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Vol.17【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

起業ベンチャーが成功するための4つの観点

(企業家倶楽部2010年12月号掲載)

起業体験プログラムは起業活動の縮図

 1999年秋、池上本門寺の境内でNTVPの社会貢献活動である起業体験プログラムを始めて11年が経つ。ベンチャーキャピタリストが忙しいのによくやっていると言われる事がある。高校生大学生が学園祭で運営するタコ焼き屋やカキ氷屋の経営は、ともすればトヨタやパナソニックやDeNAなど上場企業の経営から大きくかけ離れている「お遊びだ」と思われるかも知れない。

 しかし、タコ焼き屋の経営とトヨタの経営にどこに違いがあるだろう。学園祭とは言え、人は簡単にモノを買ってくれたりしない。半年間に過ぎない擬似的会社設立運営ではあるものの、屋台の経営から実に多くの事を学ぶ事が出来る。今年も、品川女子学院や郁文館夢学院の学園祭などを舞台に、様々な経営体験ドラマが繰り広げられている。

慶応大学理工学部大学院編

 今年で7年目となる慶応大学理工学部大学院「創業体験プログラム2010」の授業が春4月から始まり、参加者110名の規模で、今年も人気授業となっている。いずれも5月連休前後にかけてチームを組み、社長を選び、パソコンで事業計画を作って投資家に説明した。

 投資家はベンチャーキャピタリスト側として、慶應ビジネススクール(KBS)のベンチャーキャピタリスト養成講座が、授業でチームを作り、擬似的に投資組合契約書を作成し、既に4つのファンドを設立して運用成績を競っている。擬似的とはいえ、現金を準備している。事業計画発表会のあと投資委員会を経て出資が決まる。ファンドは強力なポートフォリオを組もうというのだ。去年は脱落したチームがあったが、今年は擬似政府のテコ入れもあり、全てのチームが平均7万円程度の投資を受ける事が出来た。

 夏休み前には本職の司法書士の協力を得て、各チームは会社の憲法たる定款を作成し会社を14社設立登記して、株を発行し資本を集め現金が手渡された。夏休みには、その資本を使って学園祭当日の顧客を想定して商品を開発し、投資家との間で試食会が、猛暑の中、多摩川の河川敷で行われ、商品の完成と調理テストが行われた。(今年は例年になく、全てのチームが飲食業を起業した。)

 今年の開発商品でユニークなメニューは、トルティーヤ(メキシコ料理)、ファラフェル(イスラエル料理)、カレーブルスト(ドイツ料理)、インドネシア串焼き、イランケバブ、プチたい焼きなどであり、全て当日食べてみたが力作で、結果的にはそれぞれなかなかの味に仕上げていた。他校でユニークだったのは、エアガンの試射サービス(郁文館)、校章入りストラップ及びポーチの自社開発(品川女子)だった。

 さてこのあとは、学園祭(矢上祭)で模擬店をレイアウトし飾り付け、仕入先と交渉し材料を仕入れ、加工して商品を製造し、値段を付け、販売文句を考え、在庫管理をしながら商品を顧客に販売する。事業の結果は、試算表の作成を経て貸借対照表と損益計算書にまとめられ、監査を受け株主総会で株主に事業報告し、承認を受けなければならない。その間、様々な状況の変化に対応しながら経営し、運営を進めてゆくのだ。

 チームによっては結束が固まるところも、時間と共に参加者の方針が一致せず、バラバラになるところもある。社長が交代する事すらある。投資家側と起業家側の方向性が互いに妥協できない事もある。まさに実務活動の中で、起業活動の縮図を体験する事が可能なのである。

 学園祭の販売日直前には、NTVP投資先のウォーターダイレクトの役員会の一員で、元ユニクロ社長の慶応大学OB玉塚さんに来てもらい、ユニクロ発展について講演してもらったが、ユニクロ成長の現場の混乱体験談と大変さが生徒の皆には、体験しつつある分、いつもより切実に伝わったようだった。

