会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2011年1・2月合併号掲載)
第19回ベンチャーカンファレンス開催
2011年11月25日、26日に慶応義塾大学との共催でNTVPベンチャープライベートカンファレンスを開いた。水マーケットやデジタルTVサービス、スマートフォン、タブレット、SNSマーケティングの将来を考えるコーナーが賑わった。
今回は特に、26日の午前中にはモバゲーで有名になったDeNA南場智子社長の3時間長時間セッションを実現し、ツイッターで呟いた事も功を奏して、数百人の観客が慶應義塾大学三田校舎の西館ホールに集まった。このカンファレンスは2000年から数えて19回目の開催となったので、すでに十年続いている事になる。このカンファレンスの講演者の常連から、DeNAのような売上1000億円級の一部上場企業が出て来た事は凄い事ではないかと、嬉しい事である。南場社長のコーナーにはインフォテリアの平野社長、エイケアシステムズの有田社長が同席し意見を述べ合った。語られるDeNA1999年創業来遭遇した様々なトラブルの振り返りは、ベンチャーにとって何が大事なのか考えさせられた。
失敗と初めてしっかりと向き合う
今回、このカンファレンスとしては初めて、「失敗」というものを真正面から取り上げた。実際のところベンチャーでなくても、人生や事業は失敗の連続である。失敗が無い人は居らず、ズッコケだらけでなのだが、ところが失敗の話は格好悪くて出来ず、どうしても成功話になってしまって、成功談は実態の良い所ばかりの、半分しか説明されないことが多い。
今でこそ勝ち組と言われるDeNAですら、失敗の連続の中から這い上がってきた。1999年10月、困難を極めた大企業との資本提携の途中で、さらにシステム外注のトラブルで、いきなり企業存続の大危機に陥った。南場社長はその時、報告メールを打とうとしても手が震えてなかなか打てなかったと告白した。私も呼ばれて現場に急行し、何とか窮地を脱した。そのネットオークション事業では2000年のヤフオクとの戦いに実質的に敗れ、2001年破綻寸前まで追い込まれた。辛うじて増資で破綻を回避しつつ、商店街ショッピングモデルに進出。2002年中小法人営業体制をドサ回りで構築して、損益分岐点を越えやっと黒字転換。何とか生き延びた。
それ以降も何やかやとトラブルが尽きず、それを乗り越えながらDeNAは成長して来た。2004年、新規事業のモバオクが当たり、顧客ヒアリングを繰り返すことで、携帯市場における新しい勝手サイト市場の現実性を確信する。当事、携帯にはなかったポケットアフィリエイトで新境地を切り開き、2005年株式上場して、モバゲータウンでさらに成長するわけだが、その間もいろいろな失敗と困難に遭遇して、乗り越えてきた。(2010年末現在も、公取が入るなど様々な解決すべき問題と向き合っているが、世界市場を目指して頑張っている。)
11月26 日のカンファレンスにおいて、南場社長は一時間半に渡って失敗と成功の創業物語を、生々しく振り返ったのである。
失敗続きはDeNAだけではない
振り返ってみると、失敗続きはDeNAに限った話ではない。インフォテリアは2000年、集めた20億円近い資金を使い果たすぐらい初期の海外進出に大失敗した。主力商品が未完成のまま海外展開するという失敗を犯し、あと数ヶ月撤退が遅れたら倒産だった。それ以降にもあれこれ失敗を乗り越えて、2007年上場を果たした。現在、中国に開発拠点を持ち、スマートフォン用のアプリの開発などにも進出している。
エイケアシステムズは2000年、データセンター構想がITバブル崩壊で失敗し、まさに倒産寸前になった。有田社長が最初に手がけた医療サービスサイトは結局うまく行かなかったが、まさに倒産の危機の原因となったデータセンターで展開するネット上のメッセージングサービスは、その後MailPublisherという主力商品となって、現在の繁栄を享受している。
なぜ成功する前に失敗するのか
特に新しい市場の新しいサービスは、万人に予期できないことが連発して起こる。つまりすべての企業は、大なり小なり失敗を繰り返して成功するものである。大企業とて同じことである。他人である顧客は時代の変化とともに学習し購買行動を急速に変貌させてゆく。また、技術の進歩や原価の低減によって、商品と顧客を取り巻く商品提供環境が、グローバルに変化してゆく。さらに誰が参入するか分からない状況下で、競合先の行動など予測不能である。
そんな内外の環境変化の中で、まったく新しい顧客に、新しい商品をぴたっと提供するなど、キャッチボールをしている二人の人が、お互いに野球ボールを同時に投げて二つのボールが当たるくらい困難な、全くの神業(かみわざ)であり、優良企業ですら出来るものではない。
つまり新規事業は、既存市場であるか新規市場であるかによって若干様相は異なるものの、他人様である顧客と、同じく他人様である仕入先、競合先を相手に事業を立ち上げてゆくのだから、必ず計画通りなどは行かず、まず間違いなく当初の計画は失敗する。私の経験では100%失敗すると言っても良い。いわんや、上場準備で必要とされる予算統制などベンチャーに働かせること自体無理などころか、ミスリードを招く害であると言わざるを得ない。
つまり大企業のサラリーマンが常識としてきたいわゆるPDCAサイクル(PLAN,DO,CHECK,ACTION)だけでは、創業経営は駄目だと言うことである。計画統制が意味ないのであれば、どうやってベンチャーを経営してゆけばよいのか。
NTVPのベンチャー発展モデル
PDCAの計画予算統制的な組織的経営モデルと異なり、我々がカンファレンスで提唱したモデルは、拍子抜けするぐらい単純である。
