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【核心インタビュー】NEW VALUE 代表取締役社長 坂本 孝 氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

企業家精神を持った料理人を育てたい

(企業家倶楽部2010年1・2月合併号掲載)

1990年にブックオフコーポレーションを創業し、16年で900店舗まで拡大。中古本業界でシェア6割を誇る圧倒的ナンバーワンのチェーン店を作り上げた坂本孝氏。2007年にブックオフのトップを退任後、現在は外食産業で新たな飲食店事業の立ち上げに挑戦している。坂本氏は「企業家精神を持った料理人を育て、日本の食を世界に広げたい」と熱い思いを語る。(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)

フィンガーフード業態をつくる

問 先日、NEWVALUEが手がける居酒屋「総本家唐とん」の神谷町店に行ってきましたが、店内は満員でした。串焼きなどが美味しかったです。

坂本 ありがとうございます。おかげさまで毎晩7時頃になると、満員になるんです。

問 NEWVALUEは現在、唐とんだけではなく、葱(ねぎ)料理を味わえる「葱や平吉」銀座店なども手がけていますね。外食不況と言われる中での旅立ちになると思いますが、坂本さんはどのような計画を立てられているのでしょうか。

坂本 私はブックオフを率いていた頃から、豆富創作料理の「三代目茂蔵」古淵店などの居酒屋を運営していました。ブックオフとは別の会社として立ち上げて、それらの飲食事業を信頼ある人に全て任せていたのです。現在も上手な経営をしています。この他にも居酒屋事業に出資しましたが、放漫経営で破綻しました。そこで私共が4店舗すべての株式を買い取って再建しようと考えました。ブックオフを退任した時期でもあり、ちょうどいい機会だったのです。早速内情を調べると、食材の調達費や人件費などのコストが異常に高く、ずさんな経営でした。それを立て直すために、お客様に対するコンセプトやメッセージをはっきりと打ち出し、メニューも大幅に変更したのです。その効果は表れているのですが、まだまだ弱い。そこでブランドを一新しようかと考えています。

問 どのような新ブランドにするのですか。

坂本 例えば、唐とんという店名は意味が曖昧です。そこで「八重洲串や」という新しいブランドで展開します。八重洲をつけた意味は、ブックオフを東京駅前にある八重洲ブックセンターの隣に出店したかったという夢があったからです。ブックオフでは叶いませんでしたが、今回飲食店でそれを叶えたいですね。串やとつけたのは、串に特化した飲食を手がけるというコンセプトを明確にするためです。

問 顧客ターゲットや価格帯はどうでしょうか。

坂本 顧客ターゲットは30代から40代の仕事帰りのビジネスマンです。彼らが串を左手に生ジョッキを右手に持って、会社の未来や社会のあるべき姿を語るのです。「今日も大変だったけれど、こういう夢を持って明日も頑張ろう」。そういう職場のコミュニケーションの場になる飲食店を作りたい。価格帯は2000円前後の低価格で楽しめて、串焼きを食べて生ビールを3杯飲めるようにします。串焼きを手に持って語り合う「フィンガーフード」業態を作りたいと考えています。

問 料理はどのようなものになりますか。

坂本 串のメインは豚になります。冷凍食材は極力避けて、お客様の前で調理します。串焼きでは備長炭を使い、店舗で仕込みをします。低価格路線のチェーンでは、セントラルキッチンで串に食材を刺したものを冷凍で送ったりしていますが、それでは味がよくなりません。我々は手作りにこだわります。

問 手作りだと、作り手の技術も必要ですね。

坂本 今は唐とんを4店舗運営していますが、食べ歩いたら、店舗によって味がぜんぜん違います。同じ炭で焼いても、調理の心構えや調理の気配りで味が変わることを実感しました。一番美味しかったのは、中国から来た留学生が作った串焼きです。その動きをよく見ると、まずは仕込みが重要だと分かります。例えば、肉は薄くするのではなく丸めてまんまるにします。肉汁の旨さを逃さないように、回転させて焼く技術も必要です。炭の使い方も上手な人と下手な人では、一日の炭の使用量が倍も違います。炭を上手く使ったほうが、美味しく焼けるし、効率もいいのです。

のれん分け制度で飲食業界を活性化する

問 なぜ飲食業に注目したのでしょうか。

坂本 人材の宝庫であると感じたからです。飲食業界は長年、労働条件が悪い環境でした。長時間労働の割に安い給料です。転職も多いのですが、他の業界に行くわけではなく、飲食業界の中で転職していることが多い。だから環境もそれほど変わらず、最初に抱いた夢を失う人もたくさんいます。でも彼らは一生懸命努力する姿勢もあるし、志や独立精神も高い。問題は、彼らを育てるマネジメントが不足していることでした。そこで私がブックオフで培ったマネジメントを活かせるのではないかと思ったのです。

