会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2008年12月号掲載)
新潟県を中心に、29校の専門学校をはじめ、大学院大学や大学、高等学校、医療福祉法人、社会福祉法人などを総合的に展開するNSGグループ。1977年の開校から30年以上を経て、今や2000人規模の社員が働く、新潟を代表するグループ企業へと成長を遂げている。その代表を務めるのが、池田弘だ。「やりたいことをするときが一番やる気が出る」をモットーに社内ベンチャー制度や企業家支援に力を入れ、Jリーグのアルビレックス新潟の会長として地域活性化にも取り組んできた。「夢を与えられる人づくりが地域活性化の最大のポイントになる。世界で活躍する企業家を育成し、新潟を世界一魅力的な街にしたい」と、その熱き思いを語る。(文中敬称略)
やりたいことをする それがやる気の源になる
1977年に塾やカルチャースクールなどの民間教育機関としてスタートを切ったNSGグループは現在、新潟県と福島県で、29校の専門学校をはじめ、大学院大学や大学、高等学校、医療福祉法人、社会福祉法人などを総合的に展開している。
主力は、NSGカレッジリーグと称する各種専門学校だ。その分野は、ビジネス、公務員、会計、コンピュータ、デザイン、ファッション、メディカル、福祉医療、音楽、ペット、アウトドア、ホテル・ブライダル、映像メディア、アニメ・マンガ、スポーツ、伝統文化など、多岐に渡る。
この他にも、企業家を育成する事業創造大学院大学、新潟医療福祉大学、開志学園高等学校と幅広く展開しており、専門学校と合わせた学生総数は1万1500人。これに加え、英会話スクールのイリノイアカデミー、学習塾のNSGアカデミーなども擁する日本有数の教育事業グループとなっている。
NSGグループは、これらの教育機関などを通じて人材育成に取り組み、数多くの卒業生を社会に送り出してきた。彼らを育ててきたのが、NSGグループの社員である。社員数はグループで2400名を超え、今や新潟を代表する教育機関として確固たる地位を築いている。このNSGグループを率いるのが、池田弘だ。
「私が大切にしてきたのは、社員が自らの夢や志向を把握し、やりたいことがやれる仕組みをつくること。そうすれば、社員が自然とやる気になり、組織も活性化する。社員の成長こそがグループ全体や地域の発展につながると考えている」と、池田は言う。
同社では、毎年1回全社員が将来の希望などを伝える自己申告制度がある。これは現在の職場環境の改善や組織全体への提言、異動の要望などを自己申告する仕組みだ。部門間や法人間の異動をはじめ、新規事業の立ち上げや企業内ベンチャーの起業も提案できる。教育機関として成長を遂げたNSGグループだが、医療福祉法人や社会福祉法人も手がけているのは、社員が自ら「やりたい」と手を挙げたからだ。
自己申告制度からは、新しいビジネスも生まれている。例えば、おにぎり店の「銀座十石」。同店を東京の銀座や恵比寿に展開する和僑商店(旧ワキョウ・インターナショナル)社長の葉葺正幸は、NSGグループの元社員である。
「彼は新入社員の時代から社長になりたいとアピールしていた。将来は総理大臣になりたいと自己申告するくらいで、非常にユニークでやる気に溢れていた」と、池田は言う。葉葺に可能性を感じた池田は、企業家の道に引き込んだ。「まずは起業して株式公開し、そこで得た資金を元手に、政界に入り、総理大臣を目指したらいい。そう助言したのです」葉葺は郷土愛も強く、地元新潟の特産品である米を使った「おむすび店」を構想した。2000年に27歳で会社を設立し、東京都内のデパートや駅前に次々と出店。急激な多店舗展開で、一時は資金繰りや人材流出の危機に追い込まれたが、苦難を乗り越え、今では松屋銀座や恵比寿三越などに店舗を構えている。売上高は約3億円で、「今後の成長も期待できる」と池田は言う。
「失敗の経験も若いときには大切です。もちろん失敗しないことが一番いいけれども、失敗や危機が人を成長させることもある。危機を予知し対処する能力を持つ企業家に育つことが最も重要なのです」
企業家育成こそ日本活性化の鍵になる
NSGグループの経営理念は、各事業を通じて、地域の活性化や日本経済の発展に貢献することだ。「そのためには、世界的な視野を持った企業家の存在が欠かせない」と、池田は言う。この企業家育成こそ、NSGグループの大きな柱となっている。
例えば、2006年4月に、新潟県初のビジネス系専門職大学院として開校した事業創造大学院大学。同大学院では、学生が事業創造や起業に必要な理論と実践知識を学び、経営管理修士(MBA)を取得する。起業を希望する学生が事業計画の立案などで支援を受けたり、優秀な事業計画に専門のファンドから出資してもらうこともできる。
院生の定員は1学年約80名(2学年合計約160名)で、ベトナムやミャンマー、中国、台湾など海外出身の学生もいる。卒業生はまだ50名程度だが、「すでに起業の準備をしている者もいる」と池田は言う。NSGグループの社員も約20名が事業創造大学院大学で学んでいる。
NSGグループが同大学院大学を開校したきっかけは、新潟から巣立ってしまう数多くの若者を新潟に留めたいと考えたからだ。新潟県は、人口約240万人のうち約1万2000人が毎年減っている。そのうち8000人強が若者だ。18歳人口は約2万人で、その半分近くが首都圏に流出していることになる。
