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世界に拡がる一村一品運動

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

世界に拡がる一村一品運動

(企業家倶楽部2011年1・2月合併号掲載)

(1)一村一品運動の提唱

①GNP社会とGNS社会

 私は1949年、通商産業省(現経済産業省)入省。1975年、国土庁(現国土交通省)審議官として出向中、私のふるさとである大分県の知事が上京、副知事として大分県に企業誘致など進めてほしいと強い要望があり、国土庁を退職、副知事に就任。1979年、現知事引退に伴い知事選に立候補し当選就任。以降6期24年、大分臨海工業地帯造成、重化学工業誘致、空港地域にキヤノン、ソニーなどハイテク産業を誘致。九州の中ではハイテク企業立地県(テクノポリス)として国の指定を受けた。ただ、内陸部の農業地域では若者の大都市や臨海工業地帯への流出は止まず過疎化が進み、農業生産額も低く、一人当たりの県民所得は全国35位。農業所得も九州7県のうち5位と低位であった。

 私は県政の目標として、先ず県民所得を伸ばし、県民に大分に定住する自信を持たせるためGNP(国民総生産)社会、即ち一人当たり県民所得の高い社会の実現と地域にお年寄りが安心して老後を送れる社会の実現、若者がいきいきと活動できる地域社会、つまり過疎地域であっても地域の人々が誇ることが出来る特産品や観光・文化を創り出し、地域を活性化するため活動する人材を育成する社会(GNS社会― GrossNational Satisfaction)を実現するために一村一品運動を始めた。

②外発的発展と内発的発展 
 地域開発には外発的発展と内発的発展の2つの方式がある。外発的発展とは主として地域外の資本(発展途上国では先進国である外国)からの立地や資源を導入して産業構造を近代化し、一人当たりの所得を上げるため石油、石炭等のエネルギー開発、鉄鋼・造船・自動車等大型プラントを誘致する。 
 だが、これらの条件を十分に満たせない地域にあっては、地域内に潜在する資本、資源を最大限に活用して、環境保全を図りつつ地域を発展させる「内発的発展」の途を進めることだ。
 一村一品運動は1.5次産業(農産品=1次産業を主体に加工して食品等を製造する産業で、1次『農業』と2次『工業』との中間にある産業のこと)を中心に地域活性化を図る運動である。この場合、資源力も資本も小規模だから地域全体の経済成長に寄与する度合いは決して大きくはないが、これを積み重ねることにより足腰の強い地域経済を構築し、外発的発展(大規模企業誘致など)の波に呑まれにくい独自の地域経済を創造することが出来る。 
 大分県の場合では、新日鐵、キヤノンのように外発的企業誘致を進める一方で「農工同時振興」を政策課題とし、都市周辺に広域点在方の企業立地を行い、農村と共生できる開発を目標とした。 つまり、経済優先の「地域開発」を見直し、生活優先の「地域経営」、「GNS社会」の実現を目標とした。

③GNS社会の実現を目指して  
 GNS社会では、経済的・物質的欲望より、むしろ「生きがい」「自然とのふれあい」など生活環境の質的向上を目指す。生活環境を破壊せずmoderate な発展、SufficiencyEconomy(充足経済)と思想的には同一カテゴリーといえる。 人間と自然との共生、農業と工業の併存都市・農村の格差是正、南北問題の解決、人種差別、障害者差別の解消。以上のような理念の下、大分県活性化の一つの手段として、それぞれの地域の誇りとなる産品、また農産品に限らず観光、民謡でもよい、それぞれの地域の顔となるものを自然環境と調和しつつ作り上げてゆこうという運動―一村一品運動―を提唱した。

