会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2020年4月号掲載)
1.バウンスバックとレジリエンス
1998年11月生まれ。まだ21歳のゴルフの渋野日向子選手(シブコ)が日本中の注目と愛を集めています。
なぜだろうかと考えると、真っ先に皆が思い浮かべるのは彼女の笑顔。けれどトップリーダーや経営者、そして高い目標に挑んでいる人々が最も学びたいのが彼女のバウンスバック力でしょう。
ゴルフ用語のバウンスバックはボギーを叩いたり、池ポチャしたりした結果、普通ならば気落ちして次がめちゃくちゃになるところを、直後のホールでバーディ以上のスコアを獲得する率がバウンスバック率。
今季の渋野選手はこのバウンスバック力がすごい。ボギーやダブルボギーが出たあと、一瞬誰にもわからない0.5秒ほどの唇の噛みしめをみせるけど、次のホールに向かったときには笑顔を取り戻す。
この反発力が気持の強さを示しています。従ってゴルフでのバウンスバック率は気持ちの強さを示す数字。パフォーマンス心理学あるいは一般心理学でレジリエンスと呼ばれている力です。抵抗力・復元力を指します。
9月の日本女子プロ選手権コニカミノルタ杯でも結果を出さなければいけないと自分にプレッシャーを掛けすぎて33位に終わったけれど、そこで何かが吹っ切れて自分の中ですぐにバウンスバックをやってのけ、12月の女子ゴルフツアーでは大観衆の中で鈴木愛と競り合いました。結果的に賞金女王争いは鈴木が1位、渋野が2位だったけれど、日本中のゴルフ好きがかじりついて観ていたのは渋野のこのレジリエンスの強さです。
企業や私のような研究者であっても、上手くいかないときはかならず来る。そのときにそこでめげて諦めるか、なにくそと更によい成績をあげるかは本人のこのバウンスバック力あるいはレジリエンスの力。
何よりも渋野選手から学びたいのはそこだと私は思います。
2.笑顔パワー
シブコちゃん、と応援の人々から声がかかるとそちらに軽く手を振って笑顔で応える。あるときのテレビインタビューで「シブコちゃんと呼ばれるのはどうですか」と聞かれ、「嬉しいです」と答えた彼女。
ゴルフでクラブを握っている最中はやたら神経質になって声援が飛んだだけでも目くじらを立てる選手がいる中、このシブコちゃんの笑顔は最高です。
私の実験による笑顔の3つの効果は
1.相手の警戒心をとく
2.親密感を伝える
3.相手のやる気を喚起する
この笑顔の力で更に応援団が増えていく。これが今彼女の実際に使っている笑顔パワーです。最初からできたわけではない。 失敗のたびに渋っ面が出ていた自分をこれからは笑顔で切り替えようと決心し笑顔に変えた、というインタビューも前にありました。
高校卒業してすぐにプロ界に飛び込んだ彼女が身体で会得したのは『笑顔にはパワーがある』ということでしょう。
3.ニックネームやキャッチフレーズが固定したら勝ち
渋野選手には「令和のシンデレラ」のあだ名がついています。
別名はスマイル・シンデレラ。いずれにしてもシンデレラ・ガールだと思われ、しかも活躍したのが令和元年・令和2年の現在。一番注目されていますから令和のシンデレラも当たっている。
このあだ名が付くか付かないかというところが実はビジネスでも政治家が投票してもらうのにも大きなポイントです。
例えば「リンゴの皮むき工法のベステラ」とか吉野社長が率いるベステラには「皮むき工法」という一つの大きな売りの言葉があります。
どのような会社でも、その会社を何も知らない人に説明する時に一つの言葉で「○○の誰々さん」「○○の何々社」というふうに一言でその人を説明する特徴を持った人が勝ち。よく覚えてもらうことが仕事をとるとき、人脈を作る時の第一歩です。
属性のキャッチフレーズ化とパフォーマンス学では呼びます。
4.後付け目標OK
ゴルフの石川選手の小学校や中学校の発言や日記帳のコピーを見ると、大人になったらマスターに出場するなど、いくつか年数ごとにくっきりはっきり目標が書いてあるのが特徴です。
ところが渋野選手については全英オープンで優勝するとか具体的な目標を明示しない中で次々と自分が成長するごとに高い目標をクリアしています。
一つの目標をクリアしたことで自己肯定感があり、更に強い目標を言うことができる。このやり方で目標が時間に沿って変わっていくのが渋野選手。
実は企業にもこの2種類があります。
老舗企業など、例えば『にんべん』や『文明堂』のように初代からお店の目標が設定され、それを皆で伝承していくやり方が一つ。
けれど、ベンチャーによくあるのは実際に、例えば自分自身が興味あって何かを開始した。そしてやっている内にそれが社会貢献することがわかり、目標は社会貢献意識のある高いビジョンに言い変わった。実名は出さないけれどベンチャーではよくあるのが目標の後付です。自分が激しく成長していくから目標が後付で、次第に変わるのはありだと思います。
実はパフォーマンス心理学も学問のベンチャーです。40年前日本で開始したときに、私が掲げた目標は人間関係づくりでした。そして途中から更に日本人の自己表現力養成による社会貢献というビジョンが加わり今に至っています。
自分の成長や仕事の成長につれ、目標もステップアップしていくのを渋野選手が教えてくれた「それはありだ」という感動です。
Profile
佐藤綾子(さとう・あやこ)
博士(パフォーマンス心理学)。日大芸術学部教授を経て、ハリウッド大学院大学教授。自己表現研究第一人者。累計4万人のビジネスマン、首相経験者など国会議員のスピーチ指導で定評。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。『部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)など単行本194冊、累計323万部。