「若者が新潟を出て行くのは、仕事がないから。誇りを持って働ける場所がないのです」
強い危機感を抱いた池田は、新たな事業を生み出す人材を育成すべく、事業創造大学院大学の開校を決めた。
「新潟の子どもたちがNSGグループの教育機関で育っても、地元を出て行ってしまえば、いつまで経っても、活性化しません。そこを変えたいと思っています」
人が集まれば奇跡が起こる
新潟に若者が集まれば、そこからエネルギーが生まれ、地域の活性化につながっていく。
「それは絶対に間違いない」と、池田は断言する。その根拠は、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のチーム「アルビレックス新潟」の成功にある。
池田は1996年にアルビレックス新潟の代表取締役社長に就任(現在は会長)。以降、アルビレックス新潟は快進撃を続け、2003年にはJ2でリーグ優勝を果たし、J1昇格を成し遂げる。さらに同年の観客動員数は約66万人で、Jリーグ史上で最多の観客動員数を達成した。その後も04年、05年と3年連続でリーグ1位の観客動員数を記録。その圧倒的な存在感は、サッカー関係者の間で「新潟の奇跡」として知られている。
「アルビレックス新潟の成功は、とにかく人を集め、超満員のスタジアムを作り出したことにある」と、池田は分析している。
池田は94年、アルビレックス新潟の代表に就任する前に、アメリカで開かれたワールドカップの試合を観たことがあった。9万人のスタジアムは超満員で埋め尽くされ、サポーター(観客)は自国の選手の名前を叫びながら応援している。まるで熱狂の嵐で、その応援で地響きが響き渡るほどだった。「その頃の私はサッカーがまるでわからなかったけれど、あの時の興奮はいまだに忘れられない」と、池田は振り返る。この体験が、アルビレックス新潟でも活かされた。
新潟はそもそもサッカー文化がなく、アルビレックス新潟もJリーグへの参加は後発だった。そこで池田が打ち出したのが、「ビッグスワンを満員にする」という方針である。ビッグスワンとは、2002年日韓共催のFIFAワールドカップの試合会場として新設された新潟の巨大スタジアムで、約4万人分の観客席がある。
「このビッグスワンを満員にすれば、サッカーの楽しさを知らない人でも興奮するはず。そう考えたのです」
池田が代表に就任した当時の観客数は平均で4000人ほど。満員にするには、その10倍の観客が必要だった。だが、有料のチケットでは、とても人を集めることはできない。そこで2001年にビッグスワンのこけら落としとして開催された試合で、無料の招待チケット約10万枚を大量に配布したのである。すると、3万2000人もの観客が集まり、新しいスタジアムはほぼ埋め尽くされたのだ。
「大観衆の試合は非常に盛り上がり、新潟の大勢の人にサッカーを体験してもらうきっかけになりました。それまでサッカーに興味を示さなかった人も、ビッグスワンに来れば、刺激と興奮、そして奇跡を味わうことができると知ってもらえたのです」
その効果は口コミやメディアを通じ広まっていき、アルビレックス新潟のサポーターは急速に増えていった。今では常時3万人から4万人のサポーターが試合に駆けつけるほどである。「今まで地元への愛着を持ちにくかった新潟の若者も、アルビレックス新潟の存在で、誇りを持てるようになった」と、池田は語る。アルビレックス新潟は現在シンガポールにもチームを持ち、シンガポールにサッカー文化を根付かせようと挑戦中だ。
またNSGグループは、毎年9月中旬に新潟市内で開催される県内最大の踊りの祭「にいがた総おどり」やプロバスケットボールリーグ「bjリーグ」のチーム「新潟アルビレックスBB」などのスポンサーになり、地域活性化を図っている。にいがた総おどりは、260チームの総勢約1万2000人が参加し、観客動員数も開催3日間で延べ約35万人の大イベントになっている。
「人が集まれば、そこにパワーが生まれ、奇跡が起こります。新潟の若者を地元に留めるためにも、地域活性化に貢献していきたいですね」
渋沢栄一を超える501人の企業家を育てたい
アルビレックス新潟の成功で注目を集めた新潟だが、依然として若者の流出はとまらない。その最大の理由は、若者の就職先が少ないことにある。たとえ新しいエンターテインメントや文化が栄えても、その地域で仕事がなければ生活はできず、活性は続かない。その盛り上がりも一時的なものに終始してしまう可能性もある。
そこで池田は、事業創造大学院大学に加え、ベンチャー企業支援組織の「異業種交流会501」を主催し、地元・新潟の企業家を支援している。この501は、新潟に501社の新規企業をつくり、株式公開企業を生み出すことを目指した数字だ。近代日本を代表する企業家・渋沢栄一はその生涯で500社をつくったと言われているが、その500社を超えようという志である。
「新潟に数多くの元気な企業が生まれれば、企業家精神が広まり、多くの若者のエネルギーを活かすステージとなる。それが新潟の経済発展や活性化につながると信じています。私は新潟の愛宕神社の宮司でもあるのですが、宮司の最大のミッションは地域活性化です。世界で活躍する企業家を育成し、新潟を世界一魅力的な街にしたい。それが私の夢ですね」(藤田大輔)