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Vol.16【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ベンチャーの失敗に学ぼう 立上げ失敗の現場

(企業家倶楽部2010年10月号掲載)

新規事業投資は地獄の出発点か

 起業家からコンタクトがあり、ベンチャーキャピタル(VC)は新事業への投資を検討する。そのうち起業家の情熱にほだされて、事業の可能性を信じるようになって来る。そしてとうとう投資を決意する。最初のAラウンドは数千万円の投資かも知れない。VCから投資を受けられただけでも大成功だと、皆で居酒屋で騒いだりする。ところが投資を受けた翌日から、当初の事業計画は、だいたい予定通りに進捗しない。

 まず予定の商品が、計画通りには技術開発が進まず、遅れに遅れる。エジソンの電球実験やキュリー夫人の放射線実験、冒険物語を引き合いに出すまでもなく、技術は科学技術が相手だから予定通りになど開発出来ない。未定だからこそフロンティア領域なのだ。特許を取ろうとしたり競合を出し抜こうとするが、さらに競合も頑張りもするし事業環境も時間とともに変化する。

 資本を使うのは計画通り使って、結果は予定通りでない。遅れるという事は想定以上に資本を使ってしまうという事を意味する。テスト販売が始まるはるか以前に当初投資した資本が底をつきそうになるのだ。起業家と投資家は協議してBラウンドの追加投資をする(受け入れる)。

人を増やしても予定通り立ち上がらない売上

 さて、ようやく出来あがった商品の発売時期も仕様も想定外のものとなるが、更に直面する次の計画外の出来事はテスト販売の惨憺たる結果である。予定ではもっとどんどん売れて行くはずなのに、実際には一部を除いて顧客候補の反応が鈍い。

 つまり、売上が立ち始めるはずなのに、商品がいけないのか、顧客が商品の魅力に気がつかないのか、値段が高いのか、競合に阻まれているのか、そもそも市場が無いのか、いずれにせよ事業を見直さなければならない状態におかれるのだ。せっかく仕入れた材料も作り掛けの商品も在庫の山だ。

 役員会や経営会議で原因究明と対策が打たれる。売れないのは営業力が弱いからだと、営業組織を人を雇って整えれば、赤字は膨れ上がり人を管理する本社機能まで肥大化して経費は増大の一方だ。管理担当役員は予算による経費の統制と管理がいい加減だからだと事業が出来てもいないのに経費を節約の為立派な管理システムを導入しようとする。特に金融系の上場を目標とするアドバイザー連中は焦って、上場審査時必要となる有価証券報告書が書けるような作業に早々と着手させようとし過ぎ、余計な人材が事務所をウロウロする。

 当然資本が尽きて来るので、起業家は投資家と協議して新しく事業立ち上げのためのCラウンドの資本を集める。

立ち上がらない事業をリストラへ

 ここまでAからCラウンドまで資本を投じて来たのに事業はまだ立ち上がらない。投資累計額が、数年で数億円に膨らんで来ているかも知れない。良い兆しもあるが、悪い兆しもある。積極策に出ても、それでも売上が十分立たず、赤字からどうしても脱却できない。起業家は必死で計画の変更に至ったやむを得ない経緯と明るい将来性を内外に説明しようとするが、不思議な理由で幹部が退職したりする。

 とうとう株価を下げるなど条件を悪くしてDラウンドの増資を実行する。かろうじて増資で資金が集まると、また起業家は資金を使って積極策に出ようとする。せっかく集めた経営資源を生かし、失敗を挽回しようと必死になるのである。

 ここまで来てさらに赤字が続き、お金が尽きて来ると、投資家も起業家も、過去の夢のような計画が実現しない現実に直面して、夜も眠れなくなって来る。事業が立ちあがらない無限のアリ地獄に落ち込んだような気になって来る。売上不十分のまま、もう数億円もすってしまったのだ。膨らんだ余計な営業組織だけでなく、商品の開発陣や出荷要員も、今となっては多すぎるかも知れないと思えて来る。熱心に雇った人に辞めてくれと頼むのは心理的にきつい事だし、出来れば避けたい。前にも後ろにも進めないが、後ろに進むしか道がない。人生の汚点になるのか。そもそも、このプロジェクトを最初から始めなければ、どんなに苦しまないで済んだだろうか。残念ながら二度と過去は戻らないのだ。

