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Vol.23【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

スティーブジョブズ追悼「Mジャクソンから学ぶ」最高の製品の誕生と、リストラ

(企業家倶楽部2011年12月号掲載)

 スティーブジョブズ死去の報、合掌

 ちょうどマイケルジャクソンの原稿を書 いているところにスティーブジョブズ死去のニュースが2011年10月6日朝ネットで伝わり、彼らの共通点を思い不思議な気分になった。それは生み出される商品やサービスの、飛び抜けた洗練度の高さである。アップルのiPhoneやマイケルの踊りの切れ味はあまりにも未来的で鋭く、感動的だ。

 それを生み出す生き方や仕組みは何だろうか。事実(ファクト)を論理(ロジック)で組み上げて、物語(ストーリー)にする。そこには生きた人による飛躍(リープ)が必要で、私はそれを「トランプを立てるような作業」と呼んでいる。一枚ずつだと立たないトランプが、同時に立てると見事に立って時に驚くべき価値を持つ。新しい価値を予見する想像力と、それを実現する実行力のヒントを探ってみたい。

 マイケルジャクソンの強烈な活動動機

 娘にせがまれて急逝したマイケルジャクソンのThis is itをブルーレイで久し振りに見た。強烈に印象に残ったメッセージは、次の通り。
 
 1.誠実と誇りと、実行の勇気
 2.人間相互の愛
 3.境破壊阻止
 4.自分が過去に到達した最高の作品の、徹底的なまでに忠実な継承
 5.観客が誰も体験したことのない様な、さらに新しい世界最高のステージの創造と、厳しさ
 
 以前は死の真相や整形手術の影響など、表層的な所に関心が行ってしまって素直に見て居なかったが、改めて見て、彼がロンドン公演で実現しようと準備していたステージのイメージがよく分かった。

 最高のパフォーマンスを厳しい訓練を経て目指し続けるには、マイケルにとって、どんな深い人生上の動機があったのか。This is itを見ると、睡眠薬を多用してまでステージを実現しようとしていた彼の音楽活動の動機が、「愛」「最高のエンターテイメント体験の提供」であることがよくわかった。そして、人類は今重大な環境問題を抱えており、その解決の為に我々は生きて行動する、という彼の意欲も伝わってくる。

 なぜ我々はこの世に生きており、生かされているのか。This is itを見ると、我々は究極、人類の問題を協力して解決すべく行動しよう、と訴えている。実際、我々ベンチャーだって、あらゆる関係者と協力しながら、先端フロンティアの問題解決に日々挑戦しており、重要な経済の役割を担っている。あたかもマイケルのステージのダンサーやミュージシャンが協力し合うように。

 利益だけでないスティーブジョブズの目標

 スティーブジョブズにとっても同じである。企業は利益を追求するといわれるが、利益は結果測定の指標に過ぎない。確かにマイケルのロンドンツアーは事業であり、収益の目標があった事は間違いない。しかし利益を実現する為に企画され準備されるステージ実現への「努力目標は、財務と別次元にある」。そうでなければiPadは生まれてこなかっただろう。

 起業家にとって努力目標は、事業価値の創造である。事業価値とは何か。顧客にとっての商品供給を通じての価値提供である。その顧客とは何か。様々な問題を抱え、ニーズをもった未来に向かう人類である。顧客に価値ある商品を提供し続ける努力こそが、意味のある事業活動である。起業家は商品を市場投入し、顧客はその価値を認めて買い求める。その結果として、売上と利益が実現する。

 であるから時代変化の中で、事業努力には際限がない。最高の商品はなかなか供給されず、顧客はなかなかこちらを向いてくれない。仮にある年売上が上がり利益が出ても、来年も事業に成功するとは限らない。スティーブジョブズといえども起業家は延々と努力し続ける羽目になる。売上利益が良いからと言って、これ以上努力はしなくて良い、という天国みたいな事態は訪れないのだ。

