称略)


 逆風すらも追い風に変える

 若者の「活字離れ」や「紙離れ」が進んでいると懸念する声もあるが、インターネットが誕生し、消費者がコンテンツに触れる媒体が「書籍」や「雑誌」から、スマホを中心にネット経由へ移行したのであって、紙離れを嘆くのはそもそもナンセンスなのかもしれない。かくいう大人も通勤電車の中で新聞を広げる光景はほとんど見掛けなくなった。出版業界でも遅れていたデジタル化がコロナウイルス感染拡大という外的要因がきっかけとなり進行しつつある。
 
 2006年から電子書籍事業を始めたメディアドゥは、現在までに電子書籍を扱う出版社の99%に当たる2200社と口座を持ち、大手を含むほぼ全ての電子書店150店と取引をするなど圧倒的優位なポジションを確立している。流通総額は1550億円となり、世界でもアマゾンに次ぐ第2位の電子書籍流通シェアを誇る。

 2021年2月期の売上高は835億円(前年比27%増)、営業利益は26億6000万円(同44%増)と売上・利益ともに過去最高を更新。売上げの98.6%に当たる823億円を主力の電子書籍取次事業で稼ぎ出している。

「コロナウイルス感染拡大は予想外でしたが、巣篭り需要に対して、広告やキャンペーンの企画を多く立て、電子書籍の認知度が上がったことが大きい」と好業績の理由について藤田は分析する。

 コロナ禍での課題もあった。社員は在宅勤務を余儀なくされ、リモートワークが増えると、以前のリアルの打ち合わせ時よりもコミュニケーションを取ることが難しくなったと藤田は感じていた。そこで、新しい企画を立てる際に、取引先や他部門と積極的に打ち合わせの時間を作り、相手を思いやり、独りよがりの考えにならないようにと指示を出した。

 さらにマネージャークラスには、社員間でコミュニケーションの時間が減った結果、疎外感や孤独を感じないように「誰一人も取り残さない」という強いメッセージを送り、組織としての結束力を維持した。


 次なるステージへ飛躍

 2017年に思い切ったM&Aを実行した。電子書籍取次最大手の出版デジタル機構を業界2位のメディアドゥが逆に子会社化したのだ。藤田はこの大胆な事業戦略を進めるに当たっては、組織統合のプロセス(PMI)を3段階に分けて慎重に進めた。出版業界は作家と出版社など人との繋がりが強く、俗人的な部分が多いためしこりを残したくなかったのだ。

 第1段階の「経営の統合」については、資本はメディアドゥが100%を占め、取締役会を運営するため迅速に進んだ。次に「事業の統合」は、取引先をメディアドゥに一本化し、別々に動いているシステムを新システムへ統合するのに時間が掛かり苦労したが完了した。最後に「意識の統合」だが、2つの組織は成り立ちも違うため、改めて自分たちはどういう想いで事業に当たるのかという「ミッション・ビジョン・バリュー・クレド」を制定しながら融合していった。

 3年という時間をかけてPMIを完了したことで、今後も拡大を続ける電子書籍市場での新たな価値の創造という大きな挑戦へ踏み出す基盤が整った。メディアドゥの強みである、独自の「ポジショニング」と「テクノロジー」を活かし、「ひとつでも多くのコンテンツを、ひとりでも多くの人へ」というビジョンに向かってギヤを一つ上げた。

 コンテンツの資産化
  「以前から私たちはデジタルコンテンツのアセット化を提唱してきました」と藤田は言う。本や音楽や映像といったデジタルコンテンツは購入して消費したら終わりではない。ブロックチェーンという新しいテクノロジーを駆使すれば、個数の概念を持たすことができ、「資産」として取引が出来るようになる。

 「2020年末からサービスが始まった米国NBA(プロバスケットボールリーグ)選手の写真やプレイ動画の取引をするNBAトップショットの成功は大きい」と藤田は新しい可能性について語る。人気選手のダンクシュートシーンなど短い動画にシリアルナンバーを持たせ、所有証明があるデジタルカードとして売買され、すでに500億円超の取引がされている。

 ゲームやアート業界で注目されたNFT(代替不可能なトークン)の台頭により、新たなデジタルコンテンツ時代が幕を開けた。世界中のあらゆるコンテンツを資産化する試みがされている。自動車や不動産などのように資産化できると音楽やマンガなどのデジタルコンテンツも資産として価値を持ち、セカンダリーマーケットで取引できるようになるのだ。

 デジタルコンテンツの普及につなげれば、ユーザーのみのメリットだけでなく、新たな収益源になり、作家や出版社にも還元できるようになる。年内にもデジタルコンテンツの取引を行うNFTマーケットプレイスをリリースするため、準備を進めている。

 出版業界のDX推進

 様々な出版社から出たコンテンツが電子化され、Kindleストア、LINE マンガ、楽天Koboといった多くの電子書店で販売される現在、言わばその架け橋を担っているのが電子書籍取次のメディアドゥである。出版社が自ら営業して数多ある電子書店を開拓し、それぞれと契約をまとめて個別に管理していくのは至難の業だ。もちろん、逆もまた然り。そこで、両者の間に入り、出版業界のDXを推進しているのがメディアドゥというわけである。

 同社はユーザー利用率上位20書店の全ての電子書店と契約しているため、出版社からすれば自社商品を広く流通させることが可能。また、電子書籍事業にはユーザーが書籍をダウンロードするための配信サーバが必須となるが、メディアドゥはそこも含めて提供するため、書店側としても、わざわざ自社システムを構築せず安価に事業を進められる。