事業第一の失敗

 「顧客向け商品が出来ない」

 ここに掲げた事業立ち上げの典型的失敗をよく振り返ってみよう。失敗は世の中の景気が悪くなったせいか。政府のベンチャー政策の失敗か。それとも予算管理体制の構築失敗なのだろうか。ベンチャーキャピタルとの打合せの失敗だろうか。それとも幹部の退職だろうか。それとも技術開発の遅れだろうか。そのどれでもない。

 第一の失敗の原因は、結局一定の数がある顧客の購買行動に合致した商品を妥当な価格で、競争を乗り越えて提供出来なかった事にある。商品の仕様と、価格と、顧客の存在、商品供給環境、及び競合は、五つの切っても切れない事業成功の最低条件である。

 特に、「顧客の現実の存在に対して商品を企画すること」に成功せずして、事業の成功はあり得ない。顧客とは誰で、どのくらいの数世の中に居て、それはどんな生活を送っている人、又は会社なのだろうか。その人又は会社は、当社の商品を購入するのだろうか。想定顧客が存在し、想定顧客が満足する様な商品を企画開発出来ているかどうか。

 こういう問いかけでもよいだろう。「タダだったら、開発した商品を実際、顧客は喜んで今すぐ使い続けますか」。タダでも使う顧客が居ないモノを、お金を出して使ってくれる奇特な人は世の中に居ない。いっぱいいますよと言うなら、一週間以内に使って喜んでいる商品のユーザーを目の前に連れて来て、使用した感想を聞かせて欲しい。

 N社は最先端のチップを開発製造している会社だが、顧客が必要とする性能が出なかった。性能が出ていない製品をいくら技術が優れていると言っても、客が使いようがない。結局本格的に売れ始めるのに8年も時間がかかってしまった。早期に雇った営業マンや上場のための管理部長はとうの昔に退職していなくなった。売れ始めたのは性能が出るようになったからで、営業マンの営業努力ではなかったのだ。

 だいたいこのタイプの売れない理由を営業のせいにする技術ベンチャーは、そもそも顧客関係情報の紙のファイリングすら出来ていないケースが散見される。つまり顧客観察が雑なのだ。製品につける名前や価格、マニュアルもいい加減だ。まずは営業のアクセルを踏まず、想定顧客に向けた実際に売れる商品開発、ビジネスモデル開発という目標に集中しよう。技術が高度であるという事に満足して、顧客むけの商品開発を怠って成功はない。

資金のプレッシャーと起業家の成果説明失敗
 第二の失敗は、成果説明のごまかしだ。限られた資本で事業を立ち上げようとする活動の中で、資金が枯渇する時間切れのプレッシャーが強烈に起業家にかかっている。

 気の弱い起業家は、商品開発の遅れを投資家が恐ろしくて正直に説明しづらい。事業計画を説得して資金を調達した手前ついつい、「商品の開発は順調です」、と投資家に言ってしまう。そして、「生産体制の構築に遅れはない」、又は「販売の反応は順調で好評です」、と耳触りの好い成果報告をしてしまう。「本当は少し遅れている」という報告と「全く解が見えません」という報告は、本質的に内容が異なる。これで行こうという開発商品にたどり着くには初期購買顧客との間で相当のテストが必要になる。「初期顧客をよく観察させて頂く」という手間のかかる丁寧な作業時間の投入が必要なのである。