 洗練されていない曲は演奏しない

 マイケルジャクソンの公演で、中途半端な駄目な曲は、到底演奏されないだろう。一時間なら一時間のステージで演奏される曲数は、有名なスリラー、ビートイットやビリージーンなど十曲から二十曲で、出来そこないの曲の入り込む余地はない。駄目な曲はコンサート全体の足を引っ張ることになり、チケットは売れ行きに大きく影響するだろう。

 アップルの事業も同じく、洗練されていない商品サービスはジョブズ自身が販売を止めるだろう。販売される商品はすべて、顧客の期待を超えたものでなければならない。特に大学発の技術ベンチャーで、まだ商品としてこなれていない中途半端な急ぎ過ぎた未完成製品を販売しようとして、あとあと面倒に巻込まれる場合が少なくない。

 音の外れたひどい曲はさすがに聞いたらわかるだろうが、ひどいハイテク商品は技術用語に誤魔化されて出来が良いのか悪いのか、すぐに分からない。音楽に耳の肥えた批評家が必要なように、商品にも評価の出来る人の意見が重要だ。少なくとも最低起業家自身が商品を試して、良さを確認すること。

 何度もリハーサルし洗練する

 This is itの中でマイケルが何度も「リハーサルは繰り返し試すためにあるんだからね」と、納得いくまで歌い直してみるシーンがある。観客に最高のものを提供するために繰り返してやってみて、良いものを選び、練習を繰り返して完璧なものにする。当たり前の様だが、マイケルジャクソンにして何度も何度もステージをチェックして学習を繰り返す。

 ベンチャー経営も同じで、何度も事業を洗練し、素晴らしいものに仕上げ直す。一回目の商品提供で駄目ならすぐに修正する。それでも駄目ならさらに修正する。顧客の視点で最高なものを目指して改革改善を繰り返すことは、常に必要なプロセスだ。特に市場にとって新しい商品を販売しようとする時の、未学習な顧客に対して、キャズムを超える前に、特定の顧客とパイロット的な試行錯誤の期間を置くことが重要となる。完成の域にあるマイケルジャクソンすら、リハーサルを繰り返すのだから、ベンチャー企業はもっと試行錯誤を繰り返さなければならないだろう。

 オーディションは厳しい

 This is itでダンサーのオーディションのシーンが出てくる。全世界から何千人ものダンサーが応募し、実際にマイケルとステージに立てるのはほんの数人だ。素晴らしい体とダンスの技術をもち、セクシーでしかも華がないといけないという。同じくミュージシャンのオーディションも最高のものが要求される。とにかくオーディションは厳しい。

 しかもThis is itに登場するダンサーやミュージシャンたちはお金目当てで集まってきた連中でない事は、映画を見て明らかだ。人は金で動くばかりではない。マイケルのように、人並み外れて優れたもの、素晴らしいことに強く惹かれて集まってくる。

 ベンチャーにそこまで最高のものは無理だと思われるかもしれないが、若くて才能があり、意欲のある人材は世の中に多数いる。最高のスタッフを探し続ける努力は、いくらでも出来る。お金はなくとも、とにかく素晴らしいスタッフを獲得努力すべきである。

 DeNAの創業者南場智子さんは、金の乏しかった創業以来、人の採用にはずっと並々ならぬ情熱を注いで来た。人材を間違うと、結局膨大な労力で彼らの失策の後を追っかけて、膨大な時間コストを無駄に浪費することになるのだ。

 同じミッションのファミリーにする
 コンサートの成功に向けて、世界から集めた選りすぐりのダンサーやミュージシャンなどスタッフが円陣を組んで、マイケルが観客のために、愛のために、世界のために全力を尽くそうと訴えかけるシーンがある。我々はファミリーで、コンサートを通じて観客を驚かせよう、メッセージを送ろうと、スタッフ全員に「気」を送るようなしぐさをする。

