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Vol.31【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

日本経済ベンチャー強化論 失われた5年間への処方箋

(企業家倶楽部2013年4月号掲載)

日本ベンチャー不毛の5年間

 日本のベンチャーがいかにここ5年間悲惨であったかは、上場IPOの趨勢を見れば明らかだ。中国や発展途上国において上場IPOが合計で数百社という時代背景の中で、日本は5年間連続50社未満だった。これが、どれだけ日本経済を傷つけたか。

 1.新しくベンチャー企業を、少ししか証券市場でデビューさせ、活躍させられなかった。

 2.新しいベンチャー企業が、少ししか証券市場で資金調達が出来なかった。

 3.若いベンチャー創業者を、少人数しか、日本社会の中で、成功者として生み出せなかった。

 上場IPOは、新しい企業を社会の中で生み出すとともに、証券市場において一般投資家からの資金調達を可能にする。世の中にとって新しい市場分野や、新しい技術イノベーションから生まれた新しい産業が発展することを強力に後押しする。さらに、創業時に投資して応援してきた投資家(株主)にとって、事業立上げに成功した後で、投資回収の機会を与え、さらに次の創業プロジェクトを社会的に生み出す「資本循環」を作り出す。

日本経済に、上場株価は重要だ

 現代経済社会の中で、悲喜こもごも、経営に携わる者にとって、重大な影響を与える元が、会社価値の時価(株価×発行済株式数)である。株価の上下は、株主の財産の大小に直撃し、日経平均などで毎日ニュースになって、株主の人生を経済的に直接的に左右する。具体的に実例をみてみよう。

 創業ベンチャー企業D社は、フロンティアの技術ベンチャーである。産業分野Aにおいて、イノベーティブな商品を開発して、市場投入を考えている。D社はサラリーマンを退職した創業仲間で出資して、株式会社D社を設立登記した。発行済み株式数が600株(株主創業経営陣、株価5万円)だった。

 創業社長と仲間は数人で、最初はどうなるか分からないので、新商品とビジネスモデルの仮説を作り、まだプロトタイプを検討しながら、事業計画を書いて、事業の立上げを構想している。基本的な技術開発をいろいろ試みて、業界人や知り合いと何十回もミーティングを行い、仮説検証を行った。時として秘密保持契約書を結んで内容がばれないようにした。創業メンバーで海外視察も行った。特許は、密かに弁理士事務所と打合せをし、出すことにした。創業1年目の決算は、売上はなく、事業立ち上げの準備をしただけなので、株主総会も書面だけで、税務申告をしただけだった。

 創業一期目決算

 売 上             0円

 販売管理費           10百万円
 経常赤字           ▲10百万円
 純資産         30ー10=20百万円

創業D社商品立上げの試行錯誤

 創業2年目に、商品開発の目途が立ったと考えた創業メンバーは、試作品完成のために、本格的事業計画を書き、ベンチャーキャピタル(VC組合)に密かに相談。新商品の内容が業界で知られると困るので、信用のおける弁護士から紹介を受けた。

 VC組合は1株50万円で200株(1億円)引き受け、株主になった。投資を受ける時、組合とVC投資契約書を結び、キャピタリストを役員として受け入れた。以来、取締役会を毎月開き、報告書を説明したが、開催ごとに内容が充実して行った。

 やがてD社は、調達した1億円で新製品を試作し、実験的販売を開始した。業界のショーにも出し、更に売れるように工夫が加えられた。当初の事業計画からは大幅に修正を加えた最初の新商品が、アーリーアダプターに売れ始めた。そこで、大量製造のめどをたて、どうしたら営業できるか、契約書を作り、マニュアルを準備し、パンフレットを作製した。人材の本格採用はまだ早いと判断された。

 創業2年目株主総会での決算

 売上  0.5億円

 原価    0.5億円(うち人件費0.2億円)

 販売管理費 0.5億円(うち人件費0.2億円)

 経常赤字 ▲0.5億円

 純資産   0.7億円

 創業3年目、商品販売にめどを付けたとして、さらにVC組合に株価100万円で200株(2億円)株を発行し事業資金を調達すると、各株主の持株比率は何%になるだろうか?

 創業経営陣 600株 (投資3千万円:60%)

 VC組合  400株(投資3億円:40%)

 合 計   1,000株(総資本調達3.3億円)

創業D社事業立上げと上場準備

 ぼつぼつ売れ始めてはいるものの、開発と営業を強化に奔走して、何度か内部分裂の危機もあった。人材も強化し、事業立上げの合宿も行った。このベンチャーD社の創業3年目の業績は、事業立上げの準備の為の先行投資が響いて、多くのベンチャーがそうであるように投資資金を使って、赤字になった。ゆくゆくの上場準備を意識して、監査法人監査を入れた。本社タイプの上場スタッフも入社した。

 創業3年目株主総会での決算

 売 上    2.5億円

 原 価    1.5億円(うち人件費1億円)

 販売管理費  3億円(うち人件費2億円)

 経常利益  ▲2億円

 純資産    0.7億円

 創業4年目に、経営姿勢を刷新強化し、営業を本格強化、損益分岐点を超え、収益やや黒字になり、上場準備が本格化。とうとう創業5年後、事業の立上げ(キャズム超え)に成功、大きな受注が舞い込むようになり、再度組織的な販売体制を整え、業績が拡大した。時代のトレンドに乗ると同時に、主幹事証券と取引所の上場審査も進んだ。

 創業5年目株主総会での決算

 売 上    20億円

 原 価    12億円(うち人件費2億円)