 このポジショニングを活用し、出版社と電子書店と連携した様々なキャンペーンを立案し実施できるのが強みである。出版社に対して、電子書店での毎月の膨大な売上データを集計し収益を分配している。このように、いまや同社は電子書籍業界に無くてはならない存在に成長した。

 電子書籍の市場規模3750億円の内、既に35%がメディアドゥ経由という実績が示す通り、出版社と書店双方からの信頼が厚い。

 独自のポジショニング

 メディアドゥは言わば、業界における絶好の立ち位置を占めることとなったわけだが、ここに収まるまでには、同社創業社長である藤田恭嗣の苦い経験があった。20歳で会社を創業した藤田は、携帯電話販売に始まり、インターネットを駆使した様々なビジネスを手掛けた後、2004年に携帯電話音楽「着うた」の配信事業へと至った。

 着メロ(着信メロディ)が流行していた当時、実際の楽曲音源を配信すればユーザーは必ず食いつくとの読みで、藤田はゼロから各レーベルを回り、開拓営業を行った。しかし、音楽業界はそう甘くはなかった。マイナーな洋楽やレゲエ音楽といった領域しか残されていなかった。

 それでも2年目には年商8億円を達成したが、藤田はふと立ち止まって自問自答した。

 「この業界のマーケットは1000億円。そのうち我々が取っているのは1%程度だ。正直、将来的にマーケットで圧倒的シェアを確立するのは難しい。それが分かっている事業をやり続けるのか」

 逆の発想でどの領域ならマーケットシェアが取れるのだろうかと考えてみた。現在の強みを考えると、①モバイルインターネット、②著作物流通事業、③集客・広告のノウハウ、④将来の可能性を掛け合わせて、「電子書籍流通事業」に思い至った。

 版権元からライセンスを受け、そのコンテンツのファイルをデータ化してサーバに入れる。これをストア経由でユーザーに売る。その履歴をデータベース管理し、印税を分配する。音楽配信時代に取り組んでいたこの一連の流れが、見事に生きる。

 「これだ!」と手を打つ藤田。当時は音楽配信事業も伸び盛りであったため、40名弱いた正社員は全員反対したが、藤田は諦めなかった。賛同を得られた2人の役員と共に、ひっそりと舵を切った。2006年11月にはシステムが完成。こうしてメディアドゥは、電子書籍業界に参入した。 
 それも、自らが電子書店になっては元も子もない。音楽配信においてはコンテンツ提供者の一つであったため、ひしめく競合に悩まされた。その経験から、電子書籍事業においては上流の「取次」という立場を取りに行ったのである。 
 メディアドゥは、自社のポジションを「電子書店と出版社の中間点」と明確に定めている。


 文化の発展に貢献

 なぜメディアドゥはここまでポジションにこだわるのか。そこには、「ひとつでも多くのコンテンツを、ひとりでも多くの人に届けること」という確固たる事業理念があったからに他ならない。これは著作権法第一条に照らして藤田が作ったものだ。

 著作権法の第一条には、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」とある。

 すなわち、「著作物は文化の発展に寄与するため、出来る限り広く利用してもらえるように努めよう。ただし、海賊版や不正配信が出てきて著作者が適正な利益を得られないことを防ぐため、厳正に保護しよう」というわけである。藤田はこの「著作物の利用と保護を調和する」という概念に感銘を受けた。

 彼に言わせれば、「読書は人々の民度を上げ、文化の発展に寄与するもの。ゆえに、出版業界に身を置く企業として、良作が生まれ続ける環境整備に貢献せねばならない」という大前提がある。

 そこでメディアドゥでは、コンテンツの管理や、印税の分配、どの書店でどれだけ売れたかといった情報把握を一つの管理画面で行えるようにするなど、出版社が面倒に感じる業務を一手に担う。これにより出版社は作家の発掘・育成に注力できるようになり、ひいては作家へ適正な報酬が支払われる環境が整うことで、良作が多く生まれる土壌を作ることにも繋がる。

 ゲームチェンジャー

 こうした想いを実現させていく有力な手段がテクノロジーだ。前述の通り、メディアドゥの特長はただコンテンツを右から左に流すのではなく、システムをセットにして提供できる点にある。

 従来の出版業界は、テクノロジーに疎かった。紙の部数が減少しているという危機感こそあれ、今後業界全体をどうしていきたいかというビジョンが不明瞭なため、DX化が重要なことは分かっていても、現時点での業務を効率化する程度にしか考えが至らなかったのである。

 片やメディアドゥは、元々インターネット事業を展開していたテクノロジードリブンの企業である。出版業界が持っていなかった思想を軸に、出版DXが進むことだろう。

 出来る限り多くのコンテンツをユーザーに届けるのがメディアドゥの使命だ。理論的に考えれば、インターネットを利用した電子書籍の方が流通しやすいのは確か。ただ、現在は紙で出版された全てのコンテンツが電子化されているわけではないため、まずはそこに貢献していくことが必要となる。

 電子書籍市場の堅調な成長や出版デジタル機構のPMIを完了し、新たなステージに挑戦することで、2022年2月期決算では、大台となる売上高1000億円、営業利益30億円を見込む。

 さらなるメディアドゥの飛躍のためには、世界中で立ち上がってきたデジタルコンテンツの資産化(DCA)の実現が外せないだろう。業界内での独自の「ポジショニング」と自社内に100名のエンジニアを抱える「開発力」で出版業界のゲームチェンジャーとなり、閉塞感を打破していくに違いない。


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