会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2011年1・2月合併号掲載)
神戸海上保安部の海上保安官が、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突のビデオ映像を流出させたことについて、この保安官を逮捕するべきか否かは国民の間でも議論を呼びました。
「亡国的な政府が愛国者を裁くことはできない」といった知事の発言に代表されるように実質的に悪くないのだから逮捕すべきでないという論調が多かったように思います。
しかし、弁護士の受け止め方は少し違います。悪性が強いか弱いかは、情状に関するものであって、犯罪の成立とは関係ないからです。
この保安官の行為が抵触する可能性のある法は、国家公務員法100条1項の「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない」というルールで、違反に対する罰則は、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」とされています。
まず、この保安官が、この映像を親しい海保関係者から私的に入手した場合には、「職務上知り得た」という要件に該当しない可能性があります。そこで、映像の入手経路の解明も必要なのですが、この件では、そもそも「秘密」といえるのかが問題です。
昭和52年12月19日の最高裁判決は、国家公務員法にいう「秘密」とは、「非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいい、国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りない」としています。非公知になるように厳重に管理されていない情報は、法律的な保護も認められないのです。
この件では、映像が広島県呉市にある海上保安大学校の共有フォルダーに閲覧制限がかけられないまま保存されていて、少なからぬ人数が閲覧をしていたというのですから、「非公知」の状態にあったと強弁するのは難しいケースです。
無理に逮捕請求したとしても、「職務上知り得た」ものか、「秘密」かという両方のポイントが弱いので、逮捕状請求そのものが却下される可能性もないとはいえません。
「秘密」とは、「非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるもの」という考え方は、企業経営のルールの一つである不正競争防止法とも共通しています。
たとえば、同法2条1項7号は、営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為を「不正競争」として、企業の営業秘密を保護しようとしていますが、同2条6項で、 「営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう」としています。
したがって、ある会社が、会社が仕入れのために作成しているリストや、製品の仕上げ工程に関する図面、薬品の調合方法、顧客リストなど会社にとって重要な価値のある情報を無断で持ち出されてしまったとしても、それが「秘密として管理されている」と言えなければ保護されません。
つまり、会社にとって重要な情報であるならば、営業秘密の管理規定を定めて周知徹底する、営業秘密の管理責任者を定める、営業秘密を他の情報と識別できるようにしたうえでパスワードを設定したり物理的に鍵をかけるなどセキュリティ対策を施して「秘密として管理されている」状態にしておく必要があり、そうしないと保安官の事例の日本政府のように、情報漏洩した者に対して何もいうことができないのです。

Profile
古田利雄
ベンチャー企業の創出とその育成をメインテーマに、100社近い企業の法律顧問、上場会社の役員として業務を行う傍ら、ロースクールで会社法の講座を担当している。平成3年弁護士登録。東京弁護士会所属。