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【核心インタビュー】一休 代表取締役社長 森正文 

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

未曾有の金融危機は新規顧客獲得のチャンス

(企業家倶楽部2009年6月号掲載)

100年に一度の世界的大不況のさなか、右肩上がりのペースで業績をのばしている高級ホテル・旅館専門宿泊予約サイト「一休.com」を運営する一休。格安商品が飛ぶように売れ、高級なものが敬遠されがちな今日、同社は影響を受けているだろうか。「不況の今だからこそ高級ホテルの部屋が割り引きされて出回る。新しい顧客を開拓する絶好のチャンス」と、森正文社長は力強く語る。(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)


ドル箱の外国人減少による変化

問 昨年9月のリーマン・ショック以降世界的大不況になりました。影響はいかがでしょうか。

森「一休.com」では、外資系のザ・リッツ・カールトン東京やマンダリンオリエンタル東京、国内老舗の帝国ホテルやホテルオークラ東京などをご紹介しています。これらのホテルでは、平日は外国人観光客や外資系企業のビジネスマンが多く利用されています。我々が海外に行く時も、韓国なら1泊2日も可能ですが、ニューヨークなどは通常3〜4泊したり、交渉が長引いたら一週間ぐらい宿泊しますね。高級ホテルの販売のベースは外国人の連泊で占められ、シティグループやゴールドマン・サックスなどは安い料金で年間2万泊、グランド ハイアット東京を押さえるなど、激しい交渉の上、条件を勝ち取っていました。現在は両社ともリストラ中で出張を減少しているので、どのホテルも平日のベースが確保できない状況です。週末は婚礼や学会、シティホテルはカップル向けの企画が動きます。

 一方で国内もトヨタを始め、不景気で経費の削減にまず手をつけ、出張に行かない、日帰りにするなどの状況になります。その結果、「一休.com」では、空室をなんとか埋めたいホテル側からの特別プランの出品が増え、正規料金の40%オフや半額になる場合もあります。„空気を売る“ビジネスのホテルは毎日テナントを募集しているようなもので、景気の良い時は強気ですが、今の状況だと、客室の稼動率を上げることに重点を置いています。

 ザ・ペニンシュラ東京の特別プランは、ウィークデーも含め一週間で1000ルームを受注しました。この時期は、ホテル好きの方には非常にお買い得な状況になっています。高額なホテルが非常にリーズナブルになっているこの機会に泊まってみようか、という方が予想以上にたくさんいらっしゃいます。「一休.com」は、数多くのプランを用意しております。

問 リーマン・ショックより以前はどうだったのでしょうか。

森 当時ホテルはまだ強気でした。リーマン・ショックで六本木ヒルズからリーマン・ブラザーズが撤退しただけで年間1万泊が消えましたが、現在都心のホテルを見ても外国人はそれなりに来ています。シティグループの方に聞くと、来てはいるが、リストラの打ち合わせだそうです。

 以前、外資系金融機関の方たちは給料も高い上、景気も良かったので外資系の高級ホテルに泊まっていました。ヒルトンホテルズの高級ブランドのコンラッド東京や、ほかにはウエスティンホテル東京、ザ・リッツ・カールトン東京、マンダリンオリエンタル東京などに宿泊していたのに、価格帯としては次のクラスで充分だということになるのです。現在、宿泊数を伸ばしているのが帝国ホテル東京です。2万5000円ほどで泊まれますから外資系が半値になってようやく同じ程度の価格になったわけです。1000ルームあるのでCEOから課長クラスまで、それぞれに応じた部屋があるので対応可能です。

新しいマーケットを開拓

問 不況の中、新しい試みや営業戦略はございますか。

森 我々も不況の影響を受けないわけではありませんが、考え方によっては一休は高級だから、と今まで利用していなかった方に手が届くようになります。今年は今までタッチできなかった新しいマーケットを開拓するチャンスと捉えています。一休の利用者は現在30歳から40歳代の男女が中心ですが、20代後半の人にもぜひ、このチャンスに利用して頂きたいと考えております。非日常を味わえる良い機会です。もう一つ、日本人は旅館好きなので、開拓にも力を入れます。日本の木造建築は落ち着きますし、温泉もあり、安らぎますからね。これから不景気に入っていくと、日本のサラリーマンやOLはどんどん疲れていくでしょう。高級ホテルや高級旅館は今までにまして魅力的な価格設定が可能ですから、需要が期待できます。