矢上祭初日のドラマ

 2010年10月9日~10日の週末に、慶応義塾大学理工学部大学院のメンバーが矢上祭において、春から事業計画を作り会社設立して株を発行し、資本を集めて準備してきた14社が模擬店を出店し、二日間の販売事業を行った。

 週間天気予想通りとは言え、このプログラムには珍しく、初日9日の昼頃から雨模様。特に夕方は雨がひどくなり、とうとう来場者がまばらとなってしまった。折角工夫を凝らした店舗の装飾もびしょびしょに濡れてしまった。その前週末、暑くてカキ氷が売れた郁文館夢学院起業体験プログラムから一転、気温も大きく下がりやや肌寒くなった。販売する相手の顧客市場条件が全く変わってしまったのだ。いくら商品が良くとも、客が居なければ売上は立たない(技術ベンチャーにありがちな話だ)。

 一日目終了試算時点で10社が赤字と、プログラム始まって以来最大の危機だった。赤字の規模も大きく、10社のほとんどが数万円単位の赤字だった。しかも、参加メンバーは冷たい雨の中の販売活動で肉体的にも精神的にも疲労困憊していた。一日目の途中経理試算作業が終わった後、夜9時近くになって一日目終了ミーティングの席で私は言った。

「悪天候の中、販売活動お疲れ様でした。皆さん、本当に事業活動って、大変でしょう?君らは今子供と大人の中間にある。つまり子供時代の消費者からこのプログラムでは働く生産者として、他人である顧客に商品を販売する事の厳しさを、雨の中味わったかも知れません。

 また皆さんの活動を見て、NTVPが創業支援したDeNAやインフォテリアが大赤字だった頃を思い出しました。実際起業活動とはそんなものです。しかし両社の赤字はもっと大きく、月々数千万円しかももっと長い数年にも渡るものでした。

 今日の販売活動とその試算された集計数字の結果を観察すると多くの会社が赤字状態ですが、それぞれ企業の様々な課題に気がついたでしょう。現状認識をしっかりして、改善改革修正を加えて、明日も在庫政策怠りなく、頑張りましょう! 体だけは気を付けて下さい。」

 何と、その時点で翌日の天気予報も100%雨だった。肉体的にもきついし、これが授業でなかったら、途中でやめたくなる状態だっただろう。私はプログラムの主催者側で見回っていただけなのだが、雨の中足が冷たくて、迂闊にも風邪を引いてしまった。

二日目に奇跡は起こった

 風邪薬を飲んで寝た二日目日曜の早朝、目が覚めると家の外はまだ雨がバサバサ降り続いて居て、天気予報通り今日もひどい天気になりそうだと諦めた。ところが奇跡は起こった。不思議な事に朝9時ミーティングの頃には、一瞬かも知れないが、ほとんど雨が落ちて来ない状況にまで回復したのだ。私は言った。

「一晩で改革改善は出来ましたか。機会損失とボトルネックの観察が重要だと言ってきましたが、今日は雨の予想から一転して、実際はこのまま雨が上がるかも知れません。そうなったらそうなったで、雨を想定して仕入れ量が少な過ぎ、機会損失を出すチームが出て来るかも知れない。その場合追加仕入れはどれだけ必要でしょうか。しかし売れ残ればゼロ評価で損失になりかねません。各社考えて下さい。販売日最終日は、特に在庫管理に気を付けて下さい。今日一日頑張りましょう!」

 朝見回ると、各社はほとんどが売り場のレイアウトを変更したり、メニューや価格、仕入れの量を修正していた。青少年の学習力とは力強く、素早いものである。

 天気回復により学園祭自体の客足も順調となり、何と、昼過ぎには薄日が差してきたではないか。各社の生産効率も初日よりは飛躍的に熟練し、チームのみんなが必死で販売した。一日目には引っ込み思案だった販売員も、歌舞伎町の客引き顔負けの積極人間に人格を変貌させていた。しまいにはベンチャーキャピタリスト役のビジネススクールの連中までが居ても立っても居られず、売り子となって走り回って売っていた。これはまさにハンズオンというべきか。

