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Vol.07【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

経済激変をチャンスにベンチャー経営の見直し

(企業家倶楽部2009年4月号掲載)

 2008年後半から歴史的な経済大変動が目の前で起こっている。米国でオバマ政権も新しく出来た。悲喜こもごもの決断のときだ。まず過去を振り返り今を確認しよう。

1998年不況とNTVP創業

 私が大学を卒業した1984年から、ベンチャーキャピタル投資を始めて25年、すでに四半世紀が経過する。その間、大小のバブルと不況を何回も繰り返している。
85年のプラザ合意以降円高で大変だった80年代後半、規制緩和によるNTT・JR民営化、低金利政策による過剰流動性が日本の土地バブルを生んだ。
 それが89年ベルリンの壁崩壊後、日本では不動産バブルが崩壊した。途中、私が担当したアインファーマシーズが上場した94年頃、新規上場IPOが半年ほど出なかったことがあった。その頃はまだ、新興国の成長はゆっくりしたものだった。
 97年アジア通貨危機もあり、拓銀、山一證券が破綻し、98年長銀が破綻した。後に「失われた十年」と言われるようになった。

 その間アメリカではシリコンバレーでネットベンチャーが、ベンチャーキャピタル(VC)の支援を得て続々と産声を上げていた。ちなみにヤフーの会社設立が95年で、ナスダックに上場したのは96年である。日本でも95年を境に急速にパソコンが普及し、ネットも98年を境に利用が急増する。この年グーグルが創業した。 

 NTVPは通貨危機後経済が最悪だと言われた1998年に創業した。つまり2009年で設立満10年になる。「行動しよう」と思い切って創業し、個人で意思決定出来る新しいスタイルのVCを始めた。金融的VCから脱却し、産業的VCを目指した。最悪は、考えようによっては新たな行動のきっかけだ。

最近10年間の環境変化とNTVP
98年はTLO法が施行で大学発ベンチャー元年となった。NTVPは11月アイ1号投資事業有限責任組合を設立し、ベンチャー創業投資をスタートし、99年インフォテリア、ディー・エヌ・エー(DeNA)、エイケアシステムズなどに投資。同年マザーズ等新興市場が発足。ベンチャーITネットバブルがやって来て2000年には楽天が上場した。シリコンバレーのドットコムブームが去ると01年バブルが早々と崩壊した。
 04年グーグル上場頃から再度ネットバブルがやってきて、05年投資先DeNAが上場した。06年ホリエモン事件でベンチャー不況に突入した。大企業の景気は堅調でしばらくはBRICS新興国市場の発展に牽引されて、世界が好景気を享受するかに見えた。07年投資先インフォテリア上場。08年原油が100ドルを突破し、世界を資金が駆け巡り新興国の株価を暴騰させ、北京オリンピック開催が新興市場の継続的発展を予感させた。

 それが08年秋、アメリカ住宅バブル崩壊に端を発しリーマンブラザーズが破綻し、金融投機資本主義が連鎖的に崩壊し、世界的大不況に突入した。

 現在NTVPは、約30の投資先のあくまで事業立ち上げに愚直に努力している。経済大変動にベンチャーキャピタル再考 さて今回の世界的大不況は、どこまで広がりを持っていてどう底を打ち、どう復活するのか分からない。100年に一度の大変動といい、証券市場も低迷している。各国の景気対策に依存する経済情勢は予断を許さない。我々はどういう投資活動をなすべきか。そもそもVCとは何なのか、再考する好機だ。

 多くの人が「ベンチャーキャピタリスト(VC)」の仕事を、「未公開株の投機家」と勘違いしているかもしれない。未公開の株を出来るだけ安く手に入れ、上場して売却する。それで投資収益を実現する。実態はネット投資家と変わりはしない、と。

 まずキャピタリストは、株を短期間で売買する市場での証券投資家とは異なる。10年という長期にわたる事業投資資本を投入し、起業家を支援して事業を立ち上げ、その事業価値を最終的には証券市場で株価という尺度で評価してもらい、投資活動価値を収益に実現する。最終的な出口(イグジット)は証券市場だが、日々の活動領域は長期の事業活動の現場そのものである。

VCが価値を実現する株価とは

 そもそもVCが価値を実現する「株価」とは何なのか。

 株価=時価総額(期待利益×PER倍率)÷発行
    済株式数
   =EPS(一株利益)×PER倍率 
    
 もう一つ、BPS(財務結果である一株純資産)×PBR倍率という解散価値をベースに見る投資尺度もある。

 上場株価を決める倍率とは何か。ミスター・マーケット(市場さんという人)が決めている美人投票、と比喩される。つまり投資家の気分(センチメント)が決める。様々な経済情報や投資対象企業情報によって、売買してポートフォリオを組み替えたくなる。例えばDeNAや08年12月にマザーズにIPOしたグリーの将来に期待する人は、「株価がもっと高くなるべき」と株を買うだろう。反対に将来に期待しない人は、「株価は高すぎる」として株を売る。その結果として株価が市場でつく。株価は日々ぶれる。この「ぶれ」(ボラティリティ)が投資家にとって面白い振幅であり、投機の対象になる。ただ為替や原油の価格変動の影響を受けるなど株価の未来を当てるのは困難だ。

