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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第62回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

「リーダーのパブリックスピーキング時間とともに冴えるリーダー・冴えなくなるリーダー」

(企業家倶楽部2021年5月号掲載)

 バイデン大統領のパブリックスピーキングを聴いていると、もともと上手なうえ、日増しに上手になっています。トランプさんに対する勝利演説を行った2020年11月7日、2021年1月20日の就任演説、就任1カ月後の2月22日(日本時間23日)の演説。ますます冴えているのがよく分かります。そのテクニックを具体的に見ていきましょう。日本のビジネスマンも直ちに取り入れられるテクニックが4つあります。

大事な言葉は前に出して繰り返す

 2020年11月の勝利演説。 
 「The battle to 」「~のための闘い」が繰り返されています。NHK の同時通訳が、この「Thebattle to」という大切なところを「~すること」と通訳していたのは本当に残念なことで、「闘い」という日本語があると、バイデン氏の想いがよく分かります。   
 ウィルスをコントロールする闘い、繁栄を創る闘い・・・というように、自分とアメリカ国民が闘う対象をそこに6個並べたのです。これが大切な意味を持つ「首句」を重ねてリズムをとって強調する技法です。 
 さらに全体の演説を締めるカギが「聖書」です。

 The Bible tells us that to everything thereis a season - a time to build, a time to reap, atime to sow. And a time to heal.This is the time to heal in America. 
 これは、聖書の「伝道者の書」3章1節から8節です。「全ての事柄には時がある」という有名な箇所です。「種を撒くのに時があり、刈り取るのに時がある。そして今、アメリカを癒す時だ」と呼びかけたのです。聖書引用は、アメリカ大統領代々のテクニックです。

連辞でリズミカルに聞かせる

 1カ月後の、1月20日の就任演説でもバイデン大統領は素晴らしいテクニックを使っています。 
 「連辞」というテクニックです。名詞、あるいは動詞を「、」で切って並べ、リズムを作る技法です。音の拍子をとっていくのです。パブリックスピーキングは「耳で聞く」ものだからです。 
 例えば、アメリカ人の愛すべき目的として挙げたのは次の名詞の列記でした。「 Opportunity.」・「Security.」「 Liberty.」・「Dignity.」・「Respect.」「 Honor.」・「And, yes, the truth.」「 機会」・「安全」・「自由」・「神聖さ」・「尊敬」・「名誉」・「真実」。どれをとっても、高い理想が込められた名詞です。この並列が連辞というテクニックで、聞いている人が、リズムに乗り、暗記しやすい。

感情を込めるたとえ話

 そして、就任から1カ月がたった2月22日、バイデン大統領は、わたしを含む聞いた人々が、はっと涙ぐむような素晴らしい演説をしました。2月22日の演説は以下のようなものです。

 「毎日自分はスケジュール帳に小さな紙を受け取って貼っている。それはコロナウィルスにより一年間で亡くなった人だ。500,071人である。それは第一次世界大戦、第二次世界大戦、ベトナム戦争全部を足したよりも多い。地球上のどこの国よりも私たちはたくさんの命を失っている」

 バイデン大統領は原稿を見ずに数字を言って、涙をこらえて目を伏せました。セリフの重みに感情を揺さぶられ、聴いていた人もやはり涙ぐみました。 
 パブリックスピーキングをすると決めた瞬間から当日まで、覚えなければいけない固有名詞と数字は暗記して聞く人の心を掴む。これはよいスピーチをするための常道です。

リーダーのパブリックスピーキングのコツ

 歴代アメリカ大統領のスピーチのコツは以下です。
 1.聖書の引用で根拠を掴む
 2.エビデンス及び固有名詞、数字を明確にし、インパクトを残す
 3.連辞や首句反復のテクニックを駆使し、音で聞かせる 
 日本では、聖書でなければ、仏典や中国の論語、俳句など、有名なものから土台をとる。そして、耳で聞いて覚えやすいテクニックを意識的に入れていくこと。そして当日よりも前に原稿のポイントにマーカーを入れて暗記しましょう。わたしのセミナーでは10秒スピーチや1分間スピーチをやっていますが、練習すれば全員出来ています。

菅流 スピーチの弱点

 一方、菅首相はどうでしょう。

 ワンパターンな答えが多いのです。どうせいつも同じだと思うと、テレビの前の視聴者は、その間にトイレに立ったりします。

 例えば、3月2日、緊急事態宣言の解除が討論されている日の記者会見は、

 記者:「緊急事態宣言の解除についてどうお考えですか」

 菅首相:「感染が下がっていることは事実だと思います。やり方については、一都三県の知事や専門家と相談します」

 記者:「一都三県と一体化するということですか」

 菅首相:「そこは今までと同じになると思います。しっかり数字を見て、関係者と相談し、最終的に私自身が判断したい」。国民は何度このセリフを聴いたことでしょうか。

 これは手順を示しています。トップに立つリーダーは手順の説明の前に「ビジョン」が必要です。「何があっても、緊急事態宣言の解除に向かってあらゆる努力をする。その努力については以下3点である」というような形で、結論を先に持ってくる。そして、バイデン大統領がそうしたように、思わず涙をこらえるというような感情表出を菅首相にもしてほしいのです。

 感情を持つリーダーに、国民は感情を持ってついていきます。なんとかしてリーダーのスピーチを変えてほしいところです。わたしも長年、首相経験者をはじめ、たくさんの議員さんのスピーチ指導をしてきましたが、現在のところ肝心の菅首相からはご依頼がないのが残念です。

 おそらく、現在、日本中の国民が同じように歯がゆい思いをしていることでしょう。

 今回はパブリックスピーキングのコツを、日米両トップを例にしてお知らせしました。ひとつでもふたつでも実行してみてください。

Profile

佐藤綾子(さとう・あやこ)

博士(パフォーマンス心理学)。日大芸術学部教授を経て、ハリウッド大学院大学教授。自己表現研究第一人者。累計4万人のビジネスマン、首相経験者など国会議員のスピーチ指導で定評。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。『部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)など単行本194冊、累計323万部。

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