問 08年9月以降の御社の価格設定に変化はございますか。

森 元々安いのですが、かなり下がっています。例としてお台場にあるホテル、素晴らしいホテルですが、現在ツイン1万2000円で宿泊できます。

問 09年3月期決算は現在の予想では売り上げ26億円となっておりますが。

森 決算発表で申し上げたとおりです。弊社の事業モデルは大きく崩れない代わり突然2倍に跳ね上がることもありません。価格が2倍下がったら、4倍お客が来ることもありませんが、ホテルのお好きな方の利用が増えたり、出張でもう少し自分で料金を足してホテルの部屋をグレードアップする方も大勢いらっしゃいます。

問 新しい顧客の開拓につながっているのですね。

森 そうです。新しい客層の開拓にプラス面を見出すチャンスと捉えています。15年くらい前に開業した、パークハイアット東京は未だ人気はありますが、新しいホテルの乱立の中で輝き続けられるように、当時30歳だった45歳の人を開拓するより、開業当時のことを知らない30歳前後を新たにターゲットにすることを明確にしています。

最大の敵はバブル

問 不況時に販売最前線の一休のほうからホテル側にアドバイスしていることはありますか。

森 他のホテルと比較をして煽っているところはあります。赤坂にしろ、横浜にしろ、同じような価格帯のホテルが隣接して立っています。彼らはブランドを気にしつつ、価格競争をしているのです。弊社にとって今の不景気は部屋を出し惜しみしていたホテル側から部屋が出てくるので中長期的にはプラスに働きます。そして若い層に利用して頂ければ景気が良くなり、ホテルの料金が上がっても、一度でも利用したことがあればまた利用して頂ける可能性がありますので、大きな流れの中には乗っています。弊社の最大の弱点は景気が良い時です。創業以来ありませんがバブルが発生すると、平日でもホテルの部屋が満室になるという状況になります。ホテルが自力で定価で完売することが可能になるので、バブルが来ると一休は困りますが、当面ないでしょう(笑)。

問 現在、ホテル、旅館の契約数はどのくらいでしょうか。

森 08年12月末現在、ホテルが614、旅館が468で合計1082件です。07年の9月末に1000件を超えたあたりから右上がりがなだらかになっています。ホテルはもうほぼ開拓した感があります。今年の3月に新しくシャングリ・ラホテル東京ができ、参加していただいたくらいです。旅館については、地方都市は開拓できていますが、そこから、1〜2時間の所にある温泉や観光地はまだ手付かずの状態なので除々に開拓していきたいと考えております。

問 これから地方の老舗旅館などを開拓していくのですね。

森 主だったところはほとんど契約させて頂いていますが、まだご参加頂きたい旅館があります。たまに私も客のふりをして、電話で予約の状況を確認してみるのですが、空きがないのには本当に驚きます。冬を除きこれから春、新緑の季節から秋の紅葉の頃まではまったく空きがないようです。ホテル、旅館の理想は自社でどこにも頼らずに満室にできることです。しかしそれが出来る旅館はあまりありません。

熟年よりも元気な若者を狙う

問 現在、ネット会員数はどれくらいでしょうか。

森 09年3月末現在、180万人を超えました。順調に伸びてきています。構成比は男性56%、女性44%、平均年齢は男性42歳、女性38歳です。一番この層が厚く、お金も使っています。男性は50代の利用者も多いですね。

問 年間の伸び率はどのくらいでしょうか。

森 なだらかに伸びています。衰えることもなく、加速することもなく、安定しています。今の一休のビジネスモデルは意外に不況にもしぶといです。

問 老人層や若者層を開拓するご計画はございますか。

森 当初、団塊の世代向きにホテル側とも様々な企画を考えたのですが、将来に不安を持っている世代なので、孫のためには使えても余り消費意欲がないようです。ホテルの現場とお話していても若い層に1度でいいから利用して欲しいという話がよく出ます。

問 団塊の世代が定年を迎え、ある程度お金も時間もあるので動きが活発になると考えるのですが、実際にはそうでもないのですね。

森 一休の中ではあまり動きがありません。高級な施設の話を聞くと利用する人は定年になるずっと前から、すでに利用しているので、いきなり定年後に利用する人は少ないようです。ですから、将来につながる若い世代に力を入れています。熱海駅の11時頃は、チェックアウトした人たちで非常に混雑していて驚いたことがあります。65歳位から75歳位の方々であふれていました。タクシーの運転手さんに聞くと、1泊1万円くらいで、宿泊できる宿がたくさんあるそうです。JRも上手く組み合わせると安く楽しめるようなので、高級ホテルは、この世代は合わないのではないでしょうか。記念日や特別な時を除いて、皆さん旅行は数回するけれど、安く旅行をします。高額な旅行をする60歳過ぎの方々もいますが、まだ少ないようです。

