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Vol.06【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

資金繰りの恐怖と死の谷越え

(企業家倶楽部2009年1・2月合併号掲載)


「死の谷」の恐怖

 ベンチャーの立ち上げでは「死の谷(デスバレー)」という言葉は、オーバーだと思われるかも知れない。人の生命が絶たれるわけではないが、死の恐怖と対面するくらいの覚悟を求める言葉としては適切だ。

 実際経営において、資本を調達して一苦労。資本を使って事業準備を行って一苦労。商品を販売して資金回収して一苦労。サポートに一苦労と、苦労は尽きない。起業家の心配に大小さまざまあるが、基本的には毎日①想定どおり事業が立ち上がっていくかどうか、②資金繰りが大丈夫かどうか、③事故に巻き込まれないかどうか、が大きな心配といってよい。

立ち上げ資本枯渇の実態

 事業が立ち上がるかどうかの準備中は支出ばかりで収入がない。その間財務的には赤字が継続して、調達した資本はみるみる無くなって行く。1999年に投資をしたディー・エヌ・エー(De-NA)もインフォテリアもエイケアシステムズも、2000年から2002年にかけて収入が雀の涙で赤字が継続し、手元の現金がどんどん無くなって行った。 

 DeNAはビッダーズの立ち上がりの先行投資と、新規顧客獲得のためのプロモーション費用を巨大なヤフオク対抗戦に投入し疲弊した。インフォテリアは創業期で商品が固まらないのに、早すぎた海外進出の戦線拡大費用を湯水のごとく投入して結局いったん撤退した。エイケアシステムズはシノックス時代にデータセンター事業を夢見て設備投資をしたが、ITバブル崩壊で売り上げがたたず資金が枯渇した。

 予定通りに支出はしていても、事業の準備は遅れに遅れる。できたはずの商品も仕様が顧客を満足させられず、しかも品質の不具合も見つかる。売れるはずの商品サービスも、有力な顧客候補との間でなかなか商談が進まない。起業の物語は失敗の連続だ。とうとうあと数ヵ月で現金が底をつくことが読めるようになる頃は、起業家にとっても焦りの毎日で、夜もおちおち眠れない恐怖の毎日が訪れる。

資金繰りはさらに起業家を疲弊させる

 事業が立ち上がらず、資金繰りがきつくなると、起業家は毎日毎時間、資金繰りに追われることになるから、心もそぞろになってくる。最初は投資家からの追加支援を期待するが、駄目だと銀行やしまいには友人や知人、親戚にまで資金支援をお願いするようになる。それも駄目だと事業縮小や、支払いの延期が始まる。事業どころの話ではなくなるのだ。貧すれば鈍す、とはこのことだ。普段の経営判断が鈍ってくるのである。本来の切れが無くなって来ると言うべきか。

 だから、資金繰りがきつくなる前に、早く手を打つべきなのである。余裕のあるうちにそうならないように判断して早めの対策を打っておく。事業規模をミニマムサイズに縮めることができれば、少なくとも月次収支は均衡する。破綻の危険性がなくなれば、判断力が回復し、再起できる可能性が高まるのだ。

 ところが最近の銀行の経営変化によって、資金繰りに余裕があったはずなのに突然厳しくなるベンチャーもある。資金繰りが数ヶ月先に行き詰まる危険性が明らかになったときどうするか。大幅に計画を変更し、実行するしかない。借金した場合、銀行から有利な条件で貸してやると言われると、ついつい資金が楽になると成功の確率が上がると思うので、起業家には断る勇気がなかなか無い。断ればせっかく準備して築いてきた事業をリストラしなければならなくなる。心理的に、二者択一を迫られるわけである。

 借金は必ずしもいけないことばかりではない。しかしその場合でもバランスすなわち健全性が重要となる。

 自己資本(起業家資本+VC)+負債(借入など)=使用総資産

 借入の場合、この総資産の資産性と、収益性(生産性)が健全性の決め手となる。借金で手に入れた工場などの資産性が高ければ、事業が駄目ならば売却して返済出来る。また、工場などの設備の生産性が高く収益が出るのであれば、その収益で借入の利子と元本返済をカバーできれば、その借金は健全だと言える。

 借入返済と事業利益のタイミングの同期が取れているのが理想だが、計画は常に変更されるので、自転車操業に陥る確率が高い。その時、財務構造を見ていてくれる優秀なスタッフがいると起業家は大変助かるのだが。

「最悪の事態」とは

 事態の最悪度は、事業の立ち上げ資金を何でまかなったかによる。DeNAやインフォテリアは、大半をVCの追加投資資金でまかなって来られた。DeNAは何とかとうとう借金せずじまいで上場できたが、インフォテリアは、平野社長が保証人となり借入をしたことがあるが、一時的ですんだ。

 大概未上場企業は銀行借入に関し、社長自身が個人で保証人になる必要がある。(上場企業の世界ばかりで生きてきた人は、社長が会社借入の保証人になることを知らない人が多い。なお個人保証は上場する直前で銀行保証が外される。)