問 坂本流のマネジメントで彼らを燃え上がらせることができれば、人材も成長し、飲食業界の発展につながりますね。

坂本 飲食業界の特徴は、資本力や店舗が小さくても味や接客がよければ成功する点です。一般的に、本屋や中古ショップ、レンタルチェーンなどは、大型店のほうが品揃えも豊富になるし便利なので、お客様からの支持も高い。だから大型店や全国チェーンを作り上げる競争になるし、最終的には資本力やブランド力のある企業が勝ちます。ブックオフやTSUTAYAはその象徴でしょう。

 しかし飲食業界の場合、カウンター10席の小さな居酒屋の隣に全国チェーンの居酒屋が出店しても、どちらも成り立ちます。小さな居酒屋でも、料理が美味しかったり接客サービスなどが良ければ、人気になれるしリピーターもつくので、十分にやっていける。資本力やブランド力などの後ろ盾ではなく、努力と工夫によって成果が正比例するのは飲食業界だと思ったのです。10坪の本屋と1000坪の本屋が隣同士ではそうはなりません。10坪の本屋が勝つのはまず無理でしょう。

問 坂本さんの企業家精神も益々高まっていますね。

坂本 2007年にブックオフを退任した時、その後の人生をどう過ごすべきか。私もいろいろ考えました。創業者として持っていた株の売却でキャピタルゲインもあったので、例えばハワイで優雅に酒とバラとゴルフ三昧の日々を過ごすこともできました。しかしそれではすぐに飽きるだろうし、やり残したこともあると思ったのです。やり残したこととは、立派な企業家を数多く育てることです。起業することも大切ですし、たとえ企業で社員として働いていても、成長した人材が分社化で独立する「のれん分け」のような制度が必要だと思いました。

問 のれん分け制度は、カレーハウスCoCo壱番屋などがうまく行っているようですね。

坂本 まさに壱番屋の事例は、非常に参考になります。あとは美容室チェーンを展開するアルテサロンホールディングスですね。この2社は自社で育てた社員と直営店舗を分社化して独立する仕組みをうまく整えています。すでに育った人材と店舗なので、独立後も失敗することが少ないし、継続的な発展も見込めます。そこが一般のフランチャイズチェーンなどとは違う点です。他にものれん分け制度をしているチェーンもありますが、その実態は本部の従業員の給料が高くなったので人件費を下げるために独立を促すというやり方が多い。これでは従業員のモチベーションも上がらない。そこで私は、本部が耐久性のあるビジネスモデルを作りながら、一緒に頑張って努力した人にそのノウハウを分け与え、彼らが独立した企業家として世の中の人をもっともっと幸せにする仕組みを作ろうと考えました。我々は頑張った人が成功するのれん分け制度を作りたいと思っています。

料理人兼企業家を育てる

問 現在の飲食業界をどう見ていますか。

坂本 飲食業界は、個店と全国チェーンの二極化が進んでいるように思います。まず料理人がいるレストランは、味がよくても、時として職人気質でサービス精神がない場合もあります。一方、セントラルキッチン方式のファミリーレストランなどでは、まな板と包丁がなく、野菜やお肉をはさみで切り分けるようなチェーンもあります。マニュアル化しやすく多店舗展開では便利でも、味が落ちるので食としての魅力は薄い。金太郎飴のようなチェーン店ではもはやお客様の支持は得られません。現状はどちらにも一長一短があります。我々は個店と全国チェーンの長所を組み合わせた新しいモデルを作りたいと思っています。

問 具体的にはどのようなモデルでしょうか。

坂本 各店舗のトップがシェフ兼オーナー経営者のモデルです。名店のお寿司屋のイメージです。そのような親父の顔が分かるお店がいい。2店舗、3店舗と出店していく形でも構いません。ただその際に必要なのはマネジメントの知識と能力です。1店舗だけなら、夫婦で愚直に頑張れば、ラーメン屋でもうどん屋でもやっていけます。問題は2号店を出して、他人にお金と実印を預けなければならない時です。ここで信頼して任せられないと、マネジメントができない。任せることから、マネジメントが始まるのです。せっかく良いものを持っている飲食店でも多店舗展開できないのは、マネジメントの問題です。自分が成長し、他人を育てるためにも、マネジメントが大切です。我々はそこを徹底的に教えていきたいと思っています。

問 飲食業界の経験者も入社したそうですね。

坂本 業界経験のある富樫義行が代表取締役副社長になります。彼はケンタッキーフライドチキンに新卒で入社し、日本ケンタッキー・フライド・チキンの設立メンバーである大河原毅さんの愛弟子として育ちました。25年勤めて、関連会社などを再建した実績もあります。物流システムなどにも詳しいですね。他にも社内に飲食経営者のスーパーバイザークラスの社員などを揃えました。