お得に高級レストランを堪能

問 高級レストランの予約も始めておられますが、もう2年くらい経ちますか。

森 この春から活発に動きだしました。景気が良いとレストランの空席数が少なく動きませんが、商品が出てきました。レストランの場合は空気を売るホテルとは違い、原材料費がかかりますので、大幅には安くなりません。高級なところほど食材にこだわるのでコストがかかり、プライドもあり、安くしません。このところ、ブルーノート(生演奏を楽しめる高級感ある雰囲気のレストラン)がキャンペーンをして動きが活発になってきています。

問 直接、レストランに予約するよりも「一休.com」で予約した方が安いのですか。

森 多少は安くなりますが高級レストランのモデルそのものが儲かりにくいのです。3割くらい利益を取っても高級食材の在庫を抱えるので利益があまりないのです。

問 いきなりレストランに予約するのに気がひけても、一休を通したら予約しやすい感じはしますね。

森 30歳代から40歳代の多くは、日中仕事がありますのでなかなか予約ができませんが、「一休.comレストラン」でしたら、夜中でもいつでも24時間気兼ねなく、情報が得られ、すぐに予約できるメリットがあります。

問 レストランの契約数はどれくらいですか。

森 08年12月末現在、約500件です。こちらもなだらかに推移していますが、どのレストランでも参加して頂くという営業ではありませんので、難しいところがあり、こちらから営業もしますし、売り込みもたくさんあります。地元での評判や実際に足を運んで食事をし、社内規定で審査後の販売になります。「一休.comレストラン」に掲載されることが銀行融資の基準になることもあると聞いて驚きましたが、利用者の信頼性につながりますので嬉しいかぎりです。

問 現在、レストラン部門の売り上げ取扱高は。

森 微々たるものです。08年3月末現在、全体売り上げの2.6%です。売り上げの95%くらいが宿泊部門です。

問 ショッピング部門の人気の商品は何ですか。

森 宿泊券ですね。ディスカウントされているので、贈答用、景品などに人気があります。レストランのお食事券も自分用やプレゼント用に売れています。12月にはおせち料理も売れました。まだ、「一休.comショッピング」の知名度が浸透していない感は否めません。

問 パック旅行はいかがですか。

森 この企画は結構伸びつつあります。沖縄の夏以外は、個人旅行が激減し修学旅行でつないでいる時期なので正規で取るより5割ぐらい安い料金です。パッケージツアーは始めて半年くらいですのでこれからです。

インバウンドへの進出

問 これからの事業計画についてお聞かせください。

森 08年12月から、海外からのお客様のために一休サイトの英語化を図っています。インバウンド(海外から日本を訪れる旅行)で海外から日本へ来る時、宿泊して頂けるように少しずつ登録し、粛々と進めています。サイトは稼動し始めているので登録施設を増やしている段階です。現在50施設になり、約50施設が順番待ちです。東京、横浜、京都、大阪などをご紹介し、旅館でよいところを増やして行こうと思っています。

 宿泊についても一休のコンセプトから少しずれますが、2人で10万円の旅館が高すぎるという声が多々あるので、今年の夏を目安に子供2人連れの家族4人で6万円台で宿泊できるようなプランを増やして行こうと考えています。サービスなどは一休の旅館です。コンセプトは変わりません。

問 国内だけではなく、海外の高級ホテルに進出はしないのですか。

森 次の段階なので実験的にはやっていますが、日本での海外ホテル予約サイトの成功例がありません。パッケージのほうが安いし、海外の予約サイトがありますから、英語に卓越している人はそちらを利用すると安いですね。まだ日本人だけのサイトとなると難しい状態です。

 今年度は減収減益になりますが、大幅に落ち込むこともないと考えています。システムに大きな投資をしていますし、先行投資も行っています。下落しても販売数は増えているので、利用者の数は増加しているわけですから、新しい利用者や若い年齢の開拓に特に力を入れていきたいです。



プロフィール
森 正文(もり・まさぶみ)

1962年生まれ。86年上智大学法学部卒業、同年日本生命保険入社。89年からニューヨーク派遣、帰国後は本社財務企画室に。30代前半にC型肝炎で、数年間治療に専念する。98年、プライムリンク(現・一休)を設立。さまざまなビジネスを模索し、高級ホテルの予約サイト「一休.com」を立ち上げる。2005年8月東証マザーズ、2007年2月に東証1部に上場。2008年度第10回企業家賞受賞。

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