 本来時間経過とともに学習により成功確率は上がっていくはずだが、計画を宣言した手前、プレッシャーに負けて成果説明を誤魔化していると、起業家自身辻褄が合わなくなり、目標へ達成進捗状況の実態がつかめなくなってしまう。そこで何が起こるか?余計な人を雇ったり、無駄な会議が増えたり、取引先提携先の契約が相互に矛盾したり、本音と建前が食い違う社風が出来たり、限られた時間や資金を無駄に浪費する事になる。

 もっと最悪なケースは起業家が責任を負いたくないため、営業幹部を採用し、事業所を増やし、すべての責任を営業幹部のせいにして、採用しては首を切るということを繰り返す場合だ。事業計画責任者の採用と退職というケースもある。いったい責任を回避する目的で貴重な資金と時間をどれだけ無駄にすれば良いのだろうか。立上げ失敗から目をそむけるために事業を複雑化した罪は重い。

 現実の経営分析と、それの元となる報告は、極力本音と建前を排し、愚直で具体的、論理的にシンプルかつ合理的でなければならない。

商品供給環境構築の失敗

 売れそうな商品が出来たからと言って、供給体制を甘く見る失敗が第三の失敗だ。品質条件を満たしているのか。商品番号を管理しているか。出荷の時にどういう方法で検査しているか。仕入れ業者、外注業者は良く管理できているか。

 DeNAは最初のシステム開発の外注管理を失敗して危機に陥った。T社は命運を掛けた新製品の外注管理に失敗し、顧客に不良品を出荷した結果、新事業を3年間棒に振り、訴訟問題を抱えてしまった。P社は肌に触れる材料の加工工程を変更したら製品が原因不明の肌荒れを起こし、上場プロジェクトがとうとう民事再生プロジェクトになってしまった。

競争や機会を見過ごす失敗

 以上の失敗は目の前で起こっている失敗なので、よく注意していれば役員会や経営会議で指摘して改めやすい失敗である。ところが、「競争や機会の変化の見落とし」は、すぐには商品開発や営業成果に反映してこないから、失敗の因果関係が分かりづらい。しかし、実はそもそも事業を起業した大前提条件に関係のある重大要件である競争と市場の機会の変化は、会社の存在意義(ポジショニング)に関わる重大問題である。知らない間に競合に包囲されている事もある。ニュースにうとい起業家はサボっている。

 役員会の報告事項、決議事項の中に、事業を取り巻く重大な環境の変化について経営陣が説明して、事業構造の見直しをする検討の時間を設けているだろうか。ドラッカーの言う事業定義の議論だが、たいがいのベンチャーの役員会は、月次財務報告と予算実績分析と決議事項だけで終わって満足しているのではないか。私の出席する役員会では、事業内容そのものを再検討をする為、必ず環境変化を評価する時間を大切にしてもらっている。

その他の失敗

 ベンチャーが失敗する原因を経験あるベンチャーキャピタリストは多く見てきている。役員候補を雇うのに、どうしても過去の実績にとらわれ高齢者の昔有名だった方を採ろうとする起業家の失敗とか、ストックオプションを恩賞的に過去に活躍した人に与え過ぎ、新しい有能な人達に渡らないケースのほか、資本政策失敗や借入過多など様々な失敗がある。

 失敗の中でも最悪の失敗は、失敗を認識しない失敗だ。起業家の失敗を投資家ベンチャーキャピタルや景気、政府のせいにしているような起業家は、自らの犯した失敗から何も学ばず、せっかくの成功への学習という財産を、みすみすどぶに捨て続けている起業家だ。頭を丸め、当面瞑想が必要である。

失敗から学ぶ

 新しいことにチャレンジすれば、それだけで失敗はつき物である。途中のチャレンジ結果の失敗は、最終的な失敗ではない。問題は挑戦した結果の失敗を直視し共有する勇気と、改革の機会とタイミングを逃がさないこと。そしてそこから何かを学び取り、最後まで成功を信じ諦めないこと。起業家精神の最も重要な要素だろう。DeNAの南場社長の優れている点である。恥を捨て、愚直にシンプルに成功に向かって、腹を決めよう。

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合

代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

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