会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2010年12月号掲載)
創業4年ながら、急成長するライブ動画配信サービスとして、一躍脚光を集めるUSTREAM(ユーストリーム)。インターネット環境とカメラさえあれば、誰もが政治経済から芸能まであらゆる映像を世界中に生中継で配信できる。Twitterとの連動でも今や欠かせない存在だ。2010年1月にソフトバンクから2000万ドル(約18 億円)の出資を受けて同年5月には合弁会社ユーストリームアジアを設立、本格的なアジア展開に乗り出した。米国サンフランシスコ本社で、ジョン・ハムCEO兼ファウンダーに創業の経緯や会社にかける想い、今後の戦略を聞いた。
聞き手は本誌デスク 藤田大輔
ユーストリームのサイト
誰もが世界中にライブ動画を配信
問 ユーストリームによって、誰もが世界中にライブ動画を配信することができます。このサービスを考え出した経緯をお聞かせ下さい。
ジョン ユーストリームは2006年の夏に、私とブラッド・ハンスタブル(現プレジデント兼ファウンダー)、ジュラ・フェヘル(現CTO兼ファウンダー)の3人によって設立されました。まず私とブラッドが出会ったのは、ニューヨーク州のウェストポイントにあるアメリカ合衆国陸軍士官学校でした。陸軍士官学校にいた時から常日頃感じていたのが、海外へ派遣された兵士に与えられる自由時間は非常に短いということです。それにも関わらず、兵士が故郷の家族や友人と連絡を取る手段は電話やメールしか存在せず、一度に1人としか話ができませんでした。そこで、一度に複数の人々と交流することで、時間をもっと効率よく使えないかと考えました。そして、ジェラと出会い、3人でユーストリームを立ち上げたのです。
次第に、このサービスは別のシーンでも多くの需要があると思うようになりました。1対複数という形でのコミュニケーションは、政治でも企業でも芸能でも必ず利用方法があり、視聴者情報の集計にも価値があると感じました。それから今まで4年間、このツールをいかに使いやすくできるかを考えて、事業を展開してきました。
問 どのような使われ方が多いのでしょうか。
ジョン 例えば、スポーツ・イベントから大統領候補の演説、ロックスターのコンサートまで幅広く利用されています。アメリカの「フォーチュン500」、いわゆるトップ500企業の中でも、オラクルやセールスフォース・ドットコムなど数々の導入実績があります。
我々は最近、新しいオフィスをロサンゼルスに開いたのですが、これは我々のプレミアムユーザーであるハリウッドに対するサービスを展開するためです。このように芸能・娯楽関係の利用も広まってきています。また同時に教育の現場でも利用されており、ノースカロライナ州のデューク大学なども知識のライブ共有やディスカッション、ディベートのツールとして導入しています。
私が特に印象的だったのは、チリの大地震が発生した時のことです。その時ハワイに別荘を持っている方がiPhone経由でユーストリームを使って波の様子を生中継し、それがツイッターによって沢山の人に広まりました。そしてハワイにも津波の恐れがあることを伝えたのです。そういう状況を世界中の全員で共有することに貢献できているのは非常に光栄です。
こうした努力によって、優秀なウェブサイトを表彰するウェビー賞という、インターネット業界では非常に名誉ある賞を2年連続で受賞しました。今年の受賞理由は非常にユニークでした。実際に起きたある家庭での話がベースになっていたのです。出張で娘のダンスのリサイタルを見ることができない父親は悲しみました。当日、会場にいた妻がひらめいて取り出したのは携帯電話。娘のダンスの様子を、ユーストリームを使って夫に生中継したのです。父親は非常に喜び、妻と会話しながら一緒にダンスを鑑賞することができました。このように、本当に幅広い活用方法がありますから、これからもどんどんライブというものをイノベーションしていきたいと思います。
ライブ配信が世界を救う
問 これまで録画された動画の配信サイトは存在しましたが、「ライブ」であることはどのような点で画期的なのでしょうか。
ジョン 「ライブを共有する」という行為がどのように変化してきたかを考えてみましょう。原始人が初めて火をおこしたとき、その感動を共有する方法は、叫ぶくらいしかありませんでした。ローマ時代になるとコロセウムに8万人が入るようになり、皆で同じものを体験できるようになりました。さらに時代が進むと今度はテレビの出現により、世界中の大多数の人が同時に同じ映像を見ることが可能になりました。それに伴い、コミュニティーが出現したのです。はじめは、ライブ後の話し合い。そのうちライブ中に視聴者が交流するというニーズを我々は察知しました。
