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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第60回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

うまい!バイデンスピーチの極意

(企業家倶楽部2021年1・2月号掲載)

1.すぐ使える首句反復のテクニック

「リーダーはスピーチが上手で当然だろう」と誰もが思っていることでしょう。

 しかし、日本はアメリカに比べると達人が少ないのが現実です。

 例えば最近の優れたアメリカ人のスピーチの代表格は2020年11月7日のバイデン氏のトランプ氏に対する勝利演説でした。そのスピーチを聞いて、外国人の私でも本当に分かりやすくて感動し、暗唱したくなるほどうまいところが沢山ありました。彼は「スピーチの国アメリカ」の大統領として歴代大統領のテクニックを忠実に継承しています。

 例えばバラク・オバマ氏の第44代大統領就任演説(09年1月20日)です。そこで使われた技術を一つずつ紹介するのは誌面がとても足りないので2つだけ挙げると、まずは文章の頭の大事な言葉を揃える「首句反復(アナフォーラ)」です。別表を参照。「For us」で始まる。「そうした人たちが私たちのために何かをしてくれた」という文章の主となることばが3回も繰り返されます。これが「首句反復」の相手の心に畳みかけるような効果です。「何を言うのだろう?形がそろっている」と耳を奪われるのです。

2.バイデン氏の首句反復

 バイデン氏の「首句反復」はこれでもかというくらい何行も続きました。別表参照。

 有名なキング牧師の首句反復「I have adream.」の詩は私も暗記していて今でも言うことができます。非常に覚えやすい上に、そこに「私には夢がある」という高い理想が込められてキーワードが繰り返されるからです。

3.大いなる聖書の引用

 第二のテクニックは、「たとえ大統領でも自分は小さな人間に過ぎない。もっと大きなものが自分の考えを支えている」と大きな権威のある何かをそこに持ってきて、聞き手に「なるほど、ごもっともだ」と納得させる技法です。こんなときアメリカ人はよく聖書を引用します。

 オバマ氏の場合は、「聖書の言葉でもあるように『子供じみたことはやめよう』」と問いかけたのです。「聖書・コリント人への第一の手紙13章11節」には「子供っぽいことはやめて大人として行動しましょう」とあるので、クリスチャンは知っていたわけです。

 同じく聖書引用のテクニックはバイデン氏もしっかり使っていました。(別表参照)

 直訳すると「すべてのことには時があると聖書は言っています。建てるのに時があり、刈り取るのに時があり、種をまくのに時があり、癒すのに時がある。今はアメリカを癒すときだ」旧約聖書3章の1節〜8節です。この時の「Bible」のBを大文字で書くのはキリスト教の聖書だけを表しています。これを聞いた人は「そうだそうだ。今こそ神様の力も借りてアメリカを癒す時なのだ」と思うのです。

4.安倍元首相の引用は古典

 同じことを日本の政治家ができるでしょうか?日本の場合は聖書がないので、仏典や古典に頼るというやり方が普通です。安倍元首相が第一次安倍内閣の時に使った「三本の矢」は毛利元就の故事に基づいています。ぜひ仏典や古典から引ける自分の言葉を探しておきましょう。

 残念ながら日本のリーダーはまだ自分のスピーチに特徴を与えたり、覚えやすくさせようという意識がアメリカよりも足りないように感じます。アメリカの場合はあの偉大なリンカーン大統領でさえ、「何を言うかに1/3の時間を使い、残りの2/3の時間を聴衆分析に使った」という記録が残されています。影響力を与えてその一節が皆に暗唱される。それが強いスピーチです。

5.ハリス副大統領候補の連辞のテクニック

 もう一つ誰でもすぐ使えるテクニックがあります。聞いていて耳が心地いいために聞き手はスッと耳に入ります。バイデン氏の勝利演説の直前に行われたハリス氏の演説です。「Good evening .」で始まり。カジュアルな調子だったのですが、中間に来てリズムと格調をどんどん上げていきました。

「Joe is a healer.A uniter.A tested and steady hand.」「Joe」はもちろんバイデン氏のことです。「バイデン氏は、癒す人、統合する人、試練を受けた人、しっかりとした手腕を持っている人だ」と言ったのです。これが「連辞」のテクニックです。

6.視線のデリバリー

 他にも、左右への顔の振り、それによる視線のデリバリーも非常によくできています。オバマ氏の場合、右に64回、左に62回という本当に左右均等な首の振り方でした。

 これが日本でいつも演説の中で意識して使われている人は、小泉進次郎氏です。先の国選での各地での応援演説は5分間で左右に22回ずつ視線を振っていて見事でした。詳細は私の「小泉進次郎の話す力」(幻冬舎)でご確認ください。

 バイデン氏の場合まだ正確な計測が終わっていないのですが、右に約60回、左に約80回と左の方がやや多いかもしれません。おそらく左側に誰か敬意を払うべき人がいたのかもしれません。これから1秒単位の私の「ASコーディングシート」に落とし込んで正確に測るところです。

 リーダーとして皆さんがスピーチするときは会場内の左右へのアイコンタクトのデリバリーは大体同じようにして、「あの人の目線は部屋の隅から隅まで行き届いている」という感じを聴衆に与えてください。実際にすべての人が目に入っているわけではないのですが、聞き手が「自分を見てくれている」と感じることがポイントなのです。

「バイデン流スピーチ」はスピーチの国アメリカだから、カンペも見ずに約15分間をパーフェクトに喋れました。オバマさんも約20分間カンペを見ずに喋り通しました。日本人の政治家で完璧にこれらのテクニックを入れられたのは安倍元首相のオリンピックプレゼンのときだけだったといっても過言ではないでしょう。オリンピックプレゼンで安倍元首相は両手をしっかりと動かしながら右に22回、左に22回視線をデリバリーしていました。これは「オリンピックプレゼン」という特別な場に備えて徹底的に訓練したからです。 練習すれば誰でもできる、首句反復、連辞、強い古典や聖書の引用、視線のデリバリー、この4点はぜひ試してみてください。

Profile

佐藤綾子(さとう・あやこ)

博士(パフォーマンス心理学)。日大芸術学部教授を経て、ハリウッド大学院大学教授。自己表現研究第一人者。累計4万人のビジネスマン、首相経験者など国会議員のスピーチ指導で定評。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。『部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)など単行本194冊、累計323万部。

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