 各社昨日よりは販売数量を伸ばし、チームによってはやや仕入れ過ぎたので処分値段に価格を落として在庫を売り切り、閉店した。二日目の試算をした結果、結局全社が損益分岐点を突破し、黒字となった。まったく奇跡的だと思った。会計試算活動を終えて言った。

「本当にご苦労さま。この二日間、初日は雨でどうなる事かと思いました。しかし、あらゆる起業活動がこうやって困難を乗り越えて行きます。君らは今回の雨で本当に良い経験をしました。グーグルだって何処だって創業の困難は同じです。また状況はすぐに変わるのも同じです。最近の急激な円高に対応するトヨタやパナソニックとて同じこと。さて販売活動が終わっても企業活動はこれで終わりでありません。本決算と監査、事業報告をする株主総会があります。世の中の諸先輩や保護者の皆さんも企業に関わって同じ苦労を共にしている。大袈裟に言えば人類に商品を提供する為に皆大変な努力を続けている。

 また、皆さんは消費者の立場の子供から、生産者の立場の大人へのちょうど中間点に居る。単に屋台の事業を学園祭で楽しく行って良かったね、だけじゃなく、このプログラムでは貴重な体験を、なぜ会社によって業績が良いところ悪いところと差が生じたのか、是非経営科学的に分析して創業体験レポートに仕上げ、自分の人生に役立てて欲しい。そして、将来君らの中からアップルやグーグルを創業する起業家が出て来て欲しい。本当にお疲れ様、よく休んで下さい!」

子供から大人へ

 生産者として働いて収入を得るということは、大変なことであり、教育の目的は本来「消費者から生産者に進化するための準備」といっていい。なぜ大変かといえば、収入は基本的に顧客に商品またはサービスを提供することで得られる。つまり他人を満足させなければならないからだ。消費者は自分で消費して満足していれば良く、自分が商品の選択者である。子供はアンパンマンの玩具が欲しいと言って親に駄々をこねられるが、大人の生産者はその玩具を消費者に金を出して買って頂かねばならない。この立場の違いは歴然としている。

 現代という社会は、コンビニではコンピュータが勝手に商品の価格を打ち出し、ポスレジスターで管理している為、消費者と生産者が価格を交渉して決める、という経済では当たり前の場面が少なくなっている。つまり子供たちや青少年にとって学ぶ場が無くなってしまっている。だからこそ、起業体験プログラムの様な教育プログラムがこれからますます重要になって来るだろう。

10年間で整理出来たこと

 企業を起こす時、決めなければならない事はいっぱいある。まず何を事業とするか。タコ焼きならどんなタコ焼きにするのか。それを製品開発し、いつ市場に投入するのか。何処から、どの時点で、いくらで、どのくらいづつ仕入れればよいのか。生産のピッチスピードはどうあるべきか。販売価格をどう設定し、在庫をどの程度持つべきか。資金をどう管理し、経営データをどう測定すればよいか。

 それらの大前提として、チームのメンバーはどうコミュニケーションすればよいか。そして、そもそも会社のルールである定款、株主名簿、役員と社長を誰にすればよいだろうか。
25年以上の本業ベンチャーキャピタリストの傍ら、10年以上に渡る高校生や大学生が起業した、事業と設立して解散した数限りない株式会社の成り立ちと短期間の行方を観察していて、株式会社を4つの観点でとらえればよい事が整理出来たと思う。

1.未来に向かって困難を乗越える、経営陣の起業家精神

2.社会貢献する強力なマネージメントの仕組み、幹部人材およびファイナンスの構成

3.世界に実在する情報不完全な他人たる顧客に、競争状態かつ、未成熟市場環境の中、ピカッと光る未来商品を提供するイノベーション

4.ボトルネックのない合理的な運営オペレーション

 ベンチャーキャピタリストとしては、この4つが最も充実した起業ベンチャーに投資すべきである。

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。著者略歴結果、結局全社が損益分岐点を突破し、黒字となった。まったく奇跡的だと思った。会計試算活動を終えて言った。

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