 いずれにしても、「VCが価値を実現する株価は、投資対象企業の財務結果と、経済環境、および市場参加者の心・投機行動の写像」である。

株価の原因たる財務結果とは何か

 経営者は株価を形成する財務結果に責任を持たなければならないと言われる。VCも財務結果の実現を期待している。ところで、利益とは何か。金融資本主義の人にとっては、単純に「利益=売上 原価 販売管理費」であろう。ところが産業界の現場から見ると、これはいささか会計的な集計値であり過ぎる。

 つまり、売上とは顧客に一つひとつ商品を契約に基づいて売価で販売して納品し、売掛を回収した結果を、会計処理した数値である。原価とは仕損じ品の原価や在庫処理や労務費の集計、減価償却を為替などの影響を受けながら会計処理したあとの数値である。販売管理費とは様々な販売活動や総務活動の会計処理後の数値である。だから、簡単に利益が売上×売上利益率で出て来はしない。「財務結果は、日々の事業活動の、会計処理後の集計値」以外の何ものでもない。

財務結果原因は事業活動そのものだ

 魅力的な商品がなければ売る物がない。「顧客に商品をお買い頂く」という経済活動がすべて事業の根幹だ。顧客は誰なのか、商品はどうあるべきか、経営者は命がけでこのことに集中している必要がある。そして、必ず競合もある。

 そもそも売上が立つのは、時間と経費をかけて開発した商品が完成した後のことである。また、技術が高かろうが低かろうが、その商品は時間をかけて、仕様、品質、すべての点でキレのある、売れる商品に仕上がっている必要がある。そうでなければ販促しても売れない。売値は市場で決まってくる。値決めに決まりはなく、たいがい市場価格より少し安くする。経営者に重要な意思決定事項となる。それは売上結果に大きく響く。
 商品の供給体制はどうするか。一定の供給個数を、一定の品質・原価で仕上げ、納期に間に合わせなければならない。出荷のためのロジスティックスも確保せねばならない。仕入先との関係、交渉も重要だ。販売チャネルの構築も必要だ。

 いずれの事業活動の現場にも、金と人と情報が密接に関わる。従業員と総務経理が基盤 事業活動の生産性の要は、役職員の日々の働きである。経営者は役職員を採用し、働いてもらうが、みんなそこに言うに言われぬ苦労をしている。同じ人が倍働けば倍の生産性だが、やる気を失せれば十分の一にもなる。

 経理は、勘定の要で日々の計数管理の積み上げが、月次の、さらには年次の財務結果につながってゆく。財務情報が管理できなければ経営判断は難しい。総務は労務管理や受付、不動産の管理、行事まで幅広いが、会社の事業活動基盤である。

経営者の心象風景が価値の源泉

 経営者は人である。その人が顧客に商品を提供する事業を準備し、実現しようとしている。その原点には経営者の人として心に抱かれた未来イメージがあり、実現しようとする情熱がある。そういう意味で、事業の成否はすべて経営者の心の中にあるといって過言ではない。

 従業員を雇うのも、経理総務体制を作るのも、事業を準備し、商品に値段をつけて顧客に満足してもらうのも。売掛を回収し売上を立て、会計処理して財務結果を生み、ミスター・マーケットに株価を踊らされるのも、そもそもの原因は経営者の心であり、人生活動の内側にある。

 とすれば経営者の事業活動は実に価値ある創造的活動で、経営者は人類の経済生活基盤の創造主である。しかもその原因が経営者の心にあるとするならば、経営者の心象風景こそが世界の経済価値の源泉であると言える。

 翻って経営者は心を鍛え、商品と顧客と従業員をとらえ、財務的に利益を生むことを喜びとせねばならない。逆から見れば、経営者の心のサイズ以上には会社は発展しないと言えるだろう。

 今回の大不況は先行投資で金食い虫のベンチャー経営にとって深刻だ。株価が下がってIPO市場が機能せず、未上場企業も思ったように資金調達が出来ない。もう一度経営者とベンチャーキャピタリストは、何のために毎日苦労しているのか、自らの心を振り返り、基本に帰って経営を見直すよい機会ではないか。
「ベンチャー生き残りの7条件」として、
1 ローコスト(リストラ決心か)2 フロンティア、ハイエンド(飛び抜ける)3 ニッチ(集中必要)4 商品の完成度(完全主義)5 必ず居る顧客群(ファン作り)6 資金繰り 7 情熱・決意
の点検が必要だと思う。「不況にも必ず生き残り勝利する」と心に強く思い、とにかく諦めない事が重要だ。
 経済危機こそ経営者が決意する時だ。


著者略歴 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表  村口和孝 《むらぐち かずたか》
 1958年徳島生まれ。 慶應義塾大学経済学部卒。84年日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。東京を中心にベンチャー企業の創業支援、株式上場支援を行い、ベンチャーカンファレンスを開催。99年よりボランティア活動として、「青少年起業体験プログラム」を慶應義塾大学など全国各地で実施。03年より徳島大学客員教授。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。

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