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Vol.11【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

フロンティアへの投資と「キャズム」越え 次の成長ビジネスは、これだ!

(企業家倶楽部2009年12月号掲載)

フロンティア領域のキャズムと「秋葉原」
 ベンチャーキャピタルが投資する資本の投入先は、時代のきわめてフロンティアな領域である。つまり、まだ実例のない商品や市場でのゼロからの事業活動ということになる。ある市場カテゴリーの立ち上がりのステップは、マーケティングの世界で「テクノロジー・サイクル」として時間順に次のように表現されている。

1.テクノロジーオタク「最初に最先端の実験的商品を買うのは、新し物好きの変わり者だ」 2.ヴィジョン先行派「少々難があっても他人より先に未来のものを手にしたい人がいる」(ここまでが初期市場で、キャズムは越えていない) 
3.現実主義者「他人と同じ時期に導入し、冒険したくない」(関連市場が発展しボーリング連鎖状態から、急成長トルネード状態へメイン市場への普及期に) 
4.保守主義者「確実に実績あるものだけを使い失敗したくない」(騒ぎが収まり成熟市場へ) 5.懐疑主義者「新しいものなどノーと言ったらノーだ」

 以上、ジェフリー・ムーア氏の著作「キャズム」の意訳だが、2から3への移行にはキャズム(大きな溝)を越えなければならず、顧客へのビジネスそのものを大幅に変えないと越えられない。日本では秋葉原は、オタクという表現が出来る前から最先端のパソコンなど、新しいエレクトロニクス製品が販売される先進的な街として世界的に知られる。秋葉原はいわばキャズムの前段階である新製品開発の初期のユーザーである、オタクの反応を確認できる巨大な実験場だった。以前はマイクロソフト創業者のビル・ゲイツをはじめ世界のITマーケッターたちが秋葉原を観察に来ていた。

 これがNTVPが現在、秋葉原という街に事務所を置いている理由だ。つまり、初期市場で活躍しなければならないのがベンチャーキャピタルであるので、最初に商品を導入するテクノロジーの先行ユーザーが活躍する街「秋葉原」こそ、ベンチャーキャピタル活動に有益だと考えた。

ベンチャーキャピタルの社会的使命
 ベンチャーキャピタルは金融業ではなく、社会の事業フロンティアの開発支援業である。投資事業組合がファンドの形態をとっていることから、金融業だと思ってベンチャーキャピタルを指向する人が多いが、この仕事の融的な作業時間は恐ろしく少ない。時間全体の5%もないのではないか。実際に何をやっているかということの本質を書いた本がある。前述の「キャズム」の終わりの章に「ベンチャーキャピタルの役割」という部分がある。

1.投資先ベンチャーの事業計画作成過程でキャズムを越えるストーリーを検討させる 
2.全般的な市場顧客の特性を把握するのみならず、ノルマンディー上陸作戦の対象となるような、特定の具体的標的顧客を検討させる 
3.商品サービスの説明文(バリュープロポジション)を、完璧になるまで改善させ、そこで標的市場規模を推定する 
4.ホールプロダクト(その商品が実際に顧客にとって役に立つための関連商品の周辺セット)を構築するため、投資先がパートナーや提携先を探す手助けする 
5.それらの結果、推定していた市場規模が妥当なものかどうか、再度検証させる 
6.競争分析やポジショニングに注意し、小魚を性急に大きな池に投げ込む失敗を避ける 
7.流通や価格設定に注意し、完全にキャズムを渡り終えるのを確認するまでは、粗利を気にし過ぎない 
8.キャズム越えのためのプロセス管理に沿って、資金を無駄に使い過ぎないよう管理する

 すなわち、ベンチャーキャピタルが社会的に担うべき使命は、投資された資本によって市場投入された新商品が、顧客に浸透するための観察と、支援をすることである。

ベンチャーキャピタリストは山師ではない
 フロンティアをキャズムの手前で投資して開拓する資本協力者がベンチャーキャピタリストである。こう認識できると、ベンチャーキャピタルがキャズムを越えた後の投資家でないことは明らかである。このことは、次の恐ろしい結論につながる。つまり、本当のベンチャーキャピタリストは、マジョリティーからすると常に少数派ということだ。さらに「ベンチャーキャピタリストは技術ベンチャーの創業者たちと同じく、越えることが難しいキャズムを越えようとしている社会の危険人物」ということになるのが必然だということだ。

 ベンチャーキャピタリストは常に産業の新領域に先行投資し、キャズムを越え市場に橋頭堡を築こうと努力する。投資を始めたときはいつも意見の少数派である。時代の伝道師的なところがある一方、必ず成功するとは限らないことから山師的と誤解される危険性の高い専門職でもある。この専門職は産業が発展するために絶対必要な職業である。もちろんベンチャーキャピタリストも起業家も一か八かの山師ではない。