問 若手の人材はどのように育てるお考えですか。

坂本 テストキッチンで作った料理を店舗でも作れるように、例えば温度管理などを徹底してマニュアル化します。研修センターも作ります。具体的には、クッキングアカデミーとマネジメントアカデミーです。この世界は料理人が片手間で経営をしている場合が多い。そうではなく、料理人がレジも打てて接客も出来て経営の分析や戦略ができることが大切です。

上場を目指す

問「八重洲串や」以外にはどのような業態を考えているのでしょうか。

坂本 東京・蒲田で30坪クラスのホルモン焼き「ホルモン赤と黒」をやります。まずは直営店で展開し、将来はグループで分社化したり、のれん分けに発展させます。もう一つの柱はチェーン店の加盟店になることです。現在、際コーポレーションが手がける「葱や平吉」や篠崎屋が手がける「三代目茂蔵」に加盟しています。治元という京都の会社が手がけるお好み焼きチェーン「京都・錦わらい」にも加盟しました。この会社とは稲盛和夫さんの盛和塾で知り合ったのですが、現在30店舗強を展開しています。我々は加盟店として09年11月7日に東京の大森駅前に出店しました。この店舗は関東初出店になります。これらのチェーン店に加盟するのは、そのノウハウを学ぶためです。実際に加盟店を出店すると、非常に勉強になりますね。

問 今後の出店目標を教えてください。

坂本 様々な種類の飲食店をつくり、それらを多店舗展開します。一業種30店舗が目安で、業種が増えるほど店舗数も増える仕組みです。3年後には30店舗を展開し、売上高30億円、経常利益が2億円を目指しています。それくらいの規模になれば、上場も考えられます。上場を目指すのは、世の中に無くてはならない会社だということを社会に認知・評価してもらうためです。

飲食業界に有望な新卒が入ってくる会社になり、彼らがこの仕事を天職だと思ってほしい。皆が燃え立って努力し全員参加で乗り越えるステップとして株式公開をしたい。そのためにも社員の持ち株を重視します。上場すれば、キャピタルゲインも入り、のれん分けで独立しやすくなります。ブックオフの上場も古本チェーンが社会に認知・評価してもらう意味で非常に大きかったですからね。

ブックオフは総合リユースへ発展する

問 ところで、ブックオフは上場後も順調に成長していますね。後任の佐藤弘志社長をどう評価しますか。

坂本 彼は志も高く優秀です。ブックオフの経営理念である「事業活動を通じての社会への貢献」と「全従業員の物心両面の幸福の追求」をよく理解し実践しています。

問 大日本印刷や出版社などが連合でブックオフの株式を取得しましたね。

坂本 自然な流れだと思います。これまで出版業界とブックオフは対立関係で見られることも多かったのですが、今は協調関係を結び新たなビジネスモデルを構築する時期です。大日本印刷さんや著名な出版社と組めるのはブックオフにとっても大きい。今後は新刊と古本を同じ店舗で販売するでしょう。本を好きなお客様もその方が好都合です。さらに古着なども販売する総合リユース業態を主力にしたトップカンパニーになっていくと思います。

将来は海外展開へ

問 ブックオフは海外にも展開しています。飲食事業の海外展開も考えられるでしょうか。

坂本 もちろん世界を目指します。日本の食は世界で非常に評価が高い。日本の食が海外で通用すれば、ビジネスモデルも長続きしますし、若者に夢と希望を与えることが出来ます。家電や自動車が日本のお家芸でしたが、これからの日本が世界で活躍できる最大の武器は食になるでしょう。

問 世界展開するとすれば、具体的にどの国を狙いますか。

坂本 中国の上海、アメリカのニューヨーク、そしてハワイ。この三つはやりたいですね。というのも、それぞれの現地で日本食を食べ歩いたのですが、美味しくない。日本そばのお店と書いてあっても作っているのは中国人だったりします。コンビニの蕎麦のほうが美味しい。海外のホテルに入っているお寿司屋だと、5万円以上取られることもあります。信じられないほど高い。カリフォルニアロールもそもそも日本の寿司ではありません。美味しくないのに高いという状況が続いています。しかもそれを日本食だと勘違いされる可能性もある。ただこれはむしろチャンスです。日本で本当に美味しい料理を作るお店が世界に打って出るチャンスなのです。

(プロフィール)
坂本 孝(さかもと・たかし)1940年山梨県甲府市生まれ。オーディオ販売や中古ピアノ販売、化粧品販売などいくつかの自営業を経て、1990年にブックオフコーポレーションを創業。中古本チェーンとして16年で900店舗まで拡大し、古本業界の流通に変革をもたらした。2000年にNEW VALUE株式会社を設立し、現在は飲食事業の展開に取り組んでいる。1999年度第1回企業家賞人材育成賞を受賞。

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