(2)一村一品運動の理念

①ローカルにしてグローバル
 一村一品運動は、その土地の土産品を作る運動ではない。それぞれの地域が自分たちの誇りとなるIdentity をもった産品を創出しようという運動である。これには3つの原則がある。その第1がローカルにしてグローバル。つまり、地域独特の産品(産品でなくても観光でも文化でもよい)であって、東京市場でも、またアジアを始め世界のマーケットに通用する産品を作ろうという運動である。例えば、(イ)大分県乾し椎茸 生産量は全国の約30%、なかでも“どんこ”という乾し椎茸は100グラムに換算すると約3000円。USドルで28ドル。日本製自動車は約1.5トンで300万円。100グラム200円。従って、企業誘致をして自動車工場を作ることも地元雇用増加になるが最近のようなアメリカ市場不況によって自動車輸出が激減すると地元企業にも影響が出る。地域所得の増加確保のためには、景気の変動に左右されない地元資源に付加価値を付け、品質を向上させ、環境を保全し、ローカルな特産品を発掘し育成する。そして国内市場を始めアジア市場に輸出する。

(ロ)麦焼酎―ローカルとグローバル 
 私が1979年、知事になった頃、大分に麦を原料とする焼酎「いいちこ」「吉四六」が発売されていた。私はこれをお湯で割って、大分名産「かぼす」をたらして呑むと深酔いせず二日酔いしない。知事自らセールスマンとなって新橋、赤坂の料亭に持ち込んで、「ガード下で呑まれていた大衆酒」を高級料亭にPRした。これが受けて高級バーのリザーブに置かれるようになり、大分では1200円の焼酎が8000円。そのうち若者の「一気呑み」が流行、全国的な焼酎ブームが起こった。アメリカに旅行したときニューヨークのバーに置かれていた。まさにローカルにしてグローバルな「一村一品」の代表銘柄である。 ローカルとグローバルとは矛盾した概念のように思えるがそうではない。最もローカルな特色を持てばローバルにも通用する。中国料理は世界中何処の国にでも料理店があるし、イギリスで始まったサッカーがキリスト教牧師によってアフリカの子供たちのボール一つで遊べるスポーツとして取り入れられ、更に南米にもたらされた。日本古来の伝統技「柔道」は今やオリンピックの競技種目として外国選手が黒帯を締めて「ワザあり一本」と審判が日本語で判定する。まにジャパンローカルなスポーツがオリンピックの競技種目になった。ローカルな商品、文化、スポーツに磨きを掛けるとグローバルにも通ずるものになる。ローカルとグローバルは対立概念でなく、ローカルこそグローバルなのである。大分県にしかない特産品に磨きを掛ければグローバルに通ずる産品となる。これが第1原則である。

②自主自立・創意工夫 
 第2の原則は「自主自立」「創意工夫」だ。
 一村一品運動はあくまでも民間主導の運動である。何を一村一品にするかは県内各地域(大分県の場合、合併前は11市47市町村)の住民が決めるので行政としては、一村一品運動の補助金などの制度はない。特別な補助金を出すと「金の切れ目が縁の切れ目」という日本の諺にもある通り補助金がストップされるとこの運動も力がなくなり地域に定着しない。地域の持つ美しい森林・湖などの自然資源、豊かな風土に育まれた民謡などの人文資源、野菜漬け物、魚の干物など農産漁村に伝わる技術がある。地域の特性を活かし新たな産業を興す民間のエネルギーもある。例えば、麦を利用した麦焼酎「いいちこ」の製造、販売の三和酒類は民間会社。民間資金で新製品を醸造、焼酎業界ナンバー1の地位を確保している。私はこのような地域の企業、農家が一村一品を創出する力を「地域力」と呼んでいるが一村一品運動は自主自立の精神でこの地域力を発揮し、最大限に活用して地域活性化を図る運動である。 
 県は技術指導、例えば椎茸栽培に関する技術指導は「きのこ研究指導センター」という県の試験所があり、農産品の加工製品を開発するには「農水産物加工総合指導センター」がある。マーケットセールスについても、東京のホテルで年に一度「大分フェア」を開催、東京の行政機関、外国大使館、マスコミの方を招待し、一村一品料理でPRした。また農産物でなくても、例えば湯布院という新しい400万人の観光客がやってくるリゾート地を地域の若者がつくった。これも一村一品だ。 
 一方、大分と福岡の県境にある人口3900人の大山町という町がある。米を作る平らな耕地もなければ、牛を飼うための広い草原もない。そこで、大山町では国の指導に反して稲作と畜産を止めて、代わりに梅と栗を植えた。農協の組合長が「梅・栗植えてハワイに行こう!」というキャッチフレーズで農民を導いた。また、梅から梅干や梅のジュースなどの加工品を作り、近隣の木材工場から出る大量のオガクズを使ってエノキ茸を作る。そのように、付加価値の高い農産物を作ることで、農家の所得向上を実現した。全国的に農業生産額は減少しているが、大山町は増加している。(1980年対比2004年の県全体の農業組租生産額の伸び率が0・91倍であることに対して大山町は1・76倍で、この伸び率は大分県内トップである)現在、町の住民の70%がパスポートを保有し、これは日本で一番高い割合となっている。 また、農民が農産物の値段を自分で決め販売できる直販施設を作り、そこでは農家の主婦が作る農家の「おもてなし料理」を提供するレストランが大好評で、30万人のお客さんが訪れる観光名所にもなっている。直販施設は県内を中心に7カ所あり、その売り上げは15億円に達し、日本一貧しかった町が豊になった。