 日本の社会の中で、キャズムを乗り越えようとする創造的な少数派の活動を活発化すべきである。創造性の高い新規性の高い活動は、少数派であるがゆえに必然的に創業ベンチャーにこそ期待される。キャズム越えの挑戦を、創業ベンチャーにおいて職業とする仕事がベンチャーキャピタリストであり、その活動を社会的に質量ともに充実させていく必要があるのだ。

今後何が儲かるか

 我々ベンチャーキャピタリストはどの領域が儲かるか、常に考えて投資活動を行っている。実際NTVPはどう考えているか。いくつかの未来仮説を持っているので、以下列挙する。

1.テレビのデジタル化がもたらす時代の変革 2.動画コンテンツのサイズ巨大化精細化と、伝送通信容量の爆発化 3.飲料水のビジネス化、空気清浄など環境対策 4.スマートフォンの普及  5.無呼吸症候群など成人病の治療 6.ほか

 いくつか投資先を見てみよう。

「ウォーターダイレクト」水の最前線

 水が安全に飲めるということは生物にとって重要なことである。人類の5分の1がちゃんと水を飲めていないという。泥水を飲むために子供が結石になり死ぬこともある。発展途上国では河川の汚染によって飲料が不足し、何らかの手当が必要である。水は人類が直面している環境問題の一つである。

 一方、日本は雨がよく降りよっぽどのことがない限り水に困ることは無く、日本中の水道水が衛生的に飲める。だからこれまで水はタダと世界で最も水ビジネスの感覚が鈍い国だった。ところが渡航経験のある日本人から、徐々に水は買って飲むものだという文化が広がりつつある。

 NTVPの投資先に2006年創業のウォーターダイレクト(本社東京)がある。まだ設立3年だが、すでに売上20億円、経常利益1億円の規模になり急成長している。事業内容は、水の宅配事業である。特徴はこれまでの水の大ボトルを届けて回収し、洗浄して使い回しをするツーウェイ方式に代わって、ウォーターダイレクトのボトルは宅急便で送り届けることが出来、ボトルが縮んで捨てられるので、洗浄したり使い回したりしない。新しい水のワンウェイでの宅配事業にベンチャーキャピタルが注目したのである。

 1990年代からはじまった人類によるインターネットの利用はますます増加してきており、ブロードバンド常時接続が当たり前となりつつある。最近では家庭用ビデオカメラで撮った動画をYouTubeなどネットで保存し、デジタルテレビで見る時代を迎えようとしている。そうなるとインターネット空間はトラフィックで溢れかえり、全世界のプロバイダーやキャリアの伝送容量は相乗的に増加しつつある。増加を続けるデータセンターの電力使用量はばかにならず、重大問題だ。 これはインターネットがそもそも持つ「冗長性のあるネットワークのアーキテクチャー」が、必要以上に設備を大きくしている部分的理由となっている。外部同士を繋ぐのはこれまでの冗長ネットワークでよいが、内部のネットワークまで冗長である必要はないのではないか、と考えたNTVPの投資先が、アキブネットワークス(本社東京)である。「ボーネット」と名づけたネットワークは、PCIエクスプレス(I/Oインターフェイス)でマザーボード同士を直接超高速でネットワークする。この新しい方式で、世界最高速のネットワークを実現した新商品がほぼ完成した。そこにベンチャーキャピタルが目をつけたわけである。

テレビ番組を縦横無尽に  検索できるSPIDER

 テレビのハードディスクレコーダーは普及しているが、NTVP投資先PTP(本社東京)が開発しているSPIDERはテレビ番組を一週間分、全チャンネルを自動録画し、時間の束縛なく視聴することが出来る優れものだ。しかも、登場する役者や、企業名、音楽グループ、テーマなどでGoogleのようにテレビ番組を情報検索することが出来る。しかもリモコンの操作性抜群である。おそらくデジタルテレビの未来には、こういう優れた機器が使われるのではないか、とベンチャーキャピタルが目をつけた。

CATVの明日を担う 「ジャパンケーブルキャスト」
 空中波の世界でアナログテレビの時代が終わろうとしているのは周知の事実である。ハイビジョンでデジタルな世界が正に始まろうとしている。ということは、ケーブルテレビ(CATV)の世界もデジタル化が進んでいる。そのインフラを担うのがジャパンケーブルキャストである。その時代の変化にベンチャーキャピタルが目をつけた。 1990年代ウィンドウズとインターネットの登場でパソコンインターネットが劇的に進歩した。2000年代は、PCネットサービスがブロードバンドになり一般化すると同時に、携帯電話市場がスマート化し、iPhoneが登場してヒットした。おそらく2010年代はデジタルテレビが進化するだろう。そこでジャパンケーブルキャストの活躍する領域が広がっているだろうと、NTVPは投資した。

著者略歴 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表  村口和孝 《むらぐち かずたか》
 1958年徳島生まれ。 慶應義塾大学経済学部卒。84年日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。東京を中心にベンチャー企業の創業支援、株式上場支援を行い、ベンチャーカンファレンスを開催。99年よりボランティア活動として、「青少年起業体験プログラム」を慶應義塾大学など全国各地で実施。03年より徳島大学客員教授。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。

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