 起業家は集めた優秀なスタッフとともに、事業成功、すなわち顧客に素晴らしい商品を送り届けて業績を上げるべく、何度も何度もそのミッションを確認しなければならない。我々はなぜベンチャー企業に集まって苦楽を共にしているのか、その意義を共有するのである。目指す目標は何なのか。さすがにThis is itの中で、売り上げ目標達成、などということをマイケルは訴えていない。そこが重要だ。売り上げが上がるための、もっと重要な「事業の本質の何か」を訴えている。つまり顧客にとっての最高価値の実現を訴えているのである。

 NGでリストラする

 コンサートで使う映像を撮影するシーンなど、最高だとマイケルが素晴らしいと歓声を上げる場面がある一方で、イヤホンからの音に違和感があって駄目だと神経質に改善を求めるシーンや、ミュージシャンにNGを連発するシーンなどがある。

 リハーサルは、ミュージシャン達が必死でマイケルの言っていることを理解して実行しようとする緊張の場面の連続だ。おそらく映画には出てこないが、マイケルの音楽の高い要求についていけなくて、途中何人も首になったのだろう。ベンチャーの起業活動も同じで、いくら才能のあるスタッフでも、雇ったのは良いが、会社に合っていなくて、さっぱり業績が上がらないというケースは、いくらでもある。その場合はお互いに別れるあきらめも重要だ。ハッキリと相談すべきだろう。

 いつまでも仕事にならない有能かも知れないスタッフと一緒に仕事をするのは、時間の無駄かもしれない。ただですら人件費の支出はベンチャーにとって大きな負担だ。特に高い給料のスタッフは、生活維持のために、あれこれ理由を付けて組織にぶら下がって、生産性の足を引っ張り続けるかも知れない。悪循環を脱却するために、苦しくて平和でないかもしれないが、思い切ったリストラが、時に必要だ。

 スタッフのリストラは、一見「我々スタッフはファミリーだ」と言っている事と矛盾しているように思うかもしれないが、そうではない。観客に、スタッフ一丸となって最高の経験をしてもらう様に頑張ろう、というスタッフの共同作業に、合うか合わないか、という事だ。思い切ったリストラが出来るのは、ステージの上ではマイケルだけだ。ベンチャー企業において、それが出来るのは起業家社長だけだ。他人任せにせず、起業家自身が構想実現に厳しくなければ、いったん陥った人材の悪循環は外科手術できない。

 スティーブジョブズが過去いったんアップルを追い出された頃そんな問題があったかも知れない。起業家は、自分で雇ったスタッフをリストラするのは嫌だし、反論のある中で責任のある判断を迫られる、常に孤独な立場だ。心を鬼にして合理的に処理する必要がある。それが出来なければ、最高のパフォーマンスなど幻のまた幻で、時間をかけても損の上塗りで、結局想定の事業が実現などしないどころか、そんなベンチャーには、いつか破綻が待っている。

 マイケルジャクソンの死が残したもの

 残念ながらマイケルはロンドンコンサート直前に、死んでしまった。生きていたらきっと、まだまだ素晴らしい曲を歴史的に生み出していたに違いない。

 図らずもマイケルの死は、This is itというドキュメンタリー映画によって、彼のコンサート芸術のリハーサルのシーンを我々が見られることを可能にした。その制作過程を詳しく観察することから、ベンチャー企業成功の多くのヒントを我々に提供してくれている。決して簡単にベンチャー企業は成功するものではない。起業家になりたい人に、This isitはお勧めの映画だ。

 同時に、ベンチャー起業家が最高のものを顧客に提供する過酷な作業には、健康管理が大切であることを教えている。起業家は、マイケルジャクソンのように死んでしまってはならない。ハングリーであれ、バカのようであれ、と言った偉大な起業家、スティーブジョブズ死去の報に、合掌。


著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合

 代 表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。

 84年現ジャフコ入社。

 98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。

 07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

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