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Vol.19【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

フェイスブックは日本で上場可能か?

(企業家倶楽部2011年4月号掲載)

極端に少ない日本のIPO社数イコール中国の20分の1

 2008年頃から、日本の上場企業数が激減している。いったい日本で何が起こっているのか。今年も一説によると、20件台だそうだ。一方中国では2010年、香港、澳門(マカオ)台湾地区を除く大陸部のベンチャー市場で481件新規上場(北京縦横合力管理諮詢有限公司による)し、204件から倍増した。つまり現在のIPO市場は、日本は中国の20分の1にまで落ち込んでいる。インドも200社超、韓国の100社弱にも大きく水をあけられている。

 これでは日本経済の未来を楽観視せよという方が無理である。東証や大証からすれば、新規上場は数ではない質だ、日本では大塚製薬や第一生命など、中国から比べれば上場の内容が良いと言いたいのかも知れないが、それも的外れである。日本で創業90年も経過した大塚製薬(売上約5千億円)や創業100年を超えた第一生命が新規上場して一兆円以上の時価総額を実現しても、日本経済社会は何も変わらないだろうから、取引所の歴史的仕事とは思えない。なぜなら大塚製薬や第一生命は既に資金調達の必ずしも必要のない、既に出来上がった会社だからだ。ポカリスエットの大塚製薬が以前から上場企業だと思っていた人の方が多いのではないか。

新規上場数は若い起業家のデビュー数

 日本の新規上場企業が少ないという事は、若い起業家を世の中に新しい領域で社会的デビューさせられてない、ということである。新規上場には、若い起業家が起こした新しい事業の立ち上がりを、資本の面から強力に支援するという産業史的に重要な意味がある。一般的に、新しい大きな事業を実現するには、より大きな資本が必要である。DeNA(南場智子社長)が今日、SNS市場で世界に進出しようと米国企業を何百億円も投入して買収し挑戦する事が出来るのは、現在上場会社になって充分な資本を持っているからだ。証券市場は、いわば植物の生長点に成長ホルモンをふんだんに供給する機能があるのだ。

 日本が若い上場企業を出せないでいる間に、中国の上場した若いベンチャー企業群(国営企業など古い企業も含まれるだろうが)には、公募増資で資本を集め、起業家たちの新しい分野の新しい経済活動がさらに活発化している事は明らかであろう。もちろん全部が全部順調に成功を続ける訳ではないし、未来が保証されるわけでもない。ただ重要な事は、中国では若い起業家が上場することで新しい分野に投資家の資本を集め、未来への挑戦が質量ともに出来ている、ということだ。

 新しい領域の新しい事業は、通常若い感性の人々によって実現されるのが社会の早道である。仕事を引退した初老の方々が、AndroidやiPhoneスマートフォンのアプリを、連日徹夜をして開発する様子は想像し難い。

 若い人こそ、激しい変化の中で、新しい商品を新しい顧客に提供するのにふさわしい。一方、新しい領域で活躍すべき若者たちは充分な事業を立ち上げる資本を持ち合わせていない場合が多い。そこで社会は、立ち上がりつつある新しい領域の事業を行う企業を証券取引所に上場させることで、資本調達の機会を設け、社会全体のイノベーションを加速しようとする。

 これが株式上場である。だから健全な社会は、若い企業の上場数を低迷させてはいけないのである。

若い起業家は必ず一度は事業に失敗する

 若い起業家が新しい領域における事業の起業家にふさわしい理由は明らかだが、新しい領域はまだスタンダードが定まる前の領域であるからこそ、チャレンジしても事業に失敗する事が多い。むしろ、私の経験からすれば、すべての起業家が何回も失敗をしながら初めて学習し成功のきっかけをつかんでゆく。しかし、これは避けるべき問題なのではなくて、当然遭遇する過程であり、社会に新規事業への挑戦が重要である一方で、人は、社会のあちこちで失敗も目にする事になる。

 ただ、経営にとって事業失敗と、財務破たんとは全く状況が違う。新しい分野の新しい挑戦には失敗がつきものであるからこそ、起業家に必要な事は、銀行借り入れでなくて、VCの支援であり、株式上場による投資家からの出資応援なのである。起業家が、投資家からの出資で事業を立ち上げている限りにおいて、事業が失敗しても企業が破綻するということはない。それがたまにどこかのベンチャーで、返さなければならない借り入れで得た資金で、リスクのある新しい事業を立ち上げようとしていったん失敗すると、借金が返せなくて破綻するということも起こる。その都度、民事再生など新聞の三面記事の血祭りに上がることになる。そうなると二度と起業家として再起することが困難となる。つまり、最初から未来の不確実な新しい挑戦的な領域の事業は、借入ではなく、投資家の出資金で立ち上げておけば良かったのだ。社会の中で、株式による資本調達と新しい領域の新事業の立ち上げは、切っても切れない相互に重要な関係にある。やはり新規上場による増資は、社会の中で新しい企業が新しい産業領域を生み出すための成長ホルモンなのである。

フェイスブック映画から上場審査方法を考える

 2011年1月、東京証券取引所は市場関係者に向けてマザーズ改革の説明会を行った。信頼性を回復し活性化したいという、遅いけれども前向きな改革案だ。それでもなお、世界の最先端の上場審査から後れをとっているように思われるのは、私だけだろうか。

