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(企業家倶楽部2020年8月号掲載)
【地球再発見】vol.27 ゆく川の流れはたえずして、NYはどこへいく/日本経済新聞社客員 和田昌親
「ゆく川の流れはたえずして、しかももとの水にあらず。淀みにうかぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」
武家政治の始まり、鎌倉時代に書かれた鴨長明の『方丈記』の冒頭である。日本人の誰もが学校で暗記するほど教えられた。
この世は人知を越えた無常にあり、栄花を極めている者も必ず衰えるときがあるという仏教の教えである。『方丈記』から500年後の今。新型コロナ感染症という厄災が降ってきた。どんな時代もどんな場所もこの変化から逃れることは難しい。
そして、卓越した哲学者、僧侶の残す言葉は今も昔も変わらない。私たちは『方丈記』が残した心情と同じ土俵に立っているように思う。
キーワードは「転換期」だ。新型コロナは人間社会の常識が全く役に立たない「パラダイムシフト」を世界各国に迫っている。
何より特徴的だったのが超大国アメリカの心臓部、ニューヨークの〝大失態〞である。「凋落」と言ってもいい。世界をリードしてきた、あのニューヨークに一体何が起こったのか。情報都市のはずが、対策に後手を踏み、半ば医療崩壊の実態を見せつけた。
「盛者必衰」の四字熟語が脳裏に浮かんだのは自然の流れだった。毎日、世界最悪の新型コロナ感染者数と死者数を見るたびに、驚きを通り越し、唖然とするしかない。
5月下旬の時点でアメリカの感染者数は160万人余、死者数は世界の3分の1に迫る10万人で断トツの世界トップ。震源地はニューヨークだ。
1960年代のベトナム戦争での米軍死者数6万人をはるかに上回る惨状だ。新型コロナの発生源とされる中国の感染者、死者と比べケタ違いに多い。
アメリカで10万人の病死を2カ月程度で記録するなど、聞いたことがない。
一度住んだことのあるマンハッタンのアパートはどうなっているのか。住人同士のコミュニケーションはあるのか。外出禁止の時、買い物は?
世界で最も豊かで、エキサイティングな街の〝落日〞を見てみたかった。
それでもクオモ・ニューヨーク州知事は毎日記者会見を開き、住民に感染拡大防止を訴えている。同知事が指示した抗体検査ではニューヨーク市民の20%が陽性との見方も出ている。しかし、肝心のトランプ大統領が危急の感染防止よりもワクチン開発の話ばかりするので意見はまとまらない。
アメリカは新型コロナを甘く見ていた、と思う。トランプ氏はマスクをせず、死者数急増にも不思議なほど鈍感だ。その驕り高ぶった姿勢は新型コロナより深刻な「アメリカ病」と言えないか。
5月末現在、州レベルではカリフォルニア、フロリダなどが外出制限を緩和するなど、厳しい対策も尻抜けの印象がいなめない。
「凋落」はアメリカだけではない。ロシアを見よ。プーチン大統領という20年も政権にしがみつく独裁者が国の将来を見失っている。新型コロナ発生の責任をめぐり、世界中で「信用」という大事なものを失った中国の習近平国家主席。
これからの世界は「仕切り直し」だ。世界の次の大国はどこになるかわからない。そして、新登場のリーダーはだれがなってもいい。
もうひとつ有名な古典から。『方丈記』よりあとで編纂された軍記『平家物語』の書き出し部分にも無常観がにじみ出ている。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす」
平家、源氏の戦いの歴史を描き、結果として「栄枯盛衰」の教えを残した意味がある。
苦闘するニューヨークに日本の古典が何かを語りかけている。
和田昌親(わだ・まさみ) 東京外国語大学卒、1971年日本経済新聞社入社、サンパウロ、ロンドン、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。
Profile 和田昌親(わだ・まさみ)
東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。