会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2015年6月号掲載)
(文中敬称略)
眠りで世界の人を元気にする
「寝具の世界ブランドを作りたい」
そんな想いをもって設立された会社がある。現在、総合インテリアブランドとしてインターネット上で11店舗を展開、約25万人の顧客を持ち、売上げも右肩上がりの成長を続けているエムールだ。
同社は2006年7月4日に設立。寝具をはじめとしたオリジナル生活用品の企画・デザインから、インターネットショップの運営、そして商品の販売までを一貫して行う。現在は東京・八王子にオフィスを構え、販売サイト用の商品写真を撮影するためのスタジオと、商品を実際に手に取り試すことが出来るショールームを併設する。
もちろん、立ち上げ時には製品製造を受注するメーカー探しに奔走し、資金繰りの難しさに直面するなど紆余曲折もあった。しかし、どんな状況においてもエムールが意識してきたことがある。
「お客様の感情をどう動かすか、心の揺らぎをどう起こすかだけを考えてきた。その商品を使ってお客様がどのような体験、経験をしたいのかまで考え抜く」と、同社代表の高橋幸司は語る。
では、エムールは具体的にどのようにしてネットの寝具業界でトップに立ち、売上を伸ばしているのだろうか。
メーカーとの繋がりが生んだ強み
エムールの大きな特徴は、その商品企画力とスピードにある。まず特筆すべきは、商品の幅の広さに加えた掘り下げの深さだ。
例えばウルトラコンパクト布団セットは、掛け布団・敷布団・枕合わせて総重量5キロ、体積も従来の布団セットの3分の1に抑えた。来客用の布団を少ないスペースで置きたいという声やアウトドアの時に布団を持って行きたいという客の声に応えて開発された。
こういった多岐に渡るニーズに応え続けるエムールが現在取り扱っている商品は約3800種、色違い等も含めれば約1万5000品にも上る。この品数と、購入客のレビュー分析による需要への幅広い対応が、ここまで顧客数と売り上げを伸ばした一因だ。
さらに、突然の来客にも対応できるよう、注文した次の日に商品が届く布団翌日便のサービスが、エムールのスピード感を象徴する。これ程の速さを実現するためには、エムールと中小メーカー間の強固な信頼関係が欠かせない。
エムールは自社の工場は持たず、商品生産プロセスの中で製品の実質的な生産部分は他のメーカーに委託する方式をとっている。設立当初は1社とだけの付き合いだったが、徐々に取引先が増え、今では約100社との繋がりを持つまでになった。
メーカーと近い関係でいることによって多少の難題やお願いを直接交渉できることに加え、高橋自身の決断の速さと臨機応変さがエムールの強みを生んだ。
中小メーカーとの取引規模が拡大することで、思いがけず「メイドインジャパン」という強みも生まれた。今や、同社商品の70?80%が日本製だ。それにも関わらず、海外製の商品を主力とする大手寝具量販店と近い価格帯であることや、海外からの需要増加も相まって売上を後押しする。これらの強みを活かして、新たなサービスや事業展開に向けた動きも高まっている。
全世代そして世界のエムールへ
エムールは、ネットでの寝具販売を中心に売上を伸ばし、成功を収めてきた。しかし、高橋が現状に甘んじることはない。当面の目標は売上100億円の突破だ。そのためには、新しい層の需要開拓が必須課題である。
現状として30?40代をターゲットにした同社メインブランドの売上が全体の8割を占めており、ベビー層とシニア層のそれぞれを対象にしたブランドの売上はどちらも1割程度にとどまっている。
メインブランドでは無地でシンプルな色合いの商品を主として売り出しているが、シニア向けの商品はターゲット層が慣れ親しんだ色や柄にこだわるなどして差別化する。今後はこういった細かな世代に合わせた品揃えと価格面での強化を図っていく。目指すは、全世代のニーズに対応する日本最高の寝具ブランドとしての地位確立だ。
それに加え、客層をさらに広げるため、ネット外での接点を増やしてブランドとしての認知度を高めたいという。
インターネット販売の部分ではある程度の成功を収めたエムールであるが、これからは実店舗などのリアルでいかに多くの人に商品にふれてもらうかが肝だ。
例えば、体型や体重そして生活に合わせて選べるセレクト枕「エムピロ」を入れた棚を様々な場所に置いて、実際手にとって貰うサービスを考えている。設置案としては、学習塾に受験生用のよく眠れる枕、産婦人科に妊婦用の枕など、多岐に渡るニーズの開拓にも意欲的だ。
寝具という商品の特性上、買い替えの頻度などを考えると、客が主体的に買いに来てくれるのを待つだけのビジネスのみでは限界がある。そこで、購買動機と頻度を増やすための補完策として生まれたのがこのエムピロだ。
さらには、日本のマーケットに留まらず、ネットを活用して海外へのアプローチも行っていく。
既にアメリカでは、大手ネット通販サイトのアマゾンドットコムを通して200種類近い商品が販売されている。一番の人気商品は布団セット。ベッドが当たり前の海外で布団という日本式寝具が注目を集めていることや、他社で同様の商品が扱われていないことも、エムールにとって追い風となっている。
今年の夏には韓国への進出も予定するなど、今後さらなる展開を狙うエムール。高橋は、「日本の生活様式を模範にしたライフスタイルを提案していきたい」と意気込む。
未来の寝具をつくる
エムールの勢いは寝具の領域に留まらず、いまやテクノロジーの分野にまで広がっている。他社と共同で開発している敷布団には、そこで寝た人の心拍等をスキャンして眠りの深さや質を記録する機器が内蔵されており、販売も視野に入ってきた段階だ。
これまでにも、スマートフォンのアプリや専用の機器を使用して眠りのサイクルを測る類似の製品やサービスはあった。しかし、高橋も使用者の目線に立って実際にそういった従来の製品を試したところ、毎回のアプリ起動や測定器具の装着といった、日課から外れた新しい行動を習慣づけることの難しさを体感した。
それを踏まえ、エムールは毎日布団で眠るだけで自動的に計測をする機器の開発を目指した。また正確性という点でも、他社の類似商品・サービスとは一線を画し、健康状態の精密な計測を可能にしている。
この機器の今後の展望として、寝た本人が健康状態を知る手段としての機能に加え、介護の現場で活用しようという案も出ている。例えば、遠方に住んでいる親の健康状態を子どもが携帯機器で確認し、何か問題が起きた時にすぐ気がつくことが出来るようなシステムの開発にも意欲を燃やす。
ネット販売の寝具メーカーとして確固たる地位を確立し、全世代や世界に向けて展開、そしてIT、介護領域への進出にも意欲的に取り組んでいこうとするエムール。そのさらなる成長と発展に期待が高まる。