1・夢をもち、開始し、資本を集める
2・新商品を準備する
3・仮説を持ち、顧客へ市場投入
4・試行錯誤の末、失敗する
5・資金の危機を生き残る
6・顧客行動等、事業を再度観察し、学習
7・成功し、ミッション再確認し、組織化する
8・以降繰り返し
このモデルの特徴は、途中必ず失敗の過程を明示的に通過することをモデル化している点である。つまり、失敗なくして成功なし、というモデルなのである。なお、5の資金の危機を生き残る段階を失敗すると、経営破綻という事になるが、そうでない限り、失敗は繰り返し経営の時間経過の中で出現し続ける。要はたくさん失敗し学習することだ。
失敗なくして成功なし
一般に「失敗をいかに避けて成功するか」と言うことを、マスコミを始めとして、世間は考えているのではないだろうか。失敗は避けるものではなくて、失敗こそ学習する重要なプロセスなのである。
この点、日本の諺に「失敗は成功の元」とあるが、これは慰めの処世法のように理解され、あくまで失敗は悪いもので、反省しなさいと読める。しかし、失敗をなくしたら成功など出来るはずもなく、頻発する失敗を避け続ければ、産業社会全体がガラパゴス的に縮んで行って失敗してしまうだろう。これを新しい諺にするとすれば次のようになる。
「失敗なくして成功なし」(新しい諺案)
また、この困難な状況を乗り越えていくエネルギーの源泉こそが起業家精神である。個人の起業家のみがこの学習過程を乗り越えていくことが出来る。新しい市場の新しい商品という難問を創造的に解くことが出来るのは、組織でなくて個人または複数の個人である。
なぜ大企業は新事業に失敗するか
一般に大企業は、既に過去成功体験を積み、PDCA事業組織が出来、計画統制するようになっている。学生の新人研修で厳しく鍛えられるのは、PDCAサイクルの実行である。つまり就職した大企業には既に経営計画が存在し、役員会で予算統制し、業績の予想を証券取引所などに開示(タイムリー・ディスクロージャー)している。PDCA事業組織は業務分掌と職務権限で厳しく統制され、サラリーマンは、就業規則を守りつつ、経費を使いながら与えられた業務を遂行し、計画に基づいて予算を達成することを求められる。
この一見常識となってしまっている宗教のようなパラダイムであるPDCA事業組織が、実は新市場の新商品の市場投入作業で、必ずしもうまく機能しない。PDCA事業組織が良く機能するのは、市場や商品の特性が良く学習されてすでに明らかになっている場合だけである。まだ学習が終わっていない新分野においては、計画そのものが仮説の域を出ないので、むしろ失敗学習の方が重要だ。
それどころか逆に機能してしまう場合も指摘できる。計画があるがために、予算精度を上げるために月末や期末に仕事が駆け込みで増えたり、逆に、達成し過ぎている理由で、仕事が先送りにされることもある。現場のサラリーマンは計画の悪さを理由に、自己の無能力を正当化する隠れ蓑として使うことが可能だ。また一方で計画達成の圧力が強過ぎると、いわゆる先の太平洋戦争における虚飾された大本営発表ではないが、未達成事実の巧妙な 粉飾すら作文される危険性がないとはいえない。人事に影響する悪い情報は後回しの報告になり、市場の事実が組織の壁で見えなくなってしまう。
このような既存市場では有効な大企業型PDCA事業組織は、明らかに新市場で失敗を繰り返しながら成功にたどり着くモデルには向かない。
新事業は起業ベンチャーにこそ任せよ
新しい起業ベンチャーには当初夢だけで何もない。一般に金もなければPDCA組織もないから、そんないい加減なベンチャーに社会的な重要な仕事は任せられない、と言う風潮が、最近の日本に強い。ところが、それがベンチャーの弱みどころか、強みなのである。起業ベンチャーの組織は、PDCAが支配的でないので新規性の高い商品サービスが市場投入の失敗を繰り返しながら学習し、成功の可能性を高めることが出来る。世界中の起業ベンチャーが新しい領域を切り開くのはその為である。
だからこそ、起業ベンチャーの振興が、特に既にエスタブリッシュ大企業が産業の中心を形成している先進国にこそ求められるのだ。日本の場合奇妙なことに新領域の事業開発を、政府は大企業組織に求めているようにみえる。これは非常に社会的に不効率であると言わざるを得ない。ネット等新市場の事業は起業ベンチャーの活動を活発化することが必要であり、そのためにこそベンチャーキャピタル(VC)活動が社会的に重要なのである。
起業ベンチャー政策の修正が必要だ
その点、証券取引所などの上場審査のあり方も日本のベンチャーを育てていない元凶の一つである。なぜなら、上場審査が求める新興ベンチャーの経営組織は、大企業型PDCA事業組織が機能しているかどうか、と言う点に力点がおかれ過ぎているからだ。起業ベンチャーを、財務だけで、またPDCA事業組織の出来具合だけで評価するのはそもそも論理的に間違いだ。新市場における商品性、顧客からの評価や市場の将来性とポジション、経営者の起業家精神評価も必要だろう。
また政府は、起業ベンチャーによる新領域での活動と、それを支えるベンチャーキャピタル(VC)活動の活発化を政策目標にし、メッセージを発するべきである。さらにマスコミも含め社会全体で、失敗がいけないという風潮を改め、「失敗なくして成功なし」という新しい諺を日本の合言葉として、起業ベンチャーの育成に再度取り組んで欲しいと考える。激動の時代は常にチャンスに溢れ、社会はまさに起業ベンチャーの活発な活動を待ち望んでいるのだから。
著者略歴
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》
1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。