このニーズを満たすためにはインターネットが欠かせません。インターネットはどんどん変化して我々の生活の中にとけ込んでいます。インターネットは会社にも家にも、モバイルとして個人のポケットの中にもあり、車の中にも入ってきています。このようにインターネットが進化したことで、ライブを共有できるようになったのです。「誰でも・どこでも・誰とでも・どこまでも」というテーマで、我々は人類初の試みに挑戦しています。
ソフトバンクと提携アジアへ進出
問 ユーストリームは今年ソフトバンクと提携し、アジアに本格進出すると発表しました。ユーストリームアジアの設立と今後の戦略についてお聞かせ下さい。
ジョン ユーストリームは2010年1月にソフトバンクより2000万ドル(約18億円、出資比率13・55%)の出資を受け、合弁会社設立のため協議を重ねてきました。そして同年5月に、アジアでの事業展開を目的とした合弁会社「ユーストリームアジア(Ustream Asia)」を設立することに合意しました。2011年7月までにソフトバンクの出資は合計で約7500万ドル(約67億5000万円、出資比率30%強)となる予定です。ユーストリームアジアの市場は日本・韓国・中国・インドです。日本では既に2010年4月に日本語版サイトの提供を開始しています。狙っている市場はアジアですが、アメリカと連動した形で戦略的に動いています。
志こそ企業家に最も必要なもの
問 ジョンさんが考える、企業家に最も必要なものは何でしょうか。
ジョン 最も重要なものを一つ挙げろと言われれば、志に尽きると思います。ビジョンや実行力など求められる要素は沢山ありますが、志がなければ様々な苦難を乗り越えることができません。また、自分に誠実であることが大切です。自分に対しての誠実さが欠けていると長期的につじつまが合わなくなります。自分の過去を振り返ってみても、陸軍士官学校時代に出会った方々のお話を聞いてみても、志の高さで結果の大きさは変わってくると感じています。志が高ければ高いほど大きな結果を生み出すことができるのです。何かをやるという決断を起こした途端、自然と志がついてきます。そういう形で、私は「世界に貢献できる企業をつくる」ことを目指して4年間頑張ってきました。社員にも恵まれて非常にいい会社に成長できていると感じています。
問 志が大きければ大きいほど、恐怖心を抱くこともあると思います。その時はどうやって克服していますか。
ジョン 恐怖心はプラス思考で克服することができます。たとえ恐怖心があっても、恐怖や失敗を恐れてはなりません。幸い創設者は3人とも非常にプラス思考の人間で、我々は恐怖心ではなく可能性にフォーカスして経営しています。
問 この4年間で最も嬉しかったことと最も苦労したことをお聞かせください。
ジョン 一番嬉しいのは、沢山の素晴らしい社員に恵まれていることです。もちろん自分自身の挑戦も大きな喜びですが、自分にとって最大の喜びというのは社員の笑顔だと思います。逆に私が最も苦労したのは、起業した時でした。まだユーチューブがやっと世の中に出てきて皆それを何とか理解しようという状況の中で、「ライブ」という概念を人に説明することに非常に苦労したのです。今はもう会社も大きくなり、世の中ではこれが当たり前になっていますが、当時はまだ理解されにくい状況でした。しかし、本当に必要なサービスは世の中に受け入れられると、この4年間で実感しています。
問 日本で注目しているベンチャーや技術はありますか。
ジョン 日本にはとても興味深いイノベーションがあります。例えば、拡張現実(Augmented Reality、 AR)のサービスです。これは現実空間にコンピューターを用いて情報を付加提示する技術ですが、こういった新しい分野で日本はとてもいい技術を持っていると思います。
問 最後の質問です。アメリカのシリコンバレーやサンフランシスコでは、ベンチャー企業が次々に生まれています。それはなぜだと考えますか。
ジョン シリコンバレーの魅力を一言で表せば、「Dream(夢)」です。アップルやグーグル、フェイスブックなど、夢を実現して成功している会社の例が沢山あります。そこにさらに夢を持った技術者や起業家、投資家が集まってきます。夢を大きく抱いて様々な苦難を乗り越えて実現していく。そういう考えの似た人間が集まるということが、今のシリコンバレーを作り上げています。
Profile
ジョン・ハム (John・Ham) ユーストリーム(UstreamInc.)CEO兼ファウンダー
1978年、米国カルフォルニア州出身。96年ニューヨーク州ウェストポイントのアメリカ合衆国陸軍士官学校に入学。同校でユーストリームの共同設立者となるブラッド・ハンスタブル、ジュラ・フェヘルと出会う。航空宇宙工学の学士を取得。卒業後、米国陸軍で少尉に任じられる。2006年夏、ユーストリームを設立。同社CEO兼ファウンダーに就任。