 販売管理費  5億円(うち人件費3億円)

 経常利益   3億円

 当期利益   3億円(累損があり法人税0円)

 純資産4億円で、上場IPOした場合、株価はいくらくらいつくだろうか。業績は上向きである。

 最近の上場市況から判断すると、業種や成長性に対する投資家の期待にも影響されるが、概ね、PER(株価収益率)が5?20倍であることから、このベンチャーの上場時の会社価値の時価は、利益3億円×5?20倍=15?60億円が目途だろう。

 上場時に公募増資を100株した場合、上場前発行済株式数1,000株+100株=1,100株(上場後の発行済株式数)なのだから、上場時の株価は、会社価値の時価を発行済株式数で割って、136万円?544万円あたりだろう。(証券市況の影響を受ける。)仮に、このベンチャー企業の上場株価が200万円だったとしよう。

上場すると、誰が儲けるか

 株価200万円から逆算すると、ベンチャー企業D株主がどれだけ儲けたか、簡単に計算できる。

 創業経営陣  600株(投資額3千万円←12億円)

 VC組合   400株(投資額3億円←8億円)

 以上みると、この場合幸いに、創業経営陣もVC組合も十分儲けているという事になる。多くの場合創業経営陣は売らないで経営を続ける場合が多く、VC組合は売却して回収し、それをVC組合の出資者に分配し、新しいVC組合を設立して、別の創業プロジェクトに投資することになる。

 このベンチャーD社の成長資本調達をまとめておく。

 創業時   600株:3千万円

 未上場段階 400株:3億円

 上場時   100株:2億円

 資本調達合計     5.3億円

 D社には上場後、組織病に陥らず、さらに発展する社会的責任があるのは当然のことである。

本当に儲けたのは社会全体だ!

 経済全体からみると、儲けたのは株主だけではない。3億3千万円の事業立上げ資本を使って、この創業ベンチャー企業が事業に成功して売上20億円上げられたという事は、顧客がD社の商品を手に入れて満足したことに他ならない。つまり、アップルのiPadであれ、Facebookであれ、新しいベンチャーが上場したという事は、顧客がベンチャーが市場に提供する商品の価値を認めたという事なのだ。

 日本政府や国民は、この事実に対して謙虚に目を向けないといけない。特に日本人は、妬みの強い国民性と言われ、「出る杭は打たれる」などすぐ成功者の足を引っ張ることが指摘される。新しい上場企業が社会に生まれるという事は、新しい上場企業によって生み出された商品やサービスが、顧客によって消費されるという経済活動を通じて、他ならぬ、社会そのものが恩恵を受けているのである。

 批判する人は、「ただ、このベンチャー企業D社は、創業のプロセスで途中まで赤字であり、法人税を納めていないので、政府にとってうれしくない」という人がいるかも知れない。しかし、よく経過を見てほしい。この創業ベンチャーD社が、これまでどれだけ人件費を負担して来たか。人件費約10億円に対して政府は所得税をかけている。つまり、雇用創出によって、ベンチャー企業D社は、法人税だけでなくて、役職員の所得税を間接的に負担して来た。

目指すべきはCPEVOLIC

 会社が、取締役会で、経営の状態を観察するために、KPI(キー・パフォーマンス・インディケーター)を定期的にモニターするための指標として設計する。多くのベンチャーが月次の試算表を報告して、会社が大きくなってくると就業規則等諸規定を整備して、予算管理しようとする。当然上場準備の必要事項なので、そこに力が入るが、分業組織を整備する時に全体の連絡関係を忘れないために、CPEVOLIC(Customer Product Experience Value On Least Investment and Cost)を、理念的な指標を頭に置くことを提唱したい。

 CPEV(顧客商品体験価値)の代表的指標は、価格、または売上そのものだ。顧客に対して、どんな商品を提供して、どんな価格で買ってもらえるようにするかである。また、それがどれだけの多くの顧客に、何個買われるかということである。顧客にとって体験価値がないものは、買われるわけがない。

 この事業成立状態への作りこみは、事業立上げの一番時間のかかる試行実験を経なければならない。また顧客の環境がどんどん変化するため、創業ベンチャー経営陣は、顧客体験の変化を観察し続けなければならない。特に財務分析的役員会からは、CPEVの観察は得られない。CPEVが単なる売上の分析にとどまらず、顧客体験が把握できる役員会にならないと、活発な役員会とは言えない。

 その商品を、LIC(最小限の投資およびコスト)で、実現するべく企業努力をする。経営資源は限られている。また、必要以上の経費や無駄なコストをかけていては、競争状態になった時に勝てるわけがない。また、少なくとも世の中的にみてリーズナブルに感じる価格を顧客に提示できない。

 また、LICの中には人件費、組織経費も入っている。インターネットによってクラウドなど人と人とが協力して活動する環境が、随分過去とは変わった。国際的なアウトソーシングなど協力すら可能な時代だ。ある事業が成功しても、高い固定費は変化の早い環境下では致命傷となる。

 なお、CPEVOLICに照らして組織や人事は固定的でなく、環境変化に柔軟でなければならない。日本の高度成長期以降の年功序列的な固定的組織は、時代遅れであり、日本衰退の原因の一つになった。この顧客体験価値の最大化を目指すCPEVOLICの指標はシンプルだが、考え方と方向性は明快で、21世紀の日本の官僚化して自己目的化しておかしくなった政治にも当てはまり、待ったなしで修正を促すことが出来る考え方である。


著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合

代 表 村口和孝 

《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

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