 例えば、時を同じくして日本でも公開されたフェイスブックの実話に基づく「ソーシャルネットワーク」という映画を見た人は驚かなかっただろうか。まず起業家ザッカーバーグの26歳という若さと、一兆円以上とも言われる未上場段階で付いた会社の時価総額の大きさ。つまり1/4の株式を保有するザッカーバーグは既に若くして数千億円という、とんでもない桁の大資産家である。そのフェイスブックはつい2004年に始まったばかりの十年も経っていない事業であること。ザッカーバーグは何度も訴えられており、これまで多額の和解金を払って来たこと。それに事業の立ち上げを手伝ったナップスター元創業者のショーン・パーカーが、どの程度事実かどうかはともかくとして麻薬取締役法で逮捕され、会社を追放されたことなど。

 そこで問題だ。もし日本の証券取引所にフェイスブックが上場するとしたら、受け入れてもらえるのだろうか。まず株主が既に未上場段階で取引されており、アメリカから欧州ロシア中国など世界中に散らばっていて、日本の証券取引所がその素性をガラパゴスな尺度で審査することなど、物理的に不可能だと思われる。それに、フェイスブックのような新しい領域の企業に、審査段階で要請される中期計画と、それに整合した年次予算及び、月次予算の達成度管理の精度向上を要請しても、意味がないだろう。さらに数十億円の和解金を払わされたザッカーバーグは日本の証券市場の上場企業の社長に相応しいのだろうか。しかも、麻薬取締法違反で逮捕歴のある元幹部で大株主の存在を、どう審査するだろうか。

日本の新興証券市場が機能する条件

 私なりに25年以上のベンチャー投資経験から、いくつか日本の新興証券市場が、新しい領域の起業家を輩出できるようになるための条件を述べたい。

 第一に、まず起業家の人をしっかり評価する事。この一見難しそうな作業は、起業家の先輩に評価させれば審査できる。とくに起業家的な元気さ(アップルのスティーブジョブズはハングリーさとフーリッシュさを重要だと言う)と、ドラッカーの言う真摯さ、と独立心、フロンティア精神がキーワードになってくるだろう。大人しくて行儀正しい経営者が良い起業家とは限らない。

 第二に、会社の法的な躯体を評価する事。特に定款と優先株、ストックオプション、取締役会などの構造を契約的によく確認して合理性があるかどうか評価すべきだ。例えばフェイスブックは、グーグルと同様に議決権を強化したような優先株を発行しているが、こういう特殊な優先株の合理性を評価できなければならない。また株主の適切性については、世界の常識に従って判断すべきで、少々乱暴な程度の株主がベンチャーの株主にいる事を上場否認の理由にすべきでないだろう。

 第三に、事業を評価できなければならない。日本の新興市場は事業計画と財務計画を混同することなく、ちゃんと事業計画(つまり商品と顧客、人と仕入)を評価出来る体質に変われるか。財務計画(売上、利益)こそ客観的なKPI(重要目標達成指標)である、とする古い従来の単純な評価軸では、新しい領域の事業は評価できない。なぜなら、新しい領域の事業は、社会全体にとって新しいがゆえに、顧客も未体験ゾーンで試行錯誤しているし、まだビジネススタンダードが確立していない。ということは、誰もまだ事業モデルを持っていないので、現実問題、財務計画不可能な領域だ。環境は非常に流動的だろうから、財務以外の、事業実態に直結したKPIを見つけて評価するようにしなければならない。

 例えばフェイスブックの映画で百万人の登録者到達をカウントダウンするシーンがあっただろう。登録者数は必ずしも財務的売上に直結するとは限らないが、あの時点では登録者数の伸びこそフェイスブックを評価する唯一のKPIだったろう。会員数の伸びとか、アクティブ会員数とか、アクセス数とか、出店数、来客数、問い合わせ件数など財務には表れない数字が、多くの新しい市場ではKPIとしてより重要である。市場のポジションはそういうデータでなされる。

証券市場の起業家をデビューさせる情熱

 近年の上場後の新興市場会社の粉飾などによる事件は、以上三点をよく見ていれば防止できたはずである。最後に重要な事は、証券市場当局の情熱である。元気な起業家を、魅力ある企業を、将来性ある事業を、一社でも多くデビューし上場させたいと当局がどれだけ強く願っているか、ということである。

 所詮新しい領域における起業家の挑戦は、人間の作業である以上、誰が実行しても、立上げの様々な局面で失敗のプロセスを含んでいる。失敗したとき上場審査をして承認した証券当局に対する株を買った投資家からの風当たりも当然強くなるだろう。しかし、それは当然の帰結であって、避けたり、誤魔化したりする必要は全くない。デビューを情熱を持って応援し、失敗も重要な学習の過程だと長い目で見てゆけばよい。

 それを証券市場が、上場企業が挑戦して事業化に失敗した事をネガティブにとらえたり、右往左往して何か悪い事をしたかのように問題視することこそが、起業家の育成にとって良くない事だ。名のごとくマザーズは母親であろう。母親は母親らしく、新しく生まれた子供のオネショを悲観してオロオロするのではなく、発達の過程だと子供を勇気づけ、堂々と見守ってほしい。世界の中でも三年連続で極端に少ない日本の上場数を見るにつけ、証券取引所を管轄する財務省や金融監督庁など政府の、不祥事事前防止一辺倒の経済感覚も、修正を迫られている。

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 
代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

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