会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2010年8月号掲載)
今回は実際に起きた事例(最高裁判所平成22年12月18日)をもとにして、役員退職慰労金について考えてみたいと思います。
甲社は、代表取締役のAが株式の約99%を保有していました。Bは、昭和47年に甲社の常勤取締役に就任し、平成17年に退任しました。甲社では、昭和48年に役員の退職慰労金の算定基準に関する内規が定められ、常勤の役員については、退職時の報酬月額に在任期間の年数を乗じた額を支払うこととされていました。
具体的には、役員の退職慰労金を支払う際は、事前に株主総会の決議を経ることなく、代表取締役の指示によって支払われ、次期の定時株主総会において、支給済みの退職慰労金の額を退任取締役ごとに明らかにして、計算書類の承認を受けていました。
しかし、Bが平成18年に退社するときには、AはBに対して、退職慰労金を支給しないつもりであると申し渡しました。そこで、Bは弁護士を通じて、退職慰労金の支給をするよう催告をし、結局、甲社は内規どおり約5000万円の退職金を支払いました。
甲社は、その後経営不振となって民事再生を申し立て、Bに対する支払をしてから1年近く経過したころ、Bに対し、この支払は株主総会の決議を経ていないから無効であり、支払った退職慰労金は全額返却するように求めました。
会社法361条は、取締役の報酬は、定款で定めていない限り、株主総会の決議によって定めるとしいます。役員の報酬を決めることは、本来は経営判断の一つですが、報酬を受け取る立場の役員にそれを任せると過大な報酬を受け取って会社に損失を及ぼす危険性があるからです。
このケースでは、事前事後を通して株主総会の決議はありませんから、会社法の建前からいえば、甲社の言い分が認められそうです。現に、第2審の東京高裁は、そのように判断しています。
しかし、甲社では、30年前から発行済株式総数の99%以上を保有する代表者Aが決裁することによって、株主総会の決議に代えてきたこと、Bが退職慰労金の支給をするよう催告をしたところ、甲社は一旦支払を行ったこと、甲社が返還を求めたのは、送金してから1年近く経過してからだったことなどの事情があり、Bとしては、Aの決裁があって、退職慰労金が支払われたと考えるのが自然です。
仮に、Aが決済の手続をしていなかったとしても、5000万円がBに支払われたことを1年間黙認していたといわざるを得ません。
そこで、最高裁判所は、総会決議がない以上は退職慰労金の支払は無効としつつ、前記の経過からして、Bに対して退職慰労金を支給すべきでない合理的な理由がない限り、甲社がBに対して退職慰労金の返還を請求することは、信義誠実の原則に反し許されないと判断しました。
ほとんどの株式を有する株主が同意しているのであれば、報酬の支払に株主総会決議を要求する法律の趣旨は満たされているともいえますが、裁判所は、役員報酬の支払の決定について、ルール通りに手続を行うことを求めています。
報酬決議をしないままに、会社を売却した後で、新しい株主からこれまで会社が払った報酬を返却するように求められたケースも出ています。
本件でも、Bに対して、より少ない金額とする株主総会決議をしていれば、結論が変わった可能性もあったのではないかと思われます。

Profile
古田利雄
ベンチャー企業の創出とその育成をメインテーマに、100社近い企業の法律顧問、上場会社の役員として業務を行う傍ら、ロースクールで会社法の講座を担当している。平成3年弁護士登録。東京弁護士会所属。