 投資家の資金だけで事業を準備する限り、事業が失敗して解散しても、投資家が傷つくだけで、信頼は失うかもしれないが自分の会社への投資分だけを失うだけだ。ところが個人保証した借入があると、事業が利益を生まない期間が長引けば返済原資も無く苦しいことになる。赤字と借金返済が同時に来るから、きつい。いわゆる財務は火の車状態となる。会社が破産すれば、保証した経営者自身も破産しなければならなくなる。そこまで行けば、家族も巻き込む困難な状況となる。

失敗に愚直に向き合え

 よく評論家は、失敗と成功を対義語のように説明する。実際は、成功優良企業ですら、ミクロで細かく見ていくと失敗ばかりしている。成功が大きいので失敗が合成されて目立たないだけなのだ。つまり失敗しない会社が成功するのではなく、失敗から学び続ける会社が成功するのである。プライドが邪魔して自分は常に失敗しないなどとごまかしても、本物の経営者の共感は得られず、むしろ敬遠されるだけだ。

 であれば、VCが出資したときの事業計画は、後に失敗でずたずたになってしまって良いか。答えはイエスだ。事業計画どおりの案件などみたことない。逆に過去の事業計画にこだわり過ぎると、変化する時代についていけない。計画は常にリニューアルされるべきだ。投資したVCも促進こそすれ、こだわらせるべきでない。

 事実は人を傷つけない。事実に基づく限り人はたくましく乗り越えられる。経営幹部の間で、愚直に、出来るだけ早く膿を出して、乾かして、未来を再構築して堂々と克服していけばよい。事態への対応は、早ければ早いほど良い。学習した経営幹部は困難を乗り越えることでさらに強くなっていく。

 人を誤らせるのは、事実の粉飾である。意外と事実を粉飾する結果になる人は、人に優しい性格がいたずらすることが多いように思う。周囲の期待や、当事者を傷つけたくないという気持ちが邪魔をして、事実と向き合わない結果になってしまうのかもしれない。自己管理が甘いタイプの社長も人に甘くなりがちだ。

 脚色された事実報告に基づいた対策案は、まるで迷宮である。だまし合いのような幹部間の対策が合理的なわけがない。優秀な人が集まっているはずなのに、事態は悪いままで、経営課題について、原因分析も優先順位も、ことごとく間違ってしまう。巧妙な責任の擦り付け合いや、忠実義務違反が横行する。単純な経営課題がいつまでも解決されないのは不思議なくらいだ。失敗が継続し、克服されない。社内情報自体が矛盾しており、あきれた優秀な経営幹部が辞めていく。このとき、VC担当者が巻き込まれて混乱の一翼を担ってしまう場合もあるので注意が必要だ。

 良いことも悪いことも、事実と向き合ってこそ、未来にまじめに、常に根本を疑い、迅速に対応することが出来る。

 ベンチャーキャピタリストはキャピタリストで、そういう事態に前線が陥った場合、やはりVC組織のプライドとか組織の論理に判断を歪めないで、迅速に事態に対処または助言しなければならない。起業家の合理的行動の背中を後押ししてあげるのである。

創業計画の再構築

 再構築すべき創業計画には四つの層がある。この四つの計画を事実に基づいて見直そう。そして、至急行動に移そう。

第一層:企業構造計画

 定款、株主総会、株主名簿、事業目的、発行株式、取締役会、会計、監査などをどう設計するか、主に株主総会で重要事項を議論し決議する。

第二層:経営計画

 法律や定款に基づいて、資本を調達し、社長を決め、経営陣を組織し、組織規定を決議し、事務所を準備し、経営計画を適宜修正しながらどう資本投入するか、主に取締役会で資金計画・人事計画を含めた経営課題を議論し決議する。

第三層:事業計画

 経営計画に基づいて、市場戦略を考慮し、実際にどう商品を開発し、仕入生産し、在庫し、どんな顧客に、どんな仕様と品質の商品サービスを、どんな価格で、どう販売し契約し回収するか、主に経営会議で事業計画を修正しつつ、実行し、あわせて、経理人事活動も統制する。

第四層:仕事計画

 開発、製造、販売など各部門で、日ごと週ごとの活動計画を統制する。

資金繰りの危機を超えて

 DeNA南場社長やインフォテリア平野社長、エイケアシステムズ有田社長など、社会の中で起業家の役割は大きい。彼らの失敗を乗り越えてきた日々の活動が、結果的に経済社会のフロンティアの市場を切り拓き、きちっとした企業として革新的な商品やサービスを世の中に提供できるようにした功績は、2008年のように金融が崩壊しようが証券市場が暴落しようが、その社会価値は不滅のものである。

 多くの起業家がこの困難な時代を迎えているが、困難なときこそ経営力を高めるチャンスである。健全性の範囲を見極めながら、本来の個性と輝きを失うことなく、長期的な創業活動を全力で全うできることを心から願ってやまない。企業家の方々は人生をかけて、この不況を乗り越えていただきたい。

著者略歴
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表
村口和孝 《むらぐち かずたか》
1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。東京を中心にベンチャー企業の創業支援、株式上場支援を行い、ベンチャーカンファレンスを開催。99年よりボランティア活動として、「青少年起業体験プログラム」を慶應義塾大学など全国各地で実施。03年より徳島大学客員教授。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。現在、日本経済新聞夕刊にて定期的にコラム執筆中。

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