③人づくり 第3の原則は、この運動の一番大切な目的である人づくりである。知事が自分で焼酎や椎茸を作るわけではない。やはり農業、商業、観光業などさまざまな分野で新しいことに挑戦していくInnovativeなHuman Resources(進取の気概に富んだ人材)を作るということが大切である。
 従って私は、昼間働いている人が夜、勉強できる塾を開塾した。「豊の国」という大分県の古い呼称をとって「豊の国づくり塾」という塾をつくり私が塾長。農家の主婦や農協の職員、自営業、学校の先生、サラリーマンなど昼間働いた人達が夜に集まるという、大体30人から40人規模の塾を県内に12塾つくり、そこで2年間自分たちの地域をどうやって活性化するか、ということを皆で討議する。それには教科書も無いし先生もいないので、地域の活性化の成功例、例えば麦焼酎「いいちこ」を作った会社の社長さんや、湯布院町の旅館のご主人といった人達を先生にしてケース・スタディをする。現在、1800人の卒塾生がいるが、この人たちが今、県議会議員になったり市長さんになったりして自分の町や村の活性化に取り組んでいる。
 一村一品の品目数で見ると、2001年当時、11市と47町村で336品目。生産高は約360億であったが、1410億になった。一村一品運動はこれまで25年を費やしたが、わずか1、2年でできたものではない。時間がかかる。全てが成功したわけではない。中には失敗したものもある。しかし、重要なことは例え失敗してもネバーギブアップ、あきらめないで再び新しいものにチャレンジし、また新しい経験を積んでいくことだ。一つのものが一つのブランドになっていくためには大変長い時間と努力、それからネバーギブアップの精神が不可欠である。「継続は力」ということばが一村一品運動のスローガンである。 
 この運動は中国、韓国、ベトナム、インドネシアなどアジア諸国、アフリカ、中南米など都市と農村との所得格差の大きいところでは格差是正策として注目され、各国大統領、首相などトップクラスなど2010年度には、52カ国・1080人の要人が現地見学に来県、NPO法人「大分一村一品国際交流推進協会」(Oita OVOP InternationalE x c h a n g e P r o m o t i o nCommittee )に見学、年10回以上各地に講師として派遣されている。

P r o f i l e

1924年生まれ。49年東京大学法学部卒業後、商工省(現・経済産業省)入省。産業公害、石油計画、電子政策の各課長を歴任。その後、大分県副知事を経て、79年に同県知事に初当選。6期を務め、退任。

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