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【地球再発見】vol.26 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

新型コロナが問う「独裁」と「自由」

(企業家倶楽部2020年6月号掲載)

 新型コロナウイルスについて、テレビ番組に登場したある私大教授が最後にこんなコメントを残した。「(感染症を撲滅するには)独裁国家の方がいい、といった議論に発展しなければいいんですが…」と。

 そこで番組は終わったが、なるほどと思った。もちろんその教授の念頭には中国の存在があった。

 武漢市で始まり、世界を攪乱している新型感染症。中国当局のおかしな行動がいくつかある。19年末から武漢の感染症に「警鐘」を鳴らしていた医師を危険人物として拘束した。それが発端だったが、隠蔽目的は明らかだった。

 20年に入り、新型コロナの発生が世界に伝わったが、中国当局が2月半ばに1週間に2度、感染者数の「数え方」を変えたことを思い出してほしい。増え続ける感染者数が2月末に急減したのだ。それにはワケがあり、検査時点で「陽性」であっても、症状がない人は数えないことにしたそうだ。

 それから約1カ月後の3月末の一時期、武漢市、湖北省では「新たな感染数ゼロ」が続いていた。信じられない話だが、直前に習近平国家主席が武漢入りしたので、地元政府が忖度した、と勘ぐる向きもある。1党独裁の思惑通りの展開だ。

「独裁」と言えば、WHO(世界保健機関)もちょっと気になる。WHOを「フウ?」と読んだ人がいるが、実はあのテドロス事務局長は中国と親密なエチオピアの元外相だ。彼は中国の言い分を鵜呑みにしているとの批判を浴び、ネット上では辞任要求が飛び交っている。

 新型コロナが拡散し始めた1月28日、WHOがあるスイスから武漢ではなく、いきなり北京を訪問しメディアを驚かせた。その際習主席に会ったことから様々な憶測を呼んでいる。会談後「中国はよくやっている」と当時としては奇妙なコメントを残した。

 新型コロナについて、WHOの「パンデミック宣言」(世界的大流行)は遅すぎる、と世界はイライラしていたが、宣言は3月12日まで待たなくてはならなかった。パンデミック宣言のような重大な案件は事務局長の判断に任されているらしい。WHO事務局長はそれだけ独裁色が強いと考えるしかない。

「独裁国家」の典型例、北朝鮮では新型コロナの感染者は報告されていない。だが、世界の多くが彼らの情報はウソだと思っている。独裁体制は時折こういう風に見られる。

 しかし、一方で民主主義社会のイタリアなど欧米が新型コロナに苦しみ、「独裁」並みの強権的手法を繰り出している。パンデミックの第二波は欧州と米国だ。死者数では4月初めの時点でイタリア、スペインが中国を上回り、楽天的なはずのラテン国民があわてふためいている。感染者数が世界最大になったアメリカのトランプ大統領はGM(ゼネラルモーターズ)やフォードに対し、戦時下の国防生産法を持ち出し、「人工呼吸器の生産」を〝命令〟した。

「独裁国家」と「自由主義国」の双方が非常事態と称して人権を制限する事態に発展している。どちらの政治体制がいいのか、底流では、ある種の覇権争いが始まったとみてよい。

 世界の自由主義陣営がめったに実行することがない「国境封鎖」「都市封鎖」「外出禁止令」などが続出している。それでも感染拡大が止まらなければ、〝強権発動〟が必要になる。その際、国家存亡の危機を回避するには独裁の方がいい、といった短兵急な考え方が広がることが心配だ。

 今必要なのは強力な政治的リーダーシップであって、国民の自由を奪う独裁ではない。日本も然り。首相はリーダーシップを発揮して決断し、具体的政策は自治体に任せる。

 厳しい規律と自由な精神――その微妙なバランスを維持して災厄に